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 1  さねよしいさ子    東京都 出身Wikipedia
さねよし いさ子(さねよし いさこ、本名:實吉 いさ子、1965年9月1日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。東京都出身。父は動物学者、ノンフィクション作家の實吉達郎。弟はロックミュージシャンのサネヨシ。明治の軍人、実吉安純(勲功華族)の曾孫。
全国の東京都出身者
 2  安永航一郎Wikipedia
安永 航一郎(やすなが こういちろう、1962年1月13日 - )は、日本の漫画家。パロディや下ネタを扱った作品を多く手掛ける。また、同人サークル「沖縄体液軍人会」(おきなわたいえきぐんじんかい)を主宰しており、同人活動においては、自身の作風をより強めた形でアニメやゲーム作品などの二次創作物を発行している。
九州大学出身      全国の九州大学の出身者
大分県立大分舞鶴高等学校出身      全国の大分県立大分舞鶴高等学校の出身者
 3  葉子・ハュス・綿貫    大分県 出身Wikipedia
葉子・ハュス・綿貫(ようこ・ハュス・わたぬき、Yoko Huijs-Watanuki、1959年 - )は、大分県出身の作家、翻訳家。太平洋戦争中に日本により占領されたインドネシアにて、オランダ系の女性と日本の軍人や商社員との間に生まれた日系2世のオランダ人に対する父親を捜すボランティアを行っている[2]。九州大学医療技術短期大学部卒。
全国の大分県出身者
 4  中村省三    福島県 出身Wikipedia
中村 省三(なかむら せいぞう/なかむら しょうぞう、生年不明 - 1945年(昭和20年)8月11日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争を潜水艦長として戦い、商船攻撃や物資輸送に功績を挙げた。その死は終戦を目前とした戦病死であるが、原因は広島市への原爆投下による被爆であった。最終階級は海軍大佐。
全国の福島県出身者
 5  風間万年    福島県 出身Wikipedia
風間 万年[* 1](かざま まんねん、生年不明 - 1945年(昭和20年)1月3日または1月4日)は、日本の海軍軍人。神風特別攻撃隊旭日隊の指揮官であり、特攻により戦死したが、その作戦行動については資料によって異同がある。二階級特進により最終階級は海軍少佐。
全国の福島県出身者
福島県立喜多方高等学校出身      全国の福島県立喜多方高等学校の出身者
 6  竹間忠三    埼玉県 出身Wikipedia
竹間 忠三(ちくま ちゅうぞう、生年不明 - 1945年(昭和20年)2月1日[2][* 1])は、日本の海軍軍人。1943年(昭和18年)初め頃に魚雷を用いた肉弾攻撃構想を上申した[3][4]。「呂115」潜水艦長として戦死。最終階級は海軍少佐。
全国の埼玉県出身者
 7  大橋勝夫    神奈川県 鎌倉市 出身Wikipedia
大橋 勝夫(おおはし かつお、生年不明 - 1945年(昭和20年)7月16日[* 1])は、日本の海軍軍人(海兵53期卒)。太平洋戦争において四艦の潜水艦長を歴任し、交通破壊戦に戦果を挙げた。その一方で漂流していた連合国将兵を攻撃せず、戦後になってこの大橋の行為が明らかとなった。神龍特別攻撃隊を構成した「伊13」潜水艦長として戦死し、一階級昇進により最終階級は海軍大佐。
全国の神奈川県出身者    全国の鎌倉市出身者
海軍兵学校出身      神奈川県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
神奈川県立横須賀高等学校出身      全国の神奈川県立横須賀高等学校の出身者
 8  折笠重康    福島県 出身Wikipedia
折笠 重康(おりかさ しげやす、生年不明 - 1944年(昭和19年)11月11日)は、日本の海軍軍人。第一水雷戦隊司令官・木村昌福少将が座乗する旗艦「阿武隈」航海長としてキスカ島撤退作戦の成功に貢献。のち駆逐艦「若月」砲術長として戦死した海軍中佐である。
全国の福島県出身者
 9  遠藤忍    宮城県 出身Wikipedia
遠藤 忍(えんどう しのぶ、生年不明 - 1944年(昭和19年)2月15日[注 1])は、日本の海軍軍人(海兵52期卒)。太平洋戦争中に第一次遣独潜水艦作戦を実行した「伊30」潜水艦長である。のち「伊43」潜水艦長として戦死。戦死による一階級昇進で最終階級は海軍大佐。
全国の宮城県出身者

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 10  高畑辰雄    福島県 出身Wikipedia
高畑 辰雄(たかはた たつお、生年不明 - 1943年(昭和18年)4月7日)は、日本の海軍軍人。海兵64期。太平洋戦争において582空艦爆隊長として「い号作戦」に参加。戦死による一階級昇進で最終階級は海軍少佐。
全国の福島県出身者
福島県立喜多方高等学校出身      全国の福島県立喜多方高等学校の出身者
 11  井原美岐雄    福岡県 福岡市 出身Wikipedia
井原 美岐雄(いはら みきお、生年不詳 - 1942年11月25日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍少将。
全国の福岡県出身者    全国の福岡市出身者
 12  関衛    山形県 出身Wikipedia
関 衛(せき まもる、生年不明 - 1942年(昭和17年)10月26日)は、日本の海軍軍人。南太平洋海戦において戦死。海兵58期。最終階級は海軍中佐。
全国の山形県出身者
 13  小川陽一郎    福岡県 出身Wikipedia
小川 陽一郎(おがわ よういちろう、1941年12月11日没)は、大日本帝国海軍の軍人。最終階級は中佐。福岡県出身。駆逐艦「早苗」や「如月」の艦長を務め、ウェーク島沖にて1941年12月11日に戦死した。
全国の福岡県出身者
海軍兵学校出身      福岡県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
福岡県立東筑高等学校出身      全国の福岡県立東筑高等学校の出身者
 14  岡村正Wikipedia
岡村 正(おかむら ただし、1938年7月26日 - )は、日本の経営者・財界人。東芝相談役、日本商工会議所名誉会頭、NPO法人日本防災士機構評議員などを務めている。父は元陸軍大佐で孫子研究家の岡村誠之 (陸軍軍人)。兄は元警視庁副総監の岡村健。
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 15  盛世才Wikipedia
盛 世才(せい せいさい)は中華民国の新疆地区の政治家・軍人である。1933年から1944年にかけて新疆を事実上の独立国のように統治した。その独裁的な治世から、「新疆王」とも呼ばれた。字は晋庸。
明治大学出身      全国の明治大学の出身者
 16  山下耕作    鹿児島県 出身Wikipedia
山下 耕作(やました こうさく、1930年1月10日 - 1998年12月6日)は、日本の映画監督。時代劇・任侠映画を中心に、テレビ時代劇も演出してきた。鹿児島県阿久根市出身。鹿児島県出水高等学校・京都大学法学部卒業。愛称は同姓の軍人・山下奉文に因んで「将軍」。両者に姻戚関係はない。長男は映画監督の山下耕一郎、次男はテレビドラマの監督でテレビ映画制作会社「京都組」代表取締役の山下智彦。
全国の鹿児島県出身者
京都大学出身      鹿児島県出身の京都大学の出身者      全国の京都大学の出身者
鹿児島県立出水高等学校出身      全国の鹿児島県立出水高等学校の出身者
 17  荒木幸雄    群馬県 出身Wikipedia
荒木 幸雄(あらき ゆきお、1928年3月10日 - 1945年5月27日)は、群馬県桐生市出身の大日本帝国陸軍軍人、操縦士、陸軍特別攻撃隊第72振武隊員。
全国の群馬県出身者
 18  吉田学    岐阜県 出身Wikipedia
吉田 学(よしだ まなぶ、1927年(昭和2年)2月24日 - 2011年(平成23年)6月7日)は、日本の海軍軍人及び海上保安官、海上自衛官。第15代海上幕僚長。海上自衛隊におけるイージス艦導入を推し進めた人物。岐阜県出身。
全国の岐阜県出身者
 19  吉田之久    奈良県 出身Wikipedia
吉田 之久(よしだ ゆきひさ、1926年12月4日 - 2003年3月24日)は、日本の元軍人、政治家。海兵74期。最終階級は少尉。戦後衆議院議員(通算7期)、参議院議員(連続2期)。奈良県磯城郡田原本町出身。
全国の奈良県出身者
京都大学出身      奈良県出身の京都大学の出身者      全国の京都大学の出身者
奈良県立畝傍高等学校出身      全国の奈良県立畝傍高等学校の出身者

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 20  村上雄藏    兵庫県 神戸市 出身Wikipedia
村上雄藏(むらかみ ゆうぞう、1926年(大正15年)3月20日 - 1986年(昭和61年)11月15日)は日本の教育者、日本海軍軍人。
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神戸大学出身      兵庫県出身の神戸大学の出身者      全国の神戸大学の出身者
 21  笠井智一    兵庫県 出身Wikipedia
笠井 智一(かさい ともかず、1926年(大正15年)3月8日 - )は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍上等飛行兵曹。太平洋戦争におけるエース・パイロット。
全国の兵庫県出身者
兵庫県立篠山鳳鳴高等学校出身      全国の兵庫県立篠山鳳鳴高等学校の出身者
 22  左近允尚敏    鹿児島県 出身Wikipedia
左近允 尚敏(さこんじょう なおとし、1925年(大正15年)2月11日 - 2013年(平成25年)6月30日)は、大日本帝国海軍の軍人、海上自衛官。最終階級は海将。鹿児島県出身。海兵72期。海軍中将左近允尚正の次男。多号作戦で駆逐艦「島風」砲術長として「島風」沈没時(多号作戦)に戦死した海軍大尉左近允正章(まさふみ)は兄にあたる。
全国の鹿児島県出身者
海軍兵学校出身      鹿児島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
神奈川県立横須賀高等学校出身      全国の神奈川県立横須賀高等学校の出身者
 23  宮川三郎    新潟県 小千谷市 出身Wikipedia
宮川 三郎(みやがわ さぶろう、1925年6月5日 - 1945年6月6日)は、大日本帝国陸軍軍人。
全国の新潟県出身者    全国の小千谷市出身者
新潟県立長岡工業高等学校出身      全国の新潟県立長岡工業高等学校の出身者
 24  左近允尚敏    鹿児島県 出身Wikipedia
左近允 尚敏(さこんじょう なおとし、1925年 -2013年6月30日)は大日本帝国海軍軍人、海上自衛官。最終階級は海将。鹿児島県出身。海兵72期。海軍中将左近允尚正の次男。兄は多号作戦で駆逐艦「島風」砲術長として同艦沈没時(多号作戦)に戦死した海軍大尉左近允正章(まさふみ)。
全国の鹿児島県出身者
 25  池田清    鹿児島県 出身Wikipedia
池田 清(いけだ きよし、1925年 - 2006年)は、日本海軍の軍人、政治学者。最終階級は海軍中尉。東北大学名誉教授。息子に、国際政治学者の池田明史がいる。
全国の鹿児島県出身者
青山学院大学出身      鹿児島県出身の青山学院大学の出身者      全国の青山学院大学の出身者
 26  村山富市    大分県 出身Wikipedia
村山 富市(むらやま とみいち、1924年3月3日 - )は、日本の政治家、労働組合指導者、陸軍軍人。
全国の大分県出身者
明治大学出身      大分県出身の明治大学の出身者      全国の明治大学の出身者
 27  生田目修    茨城県 出身Wikipedia
生田目 修(なまため おさむ、1924年(大正13年)8月24日 - 1999年(平成11年)6月20日)は、日本の陸軍軍人及び航空自衛官、第16代航空幕僚長。
全国の茨城県出身者
茨城県立太田第一高等学校出身      全国の茨城県立太田第一高等学校の出身者
 28  杉田庄一    新潟県 上越市 出身Wikipedia
杉田 庄一(すぎた しょういち、1924年(大正13年)7月1日 - 1945年(昭和20年)4月15日)は、日本の海軍軍人。戦死による二階級特進で最終階級は海軍少尉。太平洋戦争における撃墜王。
全国の新潟県出身者    全国の上越市出身者
 29  鈴木敏通    福井県 出身Wikipedia
鈴木 敏通(すずき としみち、1924年(大正13年) - 2008年(平成20年)3月15日)は、日本の陸軍軍人及び陸上自衛官。陸軍士官学校本科修了(第57期)。第15代陸上幕僚長。
全国の福井県出身者

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 30  勝山淳    茨城県 出身Wikipedia
勝山 淳(かつやま じゅん、1924年(大正13年)11月11日 - 1945年(昭和20年)7月24日)は、日本の海軍軍人。海兵73期。太平洋戦争の末期、人間魚雷「回天」で出撃し、米護衛駆逐艦「アンダーヒル」を撃沈した。戦死による二階級特進で最終階級は海軍少佐。
全国の茨城県出身者
茨城県立水戸第一高等学校出身      全国の茨城県立水戸第一高等学校の出身者
 31  橋口寛    鹿児島県 出身Wikipedia
橋口 寛(はしぐち ひろし、1924年(大正13年)7月15日 - 1945年(昭和20年)8月18日)は、日本の海軍軍人。海兵72期。太平洋戦争の末期、人間魚雷「回天」の搭乗員となるが出撃する機会を得ず、終戦後自決した。最終階級は海軍大尉。
全国の鹿児島県出身者
鹿児島県立甲南高等学校出身      全国の鹿児島県立甲南高等学校の出身者
 32  飯山茂    鹿児島県 出身Wikipedia
飯山 茂(いいやま しげる、1923年(大正12年) - 2004年(平成16年)11月12日)は、日本の元陸軍軍人及び陸上自衛官。東部方面総監。
全国の鹿児島県出身者
 33  大賀良平    長崎県 長崎市 出身Wikipedia
大賀 良平(おおが りょうへい 、1923年(大正12年)4月 - 2006年(平成18年)6月25日)は、日本の海軍軍人及び海上自衛官、海上保安官である。海軍兵学校卒業(71期)。第12代海上幕僚長。長崎県出身。
全国の長崎県出身者    全国の長崎市出身者
 34  村上兵衛    島根県 浜田市 出身Wikipedia
村上 兵衛(むらかみ ひょうえ、1923年(大正12年)12月6日 - 2003年(平成15年)1月6日)は日本の陸軍軍人、評論家、作家。本名は宏城(ひろき)。兄は武藤電機創業者の村上稔夫。
全国の島根県出身者    全国の浜田市出身者
東京大学出身      島根県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 35  仁科関夫    滋賀県 大津市 出身Wikipedia
仁科 関夫(にしな せきお、1923年(大正12年)4月10日 - 1944年(昭和19年)11月20日)は、日本の海軍軍人。海兵71期。太平洋戦争(大東亜戦争)の末期、人間魚雷「回天」を創案するとともに自らも出撃して戦死した。最終階級は海軍少佐。
全国の滋賀県出身者    全国の大津市出身者
海軍兵学校出身      滋賀県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
大阪府立天王寺高等学校出身      全国の大阪府立天王寺高等学校の出身者
 36  張都暎Wikipedia
張 都暎(チャン・ドヨン、1923年1月23日 - 2012年8月3日 )は、大韓民国の軍人・政治家。陸軍参謀総長、国家再建最高会議議長を務めた。
東洋大学出身      全国の東洋大学の出身者
 37  本田耕一    兵庫県 出身Wikipedia
本田 耕一(ほんだ こういち 1923年 - 1945年5月14日)は、日本の元アマチュア野球選手、大日本帝国海軍軍人。兵庫県出身。
全国の兵庫県出身者
法政大学出身      兵庫県出身の法政大学の出身者      全国の法政大学の出身者
日本大学第三高等学校出身      全国の日本大学第三高等学校の出身者
 38  山田良市    長崎県 出身Wikipedia
山田 良市(やまだ りょういち、1923年(大正12年)9月3日 - 2013年(平成25年)2月27日)は、日本の海軍軍人及び航空自衛官、第15代航空幕僚長である。海軍兵学校第71期卒。海軍での最終階級は海軍大尉。航空自衛隊での最終階級は航空幕僚長たる空将。
全国の長崎県出身者
福岡県立戸畑高等学校出身      全国の福岡県立戸畑高等学校の出身者
 39  本田稔    熊本県 出身Wikipedia
本田 稔(ほんだ みのる、1923年(大正12年) - )は、日本の海軍軍人。最終階級は日本海軍では海軍少尉、航空自衛隊では一等空尉。太平洋戦争における撃墜王。
全国の熊本県出身者

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 40  渡辺静    長野県 出身Wikipedia
渡辺 静(わたなべ しずか、1923年4月15日 - 1945年6月6日)は、プロ野球選手(投手)、大日本帝国陸軍軍人。
全国の長野県出身者
長野県小諸商業高等学校出身      全国の長野県小諸商業高等学校の出身者
 41  石丸進一Wikipedia
石丸 進一(いしまる しんいち、1922年7月24日 - 1945年5月11日)は、プロ野球選手(投手・内野手)、大日本帝国海軍軍人。
日本大学出身      全国の日本大学の出身者
佐賀県立佐賀商業高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀商業高等学校の出身者
 42  久邇宮徳彦王Wikipedia
梨本 徳彦(なしもと のりひこ、1922年(大正11年)11月19日 - 2007年(平成19年)2月7日)は、日本の海軍軍人、皇族、華族。位階は従四位。勲等は勲一等。爵位は伯爵。最終階級は海軍大尉。お印は鳳凰。
京都府立洛北高等学校出身      全国の京都府立洛北高等学校の出身者
 43  高品武彦    千葉県 出身Wikipedia
高品 武彦(たかしな たけひこ、1922年(大正11年)1月 - 2004年(平成16年)12月18日)は、日本の陸軍軍人及び陸上自衛官。陸軍士官学校卒業(第54期)。第13代陸上幕僚長を経て、事実上解任された栗栖弘臣の後任の第11代統合幕僚会議議長に就任した。
全国の千葉県出身者
 44  小野田寛郎    和歌山県 海南市 出身Wikipedia
小野田 寛郎(おのだ ひろお、大正11年(1922年)3月19日 - 平成26年(2014年)1月16日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は予備陸軍少尉。旧制海南中学校・久留米第一陸軍予備士官学校・陸軍中野学校二俣分校卒。
全国の和歌山県出身者    全国の海南市出身者
 45  平野晃    鹿児島県 出身Wikipedia
平野 晃(ひらの あきら、1922年〈大正11年〉 - 2009年〈平成21年〉12月27日)は、大日本帝国海軍軍人及び航空自衛官である。第13代航空幕僚長。航空幕僚長就任中にミグ25事件が発生、これに対処する。
全国の鹿児島県出身者
 46  野村実    滋賀県 出身Wikipedia
野村 実(野村 實 のむら みのる、1922年(大正11年)4月16日 - 2001年(平成13年)5月18日)は、日本の海軍軍人、軍事史研究者。専門は日本海軍史。
全国の滋賀県出身者
慶應義塾大学出身      滋賀県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
滋賀県立彦根東高等学校出身      全国の滋賀県立彦根東高等学校の出身者
 47  永野茂門    大分県 出身Wikipedia
永野 茂門(ながの しげと、1922年(大正11年)6月28日 - 2010年(平成22年)1月4日)は、日本の陸軍軍人及び陸上自衛官。退官後は参議院議員(2期)を務めた。栄典は従三位勲二等旭日重光章。
全国の大分県出身者
大分県立大分上野丘高等学校出身      全国の大分県立大分上野丘高等学校の出身者
 48  加藤昇    京都府 京都市 出身Wikipedia
加藤 昇(かとう のぼる、1922年(大正11年)9月 - )は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中尉。(※正式な表記は加藤 曻)
全国の京都府出身者    全国の京都市出身者
 49  水木しげる    鳥取県 境港市 出身Wikipedia
水木 しげる(みずき しげる、男性、1922年[注 1]3月8日 - 2015年11月30日)は、日本の漫画家。文化功労者、傷痍軍人。本名は武良 茂(むら しげる)。
全国の鳥取県出身者    全国の境港市出身者
武蔵野美術大学出身      鳥取県出身の武蔵野美術大学の出身者      全国の武蔵野美術大学の出身者
大阪高等学校出身      全国の大阪高等学校の出身者

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 50  羽藤一志    愛媛県 出身Wikipedia
羽藤 一志(うとう かずし、1922年(大正11年)8月18日 - 1942年(昭和17年)9月13日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争のエース・パイロット。戦死による特進で最終階級は二等飛行兵曹。
全国の愛媛県出身者
 51  上原良司    長野県 出身Wikipedia
上原 良司(うえはら りょうじ、1922年9月27日 - 1945年5月11日)は、大日本帝国陸軍軍人。 陸軍特別攻撃隊第56振武隊員。
全国の長野県出身者
慶應義塾大学出身      長野県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
長野県松本深志高等学校出身      全国の長野県松本深志高等学校の出身者
 52  久住宏    埼玉県 川越市 出身Wikipedia
久住 宏 (くすみ ひろし、1922年(大正11年)4月1日 - 1945年(昭和20年)1月12日)は、日本の海軍軍人。海兵72期。太平洋戦争の末期、人間魚雷「回天」で出撃して戦死した。死後二階級特進し、最終階級は海軍少佐。
全国の埼玉県出身者    全国の川越市出身者
 53  野村實    滋賀県 彦根市 出身Wikipedia
野村 実(野村 實 のむら みのる、1922年(大正11年)4月16日 - 2001年(平成13年)5月18日)は、日本の海軍軍人、軍事史研究者。専門は日本海軍史。
全国の滋賀県出身者    全国の彦根市出身者
 54  和田稔    福岡県 出身Wikipedia
和田 稔(わだ みのる、1922年1月13日 - 1945年7月25日)は、福岡県小倉出身の日本海軍軍人。最終階級は海軍少尉。
全国の福岡県出身者
東京帝国大学出身      福岡県出身の東京帝国大学の出身者      全国の東京帝国大学の出身者
静岡県立沼津東高等学校出身      全国の静岡県立沼津東高等学校の出身者
 55  廣田和民    栃木県 出身Wikipedia
廣田 和民(ひろた やすたみ、1922年(大正11年)5月5日 - 2008年(平成20年)5月10日)は、元日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍主計少佐。
全国の栃木県出身者
栃木県立宇都宮高等学校出身      全国の栃木県立宇都宮高等学校の出身者
 56  中原光信Wikipedia
中原 光信(なかはら みつのぶ、1922年 - 2003年7月12日[1])は、日本の陸軍軍人。法政大学剣道部主将。階級は陸軍少尉、情報担当将校。終戦時は陸軍独立混成第34旅団所属。ベトナム独立戦争に参加。クァンガイ陸軍中学教官。ベトナム名はグエン・ミン・ゴック(Nguyen Minh Ngoc/阮明玉)。日越貿易会会長を務めた[1]。愛媛県出身[1]。
法政大学出身      全国の法政大学の出身者
 57  黒木博司    岐阜県 出身Wikipedia
黒木 博司(くろき ひろし、1921年(大正10年)9月11日 - 1944年(昭和19年)9月7日)は、日本の海軍軍人。海軍機関学校51期。太平洋戦争の末期、仁科関夫中尉とともに人間魚雷「回天」を創案し、自らも搭乗して訓練中の事故で殉職した。最終階級は海軍少佐。
全国の岐阜県出身者
 58  崔栄喜Wikipedia
崔 栄喜(チェ・ヨンヒ、1921年3月1日 - 2006年1月11日)は、大韓民国の軍人、外交官、政治家。朝鮮戦争の指揮官であり、陸軍中将で陸軍参謀総長(第12代)を務めた。退役後は国会議員(第7代・第8代・第9代・第10代)、国防長官(第16代)、維新政友会院内総務などを歴任した。
専修大学出身      全国の専修大学の出身者
 59  江口良友    北海道 小樽市 出身Wikipedia
江口 良友(えぐち よしとも、1921年(大正10年) - )は、日本の工学者・農学者・元軍人。農学博士(北海道大学)。専門は、微生物工学。北海道におけるバイオ研究の大家。特定非営利活動法人北海道バイオ産業振興協会顧問。静修短期大学元学長。北海道小樽市出身
全国の北海道出身者    全国の小樽市出身者
北海道大学出身      北海道出身の北海道大学の出身者      全国の北海道大学の出身者

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 60  関行男    愛媛県 西条市 出身Wikipedia
関 行男(せき ゆきお/つらお[注釈 1]、1921年8月29日 - 1944年10月25日)は、日本の海軍軍人。海兵70期。レイテ沖海戦において、初の神風特別攻撃隊の一隊である「敷島隊」の隊長として特攻し、アメリカ海軍の護衛空母セント・ローを撃沈したことで、死後「敷島隊五軍神」の1人として顕彰された。特攻による二階級特進で最終階級は海軍中佐。
全国の愛媛県出身者    全国の西条市出身者
海軍兵学校出身      愛媛県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
愛媛県立西条高等学校出身      全国の愛媛県立西条高等学校の出身者
 61  金英煥Wikipedia
金英煥(キム・ヨンファン、???、1921年1月8日-1954年3月4日)は大韓民国の軍人。韓国空軍創設者の1人。父に金埈元。兄に金貞烈。兄・貞烈によれば「飛行気違い」であったという[1]。
関西大学出身      全国の関西大学の出身者
 62  久保登喜夫Wikipedia
久保 登喜夫(くぼ ときお、1921年 - 1945年4月28日)は、北海道小樽市出身の元スキージャンプ、ノルディック複合選手。大日本帝国海軍軍人。神風特別攻撃隊隊員として戦死した悲劇のジャンプ選手として有名である。
明治大学出身      全国の明治大学の出身者
北海道小樽潮陵高等学校出身      全国の北海道小樽潮陵高等学校の出身者
 63  久納好孚    愛知県 名古屋市 出身Wikipedia
久納 好孚(くのう こうふ、1921年1月15日 - 1944年10月21日)は、日本の海軍軍人。戦死による特進で最終階級は海軍少佐。未帰還になった神風特攻隊大和隊の隊長であり、特攻第一号とする主張がある。
全国の愛知県出身者    全国の名古屋市出身者
法政大学出身      愛知県出身の法政大学の出身者      全国の法政大学の出身者
 64  宅島徳光Wikipedia
宅島 徳光(たくじま のりみつ、1921年 - 1945年4月9日)は、大日本帝国海軍の軍人、作詞家。海軍中尉。松島航空隊機長。
慶應義塾大学出身      全国の慶應義塾大学の出身者
 65  穴吹智    香川県 出身Wikipedia
穴吹 智(あなぶき さとる、1921年(大正10年)12月5日 - 2005年(平成17年)6月)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。戦闘機操縦者、ヘリコプター操縦者。最終階級は陸軍では陸軍曹長、自衛隊では2等陸佐。香川県出身。
全国の香川県出身者
 66  菅野直    宮城県 角田市 出身Wikipedia
菅野 直(かんの なおし、1921年(大正10年)9月23日 - 1945年(昭和20年)8月1日)は、日本の海軍軍人。海兵70期。太平洋戦争における撃墜王。戦死認定による二階級特進で最終階級は海軍中佐。
全国の宮城県出身者    全国の角田市出身者
宮城県角田高等学校出身      全国の宮城県角田高等学校の出身者
 67  竹田五郎    福岡県 出身Wikipedia
竹田 五郎(たけだ ごろう、1921年(大正10年)10月 - )は、日本の陸軍軍人、航空自衛官、軍事評論家。最終階級は陸軍では陸軍大尉、航空自衛隊では統合幕僚会議議長たる空将。第14代航空幕僚長、第12代統合幕僚会議議長。
全国の福岡県出身者
福岡県立修猷館高等学校出身      全国の福岡県立修猷館高等学校の出身者
 68  志位正二    東京都 出身Wikipedia
志位 正二(しい まさつぐ、1920年1月1日 - 1973年3月31日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少佐。
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東京都立新宿高等学校出身      全国の東京都立新宿高等学校の出身者
 69  舩坂弘    栃木県 栃木市(旧西方村) 出身Wikipedia
舩坂 弘(ふなさか ひろし、1920年10月30日 - 2006年2月11日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は軍曹。アンガウルの戦いで活躍した。戦後は大盛堂書店を開き、代表取締役会長を務めた。全日本銃剣道連盟参与、南太平洋慰霊協会理事、大盛堂道場館主。テキサス州名誉市民章授与。 その白兵戦におけるあまりの戦果から、個人名としては唯一「戦史叢書」に名前が載っている。
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 70  豊田穣    岐阜県 出身Wikipedia
豊田 穣(とよだ じょう、1920年(大正9年)3月14日 - 1994年(平成6年)1月30日)は、日本の小説家・作家、元海軍軍人(最終階級は海軍中尉)。
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海軍兵学校出身      岐阜県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
岐阜県立本巣松陽高等学校出身      全国の岐阜県立本巣松陽高等学校の出身者
 71  檜與平    徳島県 出身Wikipedia
檜 與平(ひのき よへい、1920年 - 1991年、桧 与平)は、日本の陸軍軍人。戦闘機操縦者。最終階級は陸軍少佐。徳島県出身。
全国の徳島県出身者
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 72  西沢広義    長野県 出身Wikipedia
西澤 廣義/西沢 広義(にしざわ ひろよし、1920年(大正9年)1月27日 - 1944年(昭和19年)10月26日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争におけるエース・パイロット。戦死による二階級特進で最終階級は海軍中尉。
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 73  高井太郎    岐阜県 出身Wikipedia
高井 太郎(たかい たろう 、1920年(大正9年) - 2010年(平成22年)1月23日)は、日本の岐阜県出身の大日本帝国海軍軍人及び企業経営者である。海軍兵学校卒業(70期)。
全国の岐阜県出身者
 74  住栄作    富山県 魚津市 出身Wikipedia
住 栄作(すみ えいさく、1920年5月20日 - 1986年12月20日)は、日本の内務官僚、海軍軍人(海軍主計大尉)、政治家(元衆議院議員)。
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東京大学出身      富山県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
富山県立魚津高等学校出身      全国の富山県立魚津高等学校の出身者
 75  栗栖弘臣    広島県  呉市 出身Wikipedia
栗栖 弘臣(くりす ひろおみ、1920年(大正9年)2月27日 - 2004年(平成16年)7月19日)は、日本の内務省官僚、海軍軍人及び陸上自衛官。第12代陸上幕僚長、第10代統合幕僚会議議長。
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東京大学出身      広島県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
広島県立呉三津田高等学校出身      全国の広島県立呉三津田高等学校の出身者
 76  ハリー・K・フクハラWikipedia
ハリー・カツジ・フクハラ(Harry Katsuji Fukuhara、日本名:福原 克治(ふくはら かつじ)、1920年1月1日 - 2015年4月8日)は、元アメリカ陸軍情報部所属の軍人。最終階級は大佐。
山陽高等学校出身      全国の山陽高等学校の出身者
 77  近藤道生    神奈川県 出身Wikipedia
近藤 道生(こんどう みちたか、1920年2月2日 - 2010年6月30日)は、日本の海軍軍人・大蔵官僚、後に博報堂代表取締役。趣味、特技は茶の湯、読書、ゴルフ。号は平心庵宗道。
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東京大学出身      神奈川県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
武蔵高等学校出身      全国の武蔵高等学校の出身者
 78  広尾彰    佐賀県 出身Wikipedia
広尾 彰(ひろお あきら、1920年(大正9年)1月 - 1941年(昭和16年)12月8日)は、日本の海軍軍人。特殊潜航艇「甲標的」艇長として真珠湾攻撃に参加し、戦死した九軍神の一人。二階級特進により最終階級は海軍大尉。
全国の佐賀県出身者
佐賀県立三養基高等学校出身      全国の佐賀県立三養基高等学校の出身者
 79  小林照彦    神奈川県 出身Wikipedia
小林 照彦(こばやし てるひこ、1920年(大正9年)11月17日 - 1957年(昭和32年)6月4日)は、日本の陸軍軍人、航空自衛官。最終階級は帝国陸軍では陸軍少佐、空自では2等空佐。
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 80  宮崎勇    広島県 出身Wikipedia
宮崎 勇(みやざき いさむ、宮? 勇、1919年(大正8年)10月5日 - 2012年(平成24年)4月10日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少尉。太平洋戦争における撃墜王。
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東京大学出身      広島県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
香川県立丸亀高等学校出身      全国の香川県立丸亀高等学校の出身者
 81  石井卓雄    広島県 福山市 出身Wikipedia
石井 卓雄(いしい たくお、1919年12月3日 - 1950年5月20日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少佐。日本の敗戦後にベトナム独立のためにベトナム独立戦争に参加して戦没。グエン・ソン将軍の軍政顧問。クァンガイ軍政学校教官。トゥイホア陸軍中学教官。ベトナム独立戦争時には、「花谷」「チャン・チ・ズン(陳志勇)」「トン」を名乗った。
全国の広島県出身者    全国の福山市出身者
陸軍士官学校出身      広島県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
大阪府立今宮高等学校出身      全国の大阪府立今宮高等学校の出身者
 82  肥田真幸    鹿児島県 出身Wikipedia
肥田 真幸(ひだ さねゆき、1919年(大正8年)3月 - 2012年(平成24年)9月12日)は鹿児島県出身の元大日本帝国海軍軍人、元海上自衛官。海軍兵学校第67期卒業。第9代航空集団司令官(海将)。
全国の鹿児島県出身者
 83  鴛淵孝    長崎県 出身Wikipedia
鴛淵 孝(おしぶち たかし、1919年(大正8年)10月22日 - 1945年(昭和20年)7月25日戦死認定)は日本の海軍軍人。海兵68期。戦闘機搭乗員であり、太平洋戦争における撃墜王。戦死による一階級進級で最終階級は海軍少佐。
全国の長崎県出身者
 84  松永市郎    佐賀県 出身Wikipedia
松永市郎(まつなが いちろう、1919年(大正8年)2月18日 - 2005年(平成17年)3月31日)は、日本の軍人。元海軍大尉。作家。
全国の佐賀県出身者
佐賀県立三養基高等学校出身      全国の佐賀県立三養基高等学校の出身者
 85  奥田教久Wikipedia
奥田 教久(おくだ のりひさ、1919年2月1日 - )は、昭和前期の陸軍軍人。戦後は科学ジャーナリスト、エンジニアとして活動した朝日新聞社論説委員。後に朝日カルチャーセンター社長。1939年、第一高等学校、1942年、東京帝国大学工学部卒。陸軍第三期航空技術候補生出身。カトリック教徒。
東京大学出身      全国の東京大学の出身者
 86  山本舜勝    愛知県 出身Wikipedia
山本 舜勝(やまもと きよかつ、1919年2月28日 - 2001年7月9日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。
全国の愛知県出身者
 87  杉山龍丸    福岡県 福岡市 出身Wikipedia
杉山 龍丸(すぎやま たつまる、1919年(大正8年)5月26日 - 1987年(昭和62年)9月20日)は、日本の陸軍軍人。インドの緑の父(Green Father)と呼ばれる人物である。「夢野久作と杉山三代研究会」の杉山満丸は息子。
全国の福岡県出身者    全国の福岡市出身者
 88  来栖良Wikipedia
来栖 良(くるす りょう、1919年1月8日 - 1945年2月17日)は、日本の陸軍軍人、戦闘機操縦者。最終階級は陸軍技術少佐。
横浜国立大学出身      全国の横浜国立大学の出身者
暁星高等学校出身      全国の暁星高等学校の出身者
 89  長良治雄    岐阜県 出身Wikipedia
長良 治雄(ながら はるお、1919年 - 1945年5月25日[2]) は、日本の元アマチュア野球選手、大日本帝国海軍[3]軍人。慶應義塾体育会野球部で二塁手として活躍した人物である。岐阜県出身。
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 90  横山正治    鹿児島県 鹿児島市、真珠湾攻撃における九軍神の一人 出身Wikipedia
横山 正治(よこやま まさはる、1919年(大正8年)11月8日 - 1941年(昭和16年)12月8日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争劈頭の真珠湾攻撃において特殊潜航艇「甲標的」搭乗員として戦死した九軍神の一人。二階級特進により最終階級は海軍少佐。岩田豊雄(獅子文六)の小説「海軍」及びこれを原作とした映画「海軍」の主人公・谷真人のモデル。
全国の鹿児島県出身者    全国の鹿児島市、真珠湾攻撃における九軍神の一人出身者
鹿児島県立甲南高等学校出身      全国の鹿児島県立甲南高等学校の出身者
 91  尾崎中和Wikipedia
尾崎 中和(おざき なかかず、1919年8月9日 - 1943年12月27日)は、日本陸軍の軍人。死後、二階級特進し陸軍中佐。殉職の項目も参照。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 92  笹井醇一Wikipedia
笹井 醇一(ささい じゅんいち、1918年(大正7年)2月13日 - 1942年(昭和17年)8月26日)は、日本の海軍軍人。海兵67期。戦死による二階級特進で最終階級は海軍少佐。太平洋戦争におけるエース・パイロット。
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 93  片山義雄    岡山県 出身Wikipedia
片山 義雄(かたやま よしお、1918年(大正7年)9月 - 1941年(昭和16年)12月8日)は日本の海軍軍人。太平洋戦争劈頭の真珠湾攻撃において特殊潜航艇「甲標的」搭乗員として戦死した九軍神の一人。二階級特進により最終階級は海軍兵曹長。
全国の岡山県出身者
 94  酒巻和男    徳島県 阿波市 出身Wikipedia
酒巻 和男(さかまき かずお、1918年(大正7年)11月8日 - 1999年(平成11年)11月29日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争劈頭の真珠湾攻撃において特殊潜航艇「甲標的」搭乗員として参加。艇が座礁し、最初の日本人捕虜となる。最終階級は海軍少尉。
全国の徳島県出身者    全国の阿波市出身者
海軍兵学校出身      徳島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
徳島県立脇町高等学校出身      全国の徳島県立脇町高等学校の出身者
 95  古野繁實    福岡県 遠賀町 出身Wikipedia
古野 繁実(ふるの しげみ、1918年(大正7年)5月10日 - 1941年(昭和16年)12月8日)は、日本の海軍軍人。特殊潜航艇「甲標的」艇長として真珠湾攻撃に参加し、戦死した九軍神の一人。二階級特進により最終階級は海軍少佐。
全国の福岡県出身者    全国の遠賀町出身者
海軍兵学校出身      福岡県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
福岡県立東筑高等学校出身      全国の福岡県立東筑高等学校の出身者
 96  鮫島博一    鹿児島県 出身Wikipedia
鮫島 博一(さめしま ひろいち、1918年(大正7年)10月26日 - 2000年(平成12年)8月14日)は、日本の海軍軍人及び海上自衛官。海軍兵学校卒業(第66期)。第10代海上幕僚長、第9代統合幕僚会議議長。
全国の鹿児島県出身者
 97  黒江保彦    鹿児島県 日置市 出身Wikipedia
黒江 保彦(くろえ やすひこ、1918年(大正7年)2月17日 - 1965年(昭和40年)12月5日)は、日本の陸軍軍人、航空自衛官、戦闘機操縦者。
全国の鹿児島県出身者    全国の日置市出身者
 98  蝦名賢造    青森県 出身Wikipedia
蝦名 賢造(えびな けんぞう、1918年(大正7年)1月22日 - 2009年(平成21年)1月3日)は日本の海軍軍人、経済学者、伝記作家。経済学博士。専門は財政学。青森県東津軽郡小湊町出身。
全国の青森県出身者
東京帝国大学出身      青森県出身の東京帝国大学の出身者      全国の東京帝国大学の出身者
巣鴨高等学校出身      全国の巣鴨高等学校の出身者
 99  永末英一    福岡県 出身Wikipedia
永末 英一(ながすえ えいいち、 1918年1月2日 - 1994年7月10日)は、大日本帝国海軍の軍人(短期現役士官)。日本の政治家。民社党委員長、衆議院議員(通算10期)、社会主義インターナショナル副議長。
全国の福岡県出身者
東京大学出身      福岡県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
京都府立洛北高等学校出身      全国の京都府立洛北高等学校の出身者

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 100  津野田知重    熊本県 出身Wikipedia
津野田 知重(つのだ ともしげ、1917年(大正6年)2月1日 - 1987年7月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は歩兵少佐。熊本県出身。
全国の熊本県出身者
東京都立新宿高等学校出身      全国の東京都立新宿高等学校の出身者
 101  冨士信夫    富山県 出身Wikipedia
冨士 信夫(ふじ のぶお、1917年8月 - 2005年1月24日)は、日本の歴史家、海軍軍人。東京裁判(極東国際軍事裁判)研究家。
全国の富山県出身者
東京都立小山台高等学校出身      全国の東京都立小山台高等学校の出身者
 102  藤田怡与蔵    大分県 旧制杵築中学卒、「零戦搭乗員会」元代表世話人 出身Wikipedia
藤田 怡与蔵(ふじた いよぞう、古い文書では「怡與藏」とも、1917年(大正6年)11月2日 - 2006年(平成18年)12月1日)は、天津出身の海軍軍人、日本航空機長。海兵66期。
全国の大分県出身者    全国の旧制杵築中学卒、「零戦搭乗員会」元代表世話人出身者
 103  松野頼三    熊本県 山鹿市 出身Wikipedia
松野 頼三(まつの らいぞう、1917年(大正6年)2月12日 - 2006年(平成18年)5月10日)は、日本の政治家。軍人時代の最終階級は海軍主計少佐。位階は正三位。勲等は旭日大綬章。総理府総務長官、労働大臣、防衛庁長官、農林大臣を歴任した。長男に松野頼久(政治家)、孫娘に松野未佳(2016年ミス日本グランプリ)がいる。
全国の熊本県出身者    全国の山鹿市出身者
慶應義塾大学出身      熊本県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
麻布高等学校出身      全国の麻布高等学校の出身者
 104  釜賀一夫    熊本県 宇土市 出身Wikipedia
釜賀 一夫(かまが かずお、1917年(大正6年)1月1日 - 2003年(平成15年)11月23日)は熊本県出身の陸軍軍人及び陸上自衛官。日本陸軍における暗号作成者、暗号解読者である。戦後も陸上自衛隊で暗号解読に従事した。ペンネーム加藤正隆として暗号関係の著作がある。
全国の熊本県出身者    全国の宇土市出身者
 105  松尾敬宇    熊本県 山鹿市 出身Wikipedia
松尾 敬宇(まつお けいう / よしたか、1917年(大正6年)7月21日 - 1942年(昭和17年)5月31日)は、日本の海軍軍人。海兵66期。太平洋戦争におけるシドニー湾攻撃で特殊潜航艇「甲標的」艇長として戦死。二階級特進により最終階級は海軍中佐。
全国の熊本県出身者    全国の山鹿市出身者
熊本県立鹿本高等学校出身      全国の熊本県立鹿本高等学校の出身者
 106  倉澤清忠    東京都 出身Wikipedia
倉澤 清忠(くらさわ きよただ、1917年 - 2003年10月29日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少佐。東京都出身[1]。第一東京市立中学校(のちの東京都立九段高等学校)卒業[2]。
全国の東京都出身者
一橋大学出身      東京都出身の一橋大学の出身者      全国の一橋大学の出身者
 107  前田利貴    東京都 出身Wikipedia
前田 利貴(まえだ としたか、1917年(大正6年) - 1948年(昭和23年)9月9日)は日本の軍人。最終階級は陸軍大尉。
全国の東京都出身者
法政大学出身      東京都出身の法政大学の出身者      全国の法政大学の出身者
 108  猪俣甚弥    福島県 出身Wikipedia
猪俣 甚弥(いのまた じんや、1916年(大正5年)4月30日 - )は、日本の陸軍軍人。陸軍中野学校1期生で、ポツダム宣言受諾後の皇統護持作戦に参加し、「本丸」計画の責任者であった。最終階級は陸軍少佐。
全国の福島県出身者
 109  坂井三郎    佐賀県 佐賀市 出身Wikipedia
坂井 三郎(さかい さぶろう、1916年(大正5年)8月26日 - 2000年(平成12年)9月22日)は、日本の海軍軍人。ポツダム進級により最終階級は海軍中尉。太平洋戦争におけるエース・パイロット。著書『大空のサムライ』で有名。
全国の佐賀県出身者    全国の佐賀市出身者
青山学院高等部出身      全国の青山学院高等部の出身者

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 110  岩本徹三    島根県 益田市 出身Wikipedia
岩本 徹三(いわもと てつぞう、1916年6月14日 - 1955年5月20日)は、日本海軍の軍人。支那事変、太平洋戦争における撃墜王。最終階級は海軍中尉。
全国の島根県出身者    全国の益田市出身者
 111  原田要    長野県 長野市 出身Wikipedia
原田 要(はらだ かなめ、1916年(大正5年)8月11日 - 2016年(平成28年)5月3日)は、日本の海軍軍人、戦闘機操縦者、最終階級は海軍中尉。
全国の長野県出身者    全国の長野市出身者
長野県長野高等学校出身      全国の長野県長野高等学校の出身者
 112  武藤金義    愛知県 大治町 出身Wikipedia
武藤 金義(むとう かねよし、1916年(大正5年)8月18日 - 1945年(昭和20年)7月24日)は、日本の海軍軍人。戦死による特進で最終階級は中尉。支那事変、太平洋戦争における撃墜王。
全国の愛知県出身者    全国の大治町出身者
 113  石田捨雄    愛知県 出身Wikipedia
石田 捨雄(いしだ すてお、1916年(大正5年)4月 - 2002年(平成14年)7月20日)は、日本の海軍軍人及び海上自衛官である。海軍兵学校卒業(64期)。第9代海上幕僚長。妻は有馬正文中将の長女百合子である。
全国の愛知県出身者
 114  大山梓Wikipedia
大山 梓(おおやま あずさ、1916年 - 1992年)は、日本の海軍軍人、研究者。軍人時代の階級は海軍主計大尉、学位は法学博士。広島大学教授、帝京大学法学部教授。大山巌の孫・大山柏の長男。
慶應義塾大学出身      出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 115  西尾常三郎    東京都 出身Wikipedia
西尾 常三郎(にしお つねさぶろう、大正5年(1916年)7月2日 - 昭和19年(1944年)11月13日)は、大日本帝国陸軍軍人。陸軍少佐だったが特別攻撃隊に志願、富嶽隊隊長として特攻、戦死。二階級特進により大佐となる。正七位、勲三等、功二級。
全国の東京都出身者
陸軍士官学校出身      東京都出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 116  中村龍平    東京都 出身Wikipedia
中村 龍平(なかむら りゅうへい、1916年(大正5年)5月20日 - 2008年(平成20年)3月29日)は、日本の陸軍軍人及び陸上自衛官。陸軍士官学校卒業(第49期)。第9代陸上幕僚長、第7代統合幕僚会議議長。
全国の東京都出身者
 117  衣笠駿雄    兵庫県 出身Wikipedia
衣笠 駿雄(きぬがさ はやお、1915年(大正4年)2月23日 - 2007年(平成19年)2月11日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。最終階級は日本陸軍では陸軍少佐、陸自では統合幕僚会議議長たる陸将。第8代陸上幕僚長、第6代統合幕僚会議議長。
全国の兵庫県出身者
 118  岩佐直治    群馬県 出身Wikipedia
岩佐 直治(いわさ なおじ、1915年(大正4年)5月6日 - 1941年(昭和16年)12月8日)は日本の海軍軍人である。「甲標的」(前部に45センチ魚雷発射管を備えた特殊潜航艇)による真珠湾攻撃の考案者の一人で、自ら搭乗して真珠湾攻撃で戦死した。九軍神の一人である。二階級特進により、最終階級は海軍中佐。
全国の群馬県出身者
 119  横井庄一    愛知県 愛西市 出身Wikipedia
横井 庄一(よこい しょういち、1915年3月31日 - 1997年9月22日)は、日本の陸軍軍人、評論家。最終階級は陸軍軍曹、栄典は勲七等青色桐葉章。
全国の愛知県出身者    全国の愛西市出身者

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 120  美濃部正    愛知県 出身Wikipedia
美濃部 正(みのべ ただし、旧姓:太田(おおた)、1915年 - 1997年6月12日)は、旧日本海軍軍人、航空自衛官である。愛知県出身。海兵64期。最終階級は海軍において少佐、自衛隊において空将。
全国の愛知県出身者
愛知県立刈谷高等学校出身      全国の愛知県立刈谷高等学校の出身者
 121  松平永芳    東京都 出身Wikipedia
松平永芳(まつだいら ながよし 1915年(大正4年)3月21日 - 2005年(平成17年)7月10日)は、日本の海軍軍人、陸上自衛官、神官。靖国神社第6代宮司(1978年 - 1992年)時代には、A級戦犯の合祀を実施したことで知られる。
全国の東京都出身者
海軍機関学校出身      東京都出身の海軍機関学校の出身者      全国の海軍機関学校の出身者
暁星高等学校出身      全国の暁星高等学校の出身者
 122  三笠宮崇仁親王Wikipedia
三笠宮崇仁親王(みかさのみや たかひとしんのう、1915年(大正4年)12月2日 - 2016年(平成28年)10月27日)は、日本の皇族、歴史学者(専攻は古代オリエント史)、陸軍軍人(最終階級は陸軍少佐)。大正天皇と貞明皇后の第四皇男子。昭和天皇の弟、今上天皇の叔父にあたる。御称号は澄宮(すみのみや)。身位は親王。皇室典範における敬称は殿下。勲等は大勲位。称号は東京芸術大学名誉客員教授。お印は若杉(わかすぎ)。
陸軍士官学校出身      出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者
 123  岡部健二Wikipedia
岡部 健二(おかべ けんじ、1915年(大正4年)4月5日 - )は、大日本帝国海軍の軍人、戦闘機搭乗員。
福岡県立修猷館高等学校出身      全国の福岡県立修猷館高等学校の出身者
 124  池田俊彦    鹿児島県 出身Wikipedia
池田 俊彦(いけだ としひこ、1914年12月24日 - 2002年3月1日)は、昭和期の陸軍軍人。最終階級は陸軍少尉。二・二六事件に参加して首相官邸を襲撃した8人の将校の中でただ一人無期禁固の判決を受けて、唯一死刑を免れた人物として知られる。
全国の鹿児島県出身者
東京都立新宿高等学校出身      全国の東京都立新宿高等学校の出身者
 125  小林友一    千葉県 出身Wikipedia
小林 友一(こばやし ゆういち、1914年10月12日 - 1984年3月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少佐。
全国の千葉県出身者
東京都立新宿高等学校出身      全国の東京都立新宿高等学校の出身者
 126  後勝    広島県 三原市 出身Wikipedia
後 勝(うしろ まさる、1914年 - )は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少佐。
全国の広島県出身者    全国の三原市出身者
陸軍士官学校出身      広島県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
広島県立忠海高等学校出身      全国の広島県立忠海高等学校の出身者
 127  代田銀太郎    長野県 出身Wikipedia
代田 銀太郎(しろた ぎんたろう、1914年 - 2006年6月7日)は、日本の陸軍軍人・作詞家。最終階級は中尉。
全国の長野県出身者
 128  西住小次郎    熊本県 出身Wikipedia
西住 小次郎(にしずみ こじろう、1914年〈大正3年〉1月13日 - 1938年〈昭和13年〉5月17日)は、大日本帝国陸軍の軍人。陸士46期。最終階級は陸軍歩兵大尉。勲五等功四級。熊本県上益城郡甲佐町仁田子出身。
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 129  志賀淑雄Wikipedia
志賀 淑雄(しが よしお、1914年(大正3年)- 2005年 (平成17年)11月25日)は、日本の海軍軍人。海兵62期。最終階級は海軍少佐。東京都出身。旧姓は四元。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
山口県立山口高等学校出身      全国の山口県立山口高等学校の出身者

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 130  川島威伸    千葉県 出身Wikipedia
川島 威伸(かわしま たけのぶ、1914年8月27日 - 1989年2月9日)は、大日本帝国の陸軍軍人、日本の陸上自衛官。最終階級は陸軍少佐、陸上自衛隊陸将補。
全国の千葉県出身者
 131  大場栄    愛知県 出身Wikipedia
大場 栄(おおば さかえ、1914年3月21日 - 1992年6月8日) は、大日本帝国陸軍軍人、実業家、政治家。最終階級は大尉。有限会社丸栄産業代表取締役、蒲郡市議会議員。愛知県蒲郡市出身。
全国の愛知県出身者
 132  林八郎    東京都 出身Wikipedia
林 八郎(はやし はちろう、1914年(大正3年)9月5日 - 1936年(昭和11年)7月12日)は、日本の陸軍軍人、皇道派。最終階級は陸軍少尉。二・二六事件で反乱部隊の首相官邸襲撃指揮官。
全国の東京都出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 133  清原康平    熊本県 三角町(現・宇城市) 出身Wikipedia
清原 康平(きよはら やすひら、1914年(大正3年)1月14日 - 2001年(平成13年)4月7日)は、日本の陸軍軍人。歩兵少尉。歩兵第3連隊附。二・二六事件に参加、反逆罪(群衆指揮等)で無期禁固刑を受ける。その後恩赦により釈放、公職追放になるものの、恩赦の後も活躍した。2.26事件の直前、湯川智恵子と結婚して姓は、湯川康平となったが、軍関係では清原が使われている。
全国の熊本県出身者    全国の三角町(現・宇城市)出身者
 134  堀栄三    奈良県 五條市 出身Wikipedia
堀 栄三(ほり えいぞう、1913年(大正2年)10月16日 - 1995年(平成7年)6月5日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。階級は陸軍中佐、陸将補。
全国の奈良県出身者    全国の五條市出身者
陸軍士官学校出身      奈良県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
愛知県立明和高等学校出身      全国の愛知県立明和高等学校の出身者
 135  園田直    熊本県 天草島 出身Wikipedia
園田 直(そのだ すなお、1913年(大正2年)12月11日 - 1984年(昭和59年)4月2日)は、日本の政治家、陸軍軍人。挺進第1連隊第2中隊長等を務める。階級は陸軍大尉。戦後一町田村助役・同村長・を経て衆議院議員に当選、内閣官房長官・外務大臣・厚生大臣等を歴任。熊本県天草島出身。弟の幹男は陸軍少佐。後妻・よし子との間に生まれた長男の博之は内閣官房副長官・自由民主党衆議院議員。また後々妻・天光光との間に生まれた次男の直飛人は自身の議員秘書にしている。
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大阪歯科大学出身      熊本県出身の大阪歯科大学の出身者      全国の大阪歯科大学の出身者
熊本県立天草高等学校出身      全国の熊本県立天草高等学校の出身者
 136  国定謙男    岡山県 出身Wikipedia
国定 謙男(くにさだ かねお、1913年(大正2年)2月10日 - 1945年(昭和20年)8月22日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争の敗戦を受けて、一家四人で自決した海軍少佐である。
全国の岡山県出身者
海軍兵学校出身      岡山県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
北海道室蘭栄高等学校出身      全国の北海道室蘭栄高等学校の出身者
 137  徳川慶光Wikipedia
?川 慶光(とくがわ よしみつ、1913年(大正2年)2月6日 - 1993年(平成5年)2月6日)は、日本の官僚、政治家、陸軍軍人。江戸幕府第15代将軍・徳川慶喜の孫。爵位は公爵。通称は有職読みの「けいこう」。新字体で徳川 慶光とも表記される。
東京大学出身      全国の東京大学の出身者
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者
 138  佐々木直吉    島根県 浜田市 出身Wikipedia
佐々木 直吉(ささき なおきち/なおよし、1913年(大正2年)5月20日- 1941年(昭和16年)12月8日)は日本の海軍軍人。真珠湾攻撃において「甲標的」(特殊潜航艇)搭乗員として戦死した九軍神の一人。二階級特進により最終階級は海軍特務少尉。
全国の島根県出身者    全国の浜田市出身者
 139  山岡大二    鹿児島県 出身Wikipedia
山岡 大二(やまおか だいじ、1913年(大正2年)11月6日 - 1991年(平成3年)11月1日)は東京都出身の海軍軍人、海上自衛官。最終階級は、海軍少佐、海将補。
全国の鹿児島県出身者
海軍兵学校出身      鹿児島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
鹿児島県立鶴丸高等学校出身      全国の鹿児島県立鶴丸高等学校の出身者

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 140  緒方景俊    鹿児島県 出身Wikipedia
緒方 景俊(おがた かげとし、1913年(大正2年)9月1日 - 1982年(昭和57年)12月26日)は、日本の陸軍軍人及び航空自衛官、第8代航空幕僚長。
全国の鹿児島県出身者
陸軍士官学校出身      鹿児島県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 141  野中国男Wikipedia
野中 国男(のなか くにお、1913年(大正2年)5月15日 - 1947年(昭和22年)4月28日)は、日本の陸軍軍人である。最終階級は陸軍少佐。正六位。インパール作戦に参謀として従軍、終戦後の復員前に不可解な自決を遂げた。
佐賀県立佐賀西高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀西高等学校の出身者
 142  城野宏    長崎県 出身Wikipedia
城野 宏(じょうの ひろし、1913年8月31日 - 1985年12月21日)は、敗戦後中国共産党と戦い禁固刑を受けた陸軍軍人で、のち評論家。
全国の長崎県出身者
東京大学出身      長崎県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 143  井川省    茨城県 出身Wikipedia
井川 省(いがわ せい、1913年4月14日 - 1946年)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少佐。日本の敗戦後にベトナム独立のためにインドシナ戦争に参加して戦没。
全国の茨城県出身者
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茨城県立水戸第一高等学校出身      全国の茨城県立水戸第一高等学校の出身者
 144  千早猛彦Wikipedia
千早 猛彦(ちはやたけひこ、1913年(大正2年)9月26日 - 1944年(昭和19年)6月11日)は、日本の海軍軍人。最終階級は、戦死による後二階級特進で海軍大佐。
鹿児島県立甲南高等学校出身      全国の鹿児島県立甲南高等学校の出身者
 145  飯田房太    山口県 周南市 出身Wikipedia
飯田 房太(いいだ ふさた、1913年(大正2年)2月12日 - 1941年(昭和16年)12月8日)は、日本の海軍軍人。海兵62期。空母「蒼龍」戦闘機搭乗員として真珠湾攻撃に参加。戦死による二階級特進で最終階級は海軍中佐。
全国の山口県出身者    全国の周南市出身者
海軍兵学校出身      山口県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山口県立徳山高等学校出身      全国の山口県立徳山高等学校の出身者
 146  益田兼利    熊本県 出身Wikipedia
益田 兼利(ました かねとし、1913年(大正2年)9月17日 - 1973年(昭和48年)7月24日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。陸軍士官学校第46期卒業、陸軍大学校第54期首席。綜警常駐警備(現・ALSOK常駐警備)元代表取締役社長益田兼弘の実父。
全国の熊本県出身者
 147  篠原弘道    栃木県 宇都宮市 出身Wikipedia
篠原 弘道(しのはら ひろみち/こうどう、1913年(大正2年)8月15日 - 1939年(昭和14年)8月27日)は、大日本帝国陸軍の軍人、戦闘機操縦者。最終階級は陸軍少尉。通り名・異名は「東洋のリヒトホーフェン」。名前の読み方については新聞や書物には全て「ひろみち」と記載されているが、甥の話によれば「こうどう」が正しい読みであるという。
全国の栃木県出身者    全国の宇都宮市出身者
作新学院高等学校出身      全国の作新学院高等学校の出身者
 148  兼子正Wikipedia
兼子 正(かねこ ただし 1912年(明治45年)- 1942年(昭和17年)11月14日)は、日本の海軍軍人。空母艦上戦闘機搭乗員として、日中戦争及び太平洋戦争で撃墜王となる。ガダルカナルへの高速輸送船団の上空直衛の戦闘にて戦死。最終階級は海軍少佐。本籍は山形県西村山郡谷地町。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 149  和泉覚    静岡県 出身Wikipedia
和泉 覚(いずみ さとる、1912年(明治44年)5月18日 - 2005年(平成17年)5月7日)は、創価学会理事長(第4代)、政治家。静岡県出身。職業軍人として、1942年(昭和17年)暮れ、最前線のニューギニアに出兵。九死に一生を得て、1946年(昭和21年)6月復員。戦後、戸田城聖の下で、柏原ヤスらと共に、創価学会の再建に奔走。同会理事、小岩支部長、江東総支部長などを経て、理事長(第4代)、日蓮正宗法華講大講頭となる。参議院議員(1期)を歴任する。
全国の静岡県出身者

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 150  畑中健二    京都府 出身Wikipedia
畑中 健二(はたなか けんじ、1912年3月28日(明治45年) - 1945年(昭和20年)8月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少佐。
全国の京都府出身者
陸軍士官学校出身      京都府出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
京都府立園部高等学校出身      全国の京都府立園部高等学校の出身者
 151  井田正孝    岐阜県 出身Wikipedia
井田 正孝(いだ まさたか、1912年10月5日 - 2004年2月6日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は陸軍中佐。後に旧姓・岩田に復した。
全国の岐阜県出身者
陸軍士官学校出身      岐阜県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
岐阜県立大垣北高等学校出身      全国の岐阜県立大垣北高等学校の出身者
 152  大室孟    鹿児島県 出身Wikipedia
大室 孟(おおむろ つとむ、1912年(明治45年)1月15日 - 2001年(平成13年)2月14日)は、日本の陸軍軍人、航空自衛官。最終階級は日本陸軍では陸軍少佐、航空自衛隊では航空幕僚長たる空将。
全国の鹿児島県出身者
 153  吉川猛夫    愛媛県 出身Wikipedia
吉川 猛夫(よしかわ たけお、1912年(明治45年)3月7日 - 1993年(平成5年)2月20日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少尉。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
 154  板倉光馬Wikipedia
板倉光馬(いたくら みつま、1912年(大正元年)11月18日 - 2005年(平成17年)10月24日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少佐。福岡県小倉市(現、北九州市)出身。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
福岡県立小倉高等学校出身      全国の福岡県立小倉高等学校の出身者
 155  吉田宗雄    佐賀県 出身Wikipedia
吉田 宗雄(よしだ むねお、1912年(大正元年)10月10日 - 1944年(昭和19年)12月30日)は、大日本帝国海軍の軍人。
全国の佐賀県出身者
佐賀県立小城高等学校出身      全国の佐賀県立小城高等学校の出身者
 156  野田毅    鹿児島県 錦江町 出身Wikipedia
野田 毅(のだ つよし、1912年 - 1948年1月28日)は、日本の陸軍軍人。敗戦時の階級は陸軍少佐。南京攻略戦の際に実施されたとされる「百人斬り競争」実行の容疑者として逮捕・処刑された。
全国の鹿児島県出身者    全国の錦江町出身者
陸軍士官学校出身      鹿児島県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
鹿児島県立鶴丸高等学校出身      全国の鹿児島県立鶴丸高等学校の出身者
 157  島田豊作    群馬県 館林市 出身Wikipedia
島田 豊作(しまだ とよさく、1912年3月31日 - 1988年7月11日)は、日本の陸軍軍人。士候45期。最終階級は陸軍中佐。群馬県館林市出身。
全国の群馬県出身者    全国の館林市出身者
陸軍士官学校出身      群馬県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
群馬県立館林高等学校出身      全国の群馬県立館林高等学校の出身者
 158  石井利雄Wikipedia
石井 利雄(いしい としお、1912年(明治45年)4月10日 - 2001年(平成13年)1月12日)は、日本の造船技師(専門は舶用内燃機関、造船の生産技術・品質管理などの生産管理全般)、海軍軍人(予備将校)、実業家である。最終階級は海軍中尉。従七位。とくに、戦時急造された海防艦の専門家であり、戦時中、御蔵型など40隻の海防艦を竣工させた。戦後は、南極観測船の建造にも関わった。ブロック工法(ブロック建造方式)による艦船建造の先駆者の一人。
佐賀県立佐賀西高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀西高等学校の出身者
 159  安田優    熊本県 天草郡 出身Wikipedia
安田 優(やすだ ゆたか、1912年(明治45年)2月1日 - 1936年(昭和11年)7月12日)は、日本の陸軍軍人。陸軍砲工学校学生。二・二六事件に参加、他の将校らと斎藤實内大臣、渡辺錠太郎教育総監を相次いで襲撃した。最終階級は砲兵少尉。
全国の熊本県出身者    全国の天草郡出身者

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 160  河石達吾    広島県 大柿村 出身Wikipedia
河石 達吾(かわいし たつご、1911年(明治44年)12月10日 - 1945年(昭和20年)3月17日)は、大日本帝国陸軍の軍人、最終階級は陸軍大尉。水泳選手。1932年ロサンゼルスオリンピック100m自由形銀メダリスト。慶應義塾大学法学部出身。
全国の広島県出身者    全国の大柿村出身者
慶應義塾大学出身      広島県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者
 161  藤田信雄    茨城県 出身Wikipedia
藤田 信雄(ふじた のぶお、1911年(明治44年)10月 - 1997年(平成9年)9月30日)は、日本海軍軍人、海軍兵曹長(最終階級は特務士官たる中尉)。帝国海軍の潜水艦伊号第二五潜水艦(伊25)から水上機を飛ばし、史上唯一、アメリカ合衆国本土に対して航空機による爆撃を実施し、後にルックアウト空襲として知られるようになった。彼の任務は、太平洋戦争における太平洋戦域のアメリカ海軍の資源を奪い去るため、焼夷弾を使用してオレゴン州ブルッキングズ市に近い太平洋岸北西部に大規模な山火事を発生させるというものだった。この戦略は日本の風船爆弾作戦にも採用された。
全国の茨城県出身者
 162  瀬島龍三    富山県 小矢部市 出身Wikipedia
瀬島 龍三(せじま りゅうぞう、1911年12月9日 - 2007年9月4日)は、日本の陸軍軍人、実業家。
全国の富山県出身者    全国の小矢部市出身者
陸軍士官学校出身      富山県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
富山県立砺波高等学校出身      全国の富山県立砺波高等学校の出身者
 163  進藤三郎    広島県 呉市 出身Wikipedia
進藤 三郎(しんどう さぶろう、1911年(明治44年)8月28日 - 2000年(平成12年)2月2日)は、神奈川県横須賀市出身の日本海軍軍人。海兵60期。
全国の広島県出身者    全国の呉市出身者
崇徳学園出身      全国の崇徳学園の出身者
 164  若松幸禧    鹿児島県 薩摩川内市 出身Wikipedia
若松 幸禧(わかまつ ゆきよし、1911年(明治44年)- 1944年(昭和19年)12月18日)は、大日本帝国陸軍の軍人。戦闘機操縦者。最終階級は中佐。鹿児島県薩摩郡高江村(現在の薩摩川内市)出身。通り名・異名は「赤鼻のエース」。
全国の鹿児島県出身者    全国の薩摩川内市出身者
 165  伊丹明    鹿児島県 カリフォルニア州オークランド 出身Wikipedia
伊丹 明(いたみ あきら、1911年 - 1950年12月26日)は、日系アメリカ人二世のアメリカ陸軍軍人。アメリカ名はデイヴィッド・アキラ・イタミ(Did Akira Itami)で、デイブ(De)とも呼ばれていた。
全国の鹿児島県出身者    全国のカリフォルニア州オークランド出身者
東文化大学出身      鹿児島県出身の東文化大学の出身者      全国の東文化大学の出身者
鹿児島県立加治木高等学校出身      全国の鹿児島県立加治木高等学校の出身者
 166  椎崎二郎    和歌山県 出身Wikipedia
椎崎 二郎(しいざき じろう、1911年9月20日 - 1945年8月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中佐。
全国の和歌山県出身者
 167  大野博    千葉県 船橋市 出身Wikipedia
大野 博(おおの ひろし、1911年 - 1939年(昭和14年)2月2日)は、日本の海軍軍人、海軍少佐。現在の千葉県船橋市出身で、父 大野善兵衛、母 正子の二男として生まれる。父は製麩業のかたわら、船橋町議などをつとめた。
全国の千葉県出身者    全国の船橋市出身者
海軍兵学校出身      千葉県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
千葉県立千葉高等学校出身      全国の千葉県立千葉高等学校の出身者
 168  林弥一郎    大阪府 藤井寺市 出身Wikipedia
林 弥一郎(はやし やいちろう、1911年9月2日 - 1999年8月14日)は、大日本帝国陸軍の軍人、最終階級は陸軍少佐。日中友好会会長。中国人民解放軍空軍の父。大阪府出身。
全国の大阪府出身者    全国の藤井寺市出身者
大阪府立富田林高等学校出身      全国の大阪府立富田林高等学校の出身者
 169  板谷隆一    佐賀県 出身Wikipedia
板谷 隆一(いたや たかいち、1911年(明治44年)8月20日 - 1991年(平成3年)9月1日)は、日本の海軍軍人及び海上自衛官。海軍兵学校卒業(第60期)。海兵同期に鈴木實、進藤三郎など。第7代海上幕僚長、第5代統合幕僚会議議長。
全国の佐賀県出身者
海軍兵学校出身      佐賀県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
佐賀県立三養基高等学校出身      全国の佐賀県立三養基高等学校の出身者

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 170  友永丈市    大分県 別府市、ミッドウェー海戦第一次攻撃隊隊長 出身Wikipedia
友永 丈市(ともなが じょういち、1911年(明治44年)1月9日 - 1942年(昭和17年)6月5日)は、日本の海軍軍人。海兵59期。ミッドウェー海戦に空母「飛龍」艦上攻撃機搭乗員として参加し、ミッドウェー島攻撃隊長を務め、その後の米空母「ヨークタウン」攻撃時に戦死。最終階級は海軍中佐。
全国の大分県出身者    全国の別府市、ミッドウェー海戦第一次攻撃隊隊長出身者
大分県立大分上野丘高等学校出身      全国の大分県立大分上野丘高等学校の出身者
 171  高杉晋Wikipedia
ネ・ウィン(ビルマ語: ??????, ラテン文字転写: Ne Win、1911年5月14日 - 2002年12月5日)は、ビルマ(現在のミャンマー)の軍人、政治家。本名はシュ・マウン。独立運動の功労者であり、独立後、軍参謀総長、革命評議会議長、大統領、ビルマ社会主義計画党 (BSPP) 議長を務めたが独裁者として非難された。日本名は高杉晋。
明治大学出身      全国の明治大学の出身者
 172  鈴木實Wikipedia
鈴木 實(すずき みのる 1910年(明治43年)4月20日- 2001年(平成13年)10月28日)は、東京麹町生まれの大日本帝国海軍の軍人、実業家。旧海軍時代の最終階級は海軍中佐。本籍は新潟県岩船郡村上本町。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 173  森茂喜    石川県 出身Wikipedia
森 茂喜(もり しげき、1910年3月27日 - 1989年11月19日)は、日本の政治家、元軍人(陸軍中佐)。元根上村長の森喜平は父。第85・86代内閣総理大臣の森喜朗は長男。
全国の石川県出身者
早稲田大学出身      石川県出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
 174  中島正    熊本県 出身Wikipedia
中島 正(なかじま ただし、1910年(明治43年)6月25日 - 1996年(平成8年)8月22日)は日本の海軍軍人、航空自衛官である。海軍では海兵58期卒業、最終階級は中佐。空自での最終階級は空将補。
全国の熊本県出身者
福岡県立三池高等学校出身      全国の福岡県立三池高等学校の出身者
 175  作江伊之助    長崎県 出身Wikipedia
作江 伊之助(さくえ いのすけ、1910年〈明治43年〉10月17日 - 1932年〈昭和7年〉2月22日)は、大日本帝国陸軍の軍人。最終階級は工兵伍長。勲八等功六級。長崎県旧北松浦郡平戸町大字平戸田助浦出身。
全国の長崎県出身者
 176  当山全信    沖縄県 出身Wikipedia
当山 全信(とうやま ぜんしん、1910年(明治43年) - 1945年(昭和20年)1月23日)は、日本の海軍軍人。「伊48」潜水艦長として「回天」作戦中、米駆逐艦に乗艦を撃沈され戦死した。最終階級は海軍中佐。
全国の沖縄県出身者
沖縄県立首里高等学校出身      全国の沖縄県立首里高等学校の出身者
 177  野中五郎Wikipedia
野中 五郎(のなか ごろう、1910年(明治43年)11月18日 - 1945年(昭和20年)3月21日)は、日本の海軍軍人。特攻兵器「桜花」を擁する神雷部隊指揮官として九州沖航空戦に参加。最終階級は戦死による二階級特進で海軍大佐。海兵61期卒。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 178  小岩井光夫    長野県 出身Wikipedia
小岩井 光夫(こいわい みつお、1910年(明治43年)5月22日 - 1959年(昭和34年)2月17日)は、大日本帝国陸軍の軍人。最終階級は陸軍少佐。
全国の長野県出身者
陸軍士官学校出身      長野県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
長野県松本深志高等学校出身      全国の長野県松本深志高等学校の出身者
 179  奥宮正武    高知県 出身Wikipedia
奥宮 正武(おくみや まさたけ、1909年(明治42年)7月27日 - 2007年(平成19年)2月22日)は、日本の海軍軍人、航空自衛官。海兵58期。最終階級は、海軍では海軍中佐、自衛隊では空将。
全国の高知県出身者
海軍兵学校出身      高知県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
大阪府立市岡高等学校出身      全国の大阪府立市岡高等学校の出身者

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 180  横山保    神奈川県 出身Wikipedia
横山 保(よこやま たもつ、1909年(明治42年)8月11日 - 1981年(昭和56年)3月)は、日本の海軍軍人、航空自衛官。海兵59期。最終階級は海軍で中佐、空自で空将補。
全国の神奈川県出身者
神奈川県立横須賀高等学校出身      全国の神奈川県立横須賀高等学校の出身者
 181  三原朝雄    福岡県 遠賀郡遠賀町 出身Wikipedia
三原 朝雄(みはら あさお、1909年(明治42年)8月20日 - 2001年(平成13年)3月7日)は、日本の政治家。衆議院議員、また文部大臣、防衛庁長官、総理府総務長官を歴任した。勲一等旭日大綬章(1986年)。北九州市議会議員の三原征彦は長男、衆議院議員の三原朝彦は次男にあたる。陸軍軍人の山縣初男は岳父である。
全国の福岡県出身者    全国の遠賀郡遠賀町出身者
明治大学出身      福岡県出身の明治大学の出身者      全国の明治大学の出身者
福岡県立東筑高等学校出身      全国の福岡県立東筑高等学校の出身者
 182  小福田租    岡山県 出身Wikipedia
小福田 晧文(こふくだ てるふみ、1909年(明治42年 2月) - 1995年(平成7年 7月)は日本の海軍軍人、航空自衛官である。海軍兵学校第59期卒業。最終階級は海軍で海軍中佐、自衛隊で空将。旧名は小福田 租(こふくだ みつぎ)。
全国の岡山県出身者
 183  坂井菴    岐阜県 出身Wikipedia
坂井 菴(さかい いおり、1909年(明治42年)8月6日 - ?)は、大日本帝国陸軍の軍人、戦闘機操縦者。少候13期。第二次世界大戦に参加した最古参の現役戦闘機乗りのひとりで、教官やテストパイロットとしても活躍した。最終階級は陸軍少佐。
全国の岐阜県出身者
 184  村田重治    長崎県 出身Wikipedia
村田 重治(むらた しげはる、1909年(明治42年)4月9日 - 1942年(昭和17年)10月26日)は、日本の海軍軍人。海兵58期。南太平洋海戦で米空母「ホーネット」攻撃後に戦死した。二階級特進により最終階級は海軍大佐。
全国の長崎県出身者
海軍兵学校出身      長崎県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
長崎県立島原高等学校出身      全国の長崎県立島原高等学校の出身者
 185  板谷茂    佐賀県 出身Wikipedia
板谷茂(いたや しげる 1909年(明治42年)7月10日 - 1944年(昭和19年)7月24日)は、日本の海軍軍人。海兵57期。最終階級は海軍中佐。
全国の佐賀県出身者
佐賀県立三養基高等学校出身      全国の佐賀県立三養基高等学校の出身者
 186  浦茂    石川県 金沢市 出身Wikipedia
浦 茂(うら しげる、1909年2月11日 - 2001年11月18日)は、日本の陸軍軍人、航空自衛官、実業家である。航空自衛隊では第5代航空幕僚長を務めた。最終階級は中佐(旧陸軍)、航空幕僚長たる空将(空自)。
全国の石川県出身者    全国の金沢市出身者
陸軍士官学校出身      石川県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
石川県立金沢泉丘高等学校出身      全国の石川県立金沢泉丘高等学校の出身者
 187  平田佐貞    三重県 出身Wikipedia
平田 佐貞(ひらた すけさだ、1909年(明治42年)5月 - 1938年(昭和13年)10月)は、日本の俳人・彫刻家・陸軍軍人。
全国の三重県出身者
三重県立四日市商業高等学校出身      全国の三重県立四日市商業高等学校の出身者
 188  竹田恒徳Wikipedia
竹田 恒徳(たけだ つねよし、1909年(明治42年)3月4日 - 1992年(平成4年)5月11日)は、日本の旧皇族(竹田宮第2代)、陸軍軍人。1947年(昭和22年)10月に皇籍離脱し、竹田恒徳と名乗る。皇籍離脱前は竹田宮恒徳王(たけだのみや つねよしおう)。陸軍少将竹田宮恒久王の第1王子で、母は明治天皇の第6皇女常宮昌子内親王、昭和天皇の従弟にあたる。最終階級は陸軍中佐。勲等は大勲位。
陸軍士官学校出身      出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者
 189  江草隆繁    広島県 福山市 出身Wikipedia
江草 隆繁(えぐさ たかしげ、1909年(明治42年)9月4日 - 1944年(昭和19年)6月15日)は、日本の海軍軍人。海兵58期。五二一空陸上爆撃機搭乗員として参加したあ号作戦で戦死した。最終階級は海軍大佐。
全国の広島県出身者    全国の福山市出身者
海軍兵学校出身      広島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
広島県立府中高等学校出身      全国の広島県立府中高等学校の出身者

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 190  三木忠直Wikipedia
三木 忠直(みき ただなお、1909年12月15日 - 2005年4月20日)は、日本の大日本帝国海軍軍人、航空機技術者、鉄道技術者。最終階級は海軍技術少佐。新幹線の開発者。
岡山大学出身      全国の岡山大学の出身者
 191  栗原安秀    島根県 松江市 出身Wikipedia
栗原 安秀(くりはら やすひで、明治41年(1908年)11月17日 - 昭和11年(1936年)7月12日)は、日本の陸軍軍人、国家社会主義者。1936年2月26日に勃発した二・二六事件に参加した。磯部浅一に並ぶ急進派として知られる。最終階級は陸軍歩兵中尉。
全国の島根県出身者    全国の松江市出身者
陸軍士官学校出身      島根県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東海大学付属浦安高等学校出身      全国の東海大学付属浦安高等学校の出身者
 192  有坂秀世    広島県 出身Wikipedia
有坂 秀世(ありさか ひでよ、1908年(明治41年)9月5日 - 1952年(昭和27年)3月13日)は、日本の言語学者、日本語学者。日本語の音韻史や音韻論に関して業績を遺した。上代特殊仮名遣に関する有坂の法則で知られる。父は軍人の有坂鉊蔵。
全国の広島県出身者
東京大学出身      広島県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 193  藤原岩市    兵庫県 丹波市(旧氷上郡) 出身Wikipedia
藤原 岩市(ふじわら いわいち、1908年3月1日‐1986年2月24日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。F機関を成功させた人物として有名。
全国の兵庫県出身者    全国の丹波市(旧氷上郡)出身者
 194  吉岡忠一    鳥取県 鳥取市 出身Wikipedia
吉岡 忠一(よしおか ただかず、1908年5月14日 - 2000年)は、日本の海軍軍人。海軍兵学校57期。最終階級は海軍中佐。旧姓は大杉。
全国の鳥取県出身者    全国の鳥取市出身者
 195  嶋崎重和    大分県 奈良市 出身Wikipedia
嶋崎 重和(しまざき しげかず、1908年(明治41年)9月9日 - 1945年(昭和20年)1月9日)は、日本の海軍軍人。空母「瑞鶴」飛行隊長として真珠湾攻撃で第二次攻撃隊長を務めた。戦死による二階級特進で最終階級は海軍少将。
全国の大分県出身者    全国の奈良市出身者
海軍兵学校出身      大分県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
愛知県立岡崎高等学校出身      全国の愛知県立岡崎高等学校の出身者
 196  杉江一三    愛知県 出身Wikipedia
杉江 一三(すぎえ いちぞう、1908年(明治41年)9月18日 - 1999年(平成11年)7月27日)は、日本の海軍軍人及び海上自衛官。海軍兵学校卒業(56期)。第5代海上幕僚長、第2代統合幕僚会議議長。
全国の愛知県出身者
 197  鈴木英    千葉県 出身Wikipedia
鈴木 英(すずき すぐる、1908年(明治41年) 4月1日 - 1985年(昭和60年)9月18日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。太平洋戦争において軍令部作戦課員などを務め、戦後は海上自衛隊に入隊。最終階級は日本海軍では海軍中佐、海自では海将。父は鈴木孝雄陸軍大将で、その次男。妻は岡田啓介首相の娘、喜美子。
全国の千葉県出身者
海軍兵学校出身      千葉県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 198  塚本素山    千葉県 佐倉市 出身Wikipedia
塚本 素山(つかもと そざん、1907年(明治40年)9月1日 - 1982年(昭和57年)4月4日)は、日本の陸軍軍人、実業家。千葉県出身。陸軍士官学校卒業。本名は塚本 清。
全国の千葉県出身者    全国の佐倉市出身者
千葉県立佐倉高等学校出身      全国の千葉県立佐倉高等学校の出身者
 199  中橋基明    佐賀県 出身Wikipedia
中橋 基明(なかはし もとあき、明治40年(1907年)9月25日 - 昭和11年(1936年)7月12日)は、日本の陸軍軍人。
全国の佐賀県出身者
陸軍士官学校出身      佐賀県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東海大学付属浦安高等学校出身      全国の東海大学付属浦安高等学校の出身者

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 200  藤森康男    長野県 出身Wikipedia
藤森 康男(ふじもり やすお、1907年(明治40年)11月28日-)は日本海軍軍人。海兵56期卒業。最終階級は海軍中佐。
全国の長野県出身者
 201  愛新覚羅溥傑Wikipedia
愛新覚羅溥傑(あいしんかくら ふけつ、1907年4月16日 - 1994年2月28日)は、清および満州国最後の皇帝・愛新覚羅溥儀の実弟。清朝における地位は醇親王継嗣、満州国軍人としての階級は陸軍中校(中佐に相当)。中華人民共和国では全人代常務委員会委員。立命館大学名誉法学博士。書家でもあり、流水の如き独特の書体は流麗で人気が高かった。
立命館大学出身      全国の立命館大学の出身者
 202  荒木克業    熊本県 飽託郡内田村(現・熊本市南区) 出身Wikipedia
荒木 克業(あらき かつなり、1907年(明治40年)10月20日‐1932年12月3日)は、日本陸軍の軍人。 陸士41期。熊本県旧飽託郡内田村(現・熊本市南区)出身。最終階級は工兵中尉、死後大尉。
全国の熊本県出身者    全国の飽託郡内田村(現・熊本市南区)出身者
 203  河野壽    熊本県 熊本市 出身Wikipedia
河野 壽(こうの ひさし、1907年(明治40年)3月7日 - 1936年(昭和11年)3月6日)は、日本の陸軍軍人。航空兵大尉。所沢陸軍飛行学校操縦学生。二・二六事件に参加、湯河原で牧野伸顕伯爵を襲撃したが負傷、後、自決した。
全国の熊本県出身者    全国の熊本市出身者
 204  須摩洋朔    石川県 志賀町 出身Wikipedia
須摩 洋朔(すま ようさく、1907年(明治40年)9月1日 - 2000年(平成12年)3月30日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官、作曲家、指揮者、トロンボーン奏者。最終階級は帝国陸軍では陸軍軍楽大尉、陸自では1等陸佐。石川県羽咋郡富来町(現志賀町)出身。別名は明石丈夫(あかしたけお)、築地洋(つきじひろし)、七海富夫。
全国の石川県出身者    全国の志賀町出身者
 205  檜貝襄治    千葉県 佐倉市 出身Wikipedia
檜貝 嚢治(ひがい じょうじ、1906年(明治39年)11月20日 - 1943年(昭和18年)1月29日)は、日本の海軍軍人。海兵57期。太平洋戦争(大東亜戦争)時における爆撃機の名パイロットで霞空飛行隊長、七〇一空飛行長を歴任。檜貝式爆撃法を生み出し、ガダルカナル島夜間爆撃等を指揮、多大な戦果をもたらした。七〇五空飛行長の三原元一少佐とともに陸攻隊の双璧といわれた。レンネル島沖海戦において被弾後、敵艦へ突撃。戦死による二階級特進で最終階級は海軍大佐。
全国の千葉県出身者    全国の佐倉市出身者
海軍兵学校出身      千葉県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
千葉県立佐倉高等学校出身      全国の千葉県立佐倉高等学校の出身者
 206  南郷茂章    鹿児島県 出身Wikipedia
南郷 茂章(なんごう もちふみ、1906年(明治39年)7月1日 - 1938年(昭和13年)7月18日)は、日本の海軍軍人。海兵55期。支那事変(日中戦争)における撃墜王。戦死による一階級昇進で最終階級は海軍少佐。
全国の鹿児島県出身者
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者
 207  ジョンジュルジャブWikipedia
ジョンジュルジャブ(漢字:正珠爾扎布、1906年 - 1967年11月)は、満州国軍の軍人。モンゴル人。満蒙独立運動で戦死したバボージャブの三男で、日本で教育を受けたのち軍人となる。1945年8月のソ連参戦後、ハイラル市郊外で叛乱を起こし日系軍官を多数殺害した。最終階級は陸軍少将。日本名は“川島成信”、“田中正”。ジョンジュルジャップとも。
東京都立新宿高等学校出身      全国の東京都立新宿高等学校の出身者
 208  滕傑Wikipedia
滕 傑(とう けつ、繁体字:滕杰、簡体字:滕傑、ピン音:Téng Jié、ウェード式:T'eng Chie、1906年1月25日(清光緒32年正月初1日) - 2004年(民国93年))は、中華民国(台湾)の軍人・政治家。号は俊夫。江蘇省淮安府阜寧県の人。
明治大学出身      全国の明治大学の出身者
 209  カール・ヨネダWikipedia
カール・ゴーゾー・ヨネダ(Karl Gozo Yoneda、日本名:米田 剛三(よねだ ごうぞう)、1906年7月15日 - 1999年)は、アメリカ合衆国の労働運動家、ジャーナリスト、軍人。国際港湾倉庫労働組合設立の際は、主導的な役割を果たした。
広島県立広島国泰寺高等学校出身      全国の広島県立広島国泰寺高等学校の出身者

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 210  高橋赫一    徳島県 出身Wikipedia
高橋 赫一(たかはし かくいち、1906年(明治39年)11月29日 - 1942年(昭和17年)5月8日)は、日本の海軍軍人。海兵56期。珊瑚海海戦に空母「翔鶴」艦上爆撃機搭乗員として参加し、米空母「レキシントン」攻撃後に戦死。最終階級は海軍大佐。
全国の徳島県出身者
海軍兵学校出身      徳島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
徳島県立城南高等学校出身      全国の徳島県立城南高等学校の出身者
 211  高山信武    千葉県 出身Wikipedia
高山 信武(たかやま しのぶ、1906年(明治39年)10月24日 - 1987年(昭和62年)10月16日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。最終階級は陸軍大佐、陸将。
全国の千葉県出身者
 212  大橋武夫    愛知県 蒲郡市 出身Wikipedia
大橋 武夫(おおはし たけお、1906年(明治39年)11月18日 - 1987年(昭和62年)7月13日)は、日本の陸軍軍人、実業家、経営評論家。軍人として第53軍参謀・東部軍参謀等を務め、階級は陸軍中佐に至る。戦後東洋精密工業社長、同社相談役や偕行社副会長を歴任する。愛知県蒲郡市出身。
全国の愛知県出身者    全国の蒲郡市出身者
 213  松田武    山口県 出身Wikipedia
松田 武(まつだ たけし、1906年(明治39年)8月3日 - 1988年(昭和63年)9月4日)は、日本の陸軍軍人、航空自衛官、旧軍需省官僚、実業家である。第4代航空幕僚長。
全国の山口県出身者
東京大学出身      山口県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 214  中村一夫    熊本県 熊本市 出身Wikipedia
中村 一夫(なかむら かずお、1906年3月10日 - )は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大尉。通化守備隊長。熊本県出身。
全国の熊本県出身者    全国の熊本市出身者
 215  林正義    熊本県 飽託郡池上村(現・熊本市) 出身Wikipedia
林 正義(はやし まさよし、1906年(明治39年) 2月14日 - 1980年(昭和55年)9月26日)は、日本の海軍軍人。五・一五事件に連座し、反乱予備罪で有罪となった海軍中尉である。幽顕塾塾長。
全国の熊本県出身者    全国の飽託郡池上村(現・熊本市)出身者
 216  佐々木武雄    北海道 小樽市 出身Wikipedia
佐々木 武雄(ささき たけお, 1905年3月7日 - 1986年3月20日[注釈 1])は、日本の陸軍軍人。最終階級は予備役大尉。
全国の北海道出身者    全国の小樽市出身者
 217  田辺弥八    香川県 出身Wikipedia
田辺 弥八(たなべ やはち、1905年(明治38年) 8月13日 - 1990年(平成2年)4月29日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争において米空母ヨークタウンを撃沈した「伊一六八」潜水艦長でもある。最終階級は海軍中佐。
全国の香川県出身者
海軍兵学校出身      香川県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
香川県立観音寺第一高等学校出身      全国の香川県立観音寺第一高等学校の出身者
 218  中島親孝    北海道 出身Wikipedia
中島 親孝(なかじま ちかたか、1905年(明治38年)5月28日 - 1992年(平成4年)5月31日)は、日本の海軍軍人。海兵54期。最終階級は海軍中佐。
全国の北海道出身者
麻布高等学校出身      全国の麻布高等学校の出身者
 219  中山定義    島根県 出身Wikipedia
中山 定義(なかやま さだよし、1905年(明治38年)8月16日 - 1995年(平成7年)1月16日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。第4代海上幕僚長。島根県出雲市出身。東京都目黒区在住であった。長男は第10代明治学院長の中山弘正。
全国の島根県出身者
海軍兵学校出身      島根県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
島根県立大社高等学校出身      全国の島根県立大社高等学校の出身者

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 220  稲嶺一郎Wikipedia
稲嶺 一郎(いなみね いちろう、1905年9月23日 - 1989年6月19日)は、日本の政治家・実業家・軍人。沖縄県国頭郡本部村出身。元沖縄県知事稲嶺惠一の父。
早稲田大学出身      全国の早稲田大学の出身者
沖縄県立那覇高等学校出身      全国の沖縄県立那覇高等学校の出身者
 221  三上卓Wikipedia
三上 卓(みかみ たく/たかし、1905年3月22日 - 1971年10月25日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中尉。「青年日本の歌」(昭和維新の歌)の作詞者。
佐賀県立佐賀西高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀西高等学校の出身者
 222  安藤輝三    岐阜県 出身Wikipedia
安藤 輝三(あんどう てるぞう、1905年(明治38年)2月25日 - 1936年(昭和11年)7月12日)は、日本の陸軍軍人。
全国の岐阜県出身者
栃木県立宇都宮高等学校出身      全国の栃木県立宇都宮高等学校の出身者
 223  福村利明    熊本県 出身Wikipedia
福村 利明(ふくむら としあき、1905年(明治38年)10月2日 - 1944年(昭和19年)5月15日)は、日本の海軍軍人。海兵54期卒。戦死による二階級特進で、最終階級は海軍少将。
全国の熊本県出身者
 224  源田実    広島県 太田町 出身Wikipedia
源田 実(げんだ みのる、源田 實、1904年(明治37年)8月16日 - 1989年(平成元年)8月15日)は、日本の海軍軍人、航空自衛官、政治家。海軍では海兵52期を卒業し、最終階級は大佐。戦闘機パイロット、航空参謀を歴任し、第三四三海軍航空隊司令として終戦を迎えた。自衛隊では初代航空総隊司令、第3代航空幕僚長を務め、ブルーインパルスを創設した。航空自衛隊の育ての親。政治家としては参議院議員を4期24年務めた。赤十字飛行隊の初代飛行隊長を務める。
全国の広島県出身者    全国の太田町出身者
広島県立広島国泰寺高等学校出身      全国の広島県立広島国泰寺高等学校の出身者
 225  岡村誠之    和歌山県 出身Wikipedia
岡村 誠之(おかむら まさゆき、1904年(明治37年)11月11日 - 1974年(昭和49年)6月3日)は、日本の陸軍軍人。
全国の和歌山県出身者
 226  伊藤茂    新潟県 出身Wikipedia
伊藤 茂(いとう しげる、1904年(明治37年) - 1944年(昭和19年)11月21日)は、海軍軍人、海軍大佐。
全国の新潟県出身者
 227  石井繁丸    群馬県 勢多郡 出身Wikipedia
石井繁丸(いしい しげまる、1904年1月1日 - 1983年10月8日)は、日本の政治家・弁護士、軍人(陸軍曹長)。元前橋市立工業短期大学学長。元衆議院議員、前橋市長。群馬県勢多郡出身。日本大学卒業。日本社会党に所属した。勲二等瑞宝章に叙せられた。
全国の群馬県出身者    全国の勢多郡出身者
 228  草地貞吾    大分県 宇佐市 出身Wikipedia
草地 貞吾(くさち ていご、1904年5月28日 - 2001年11月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐。
全国の大分県出身者    全国の宇佐市出身者
陸軍士官学校出身      大分県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
大分県立宇佐高等学校出身      全国の大分県立宇佐高等学校の出身者
 229  福地誠夫    東京都 出身Wikipedia
福地 誠夫(ふくち のぶお、1904年(明治37年)2月14日 - 2007年(平成19年)7月26日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。最終階級は日本海軍では海軍大佐、海上自衛隊では海将。退官後は記念艦「三笠」艦長を務めた。
全国の東京都出身者
麻布高等学校出身      全国の麻布高等学校の出身者

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 230  藤井斉Wikipedia
藤井 斉(ふじい ひとし、1904年〈明治37年〉8月3日 - 1932年〈昭和7年〉2月5日)は、日本の海軍軍人。海兵53期卒。五・一五事件を起こした海軍青年士官の指導者で革命児と称された人物であり、また、日本海軍搭乗員最初の戦死者の一人である。戦死による一階級昇進で最終階級は海軍少佐。
佐賀県立佐賀西高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀西高等学校の出身者
 231  柴田武雄    福島県 出身Wikipedia
柴田 武雄(しばた たけお、1904年(明治37年)2月20日 - 1994年(平成6年)8月11日)は、日本の海軍軍人、宗教家。福島県相馬郡出身。海兵52期。最終階級は海軍大佐。
全国の福島県出身者
福島県立相馬高等学校出身      全国の福島県立相馬高等学校の出身者
 232  黒井明    山形県 出身Wikipedia
黒井 明(くろい あきら、1903年(明治36年)5月27日 - 1933年(昭和8年)3月10日)は、日本の海軍軍人(海兵51期卒)。水上機機長としての不時着水時の行動で責任感の鑑と称えられた。のちに殉職し最終階級は海軍少佐。
全国の山形県出身者
海軍兵学校出身      山形県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 233  カンジュルジャブWikipedia
カンジュルジャブ(漢字:甘珠爾扎布、1903年 - 1968年?)は、モンゴル族出身の満州国軍の軍人である。満州事変の際に内蒙古自治軍を組織し、満州国建国後は興安軍の中心的人物となった。一時期、川島芳子と結婚していたことがある。最終階級は陸軍中将。カナ表記はカンジュルジャップとも。
早稲田大学出身      全国の早稲田大学の出身者
 234  横田稔    岡山県 出身Wikipedia
横田 稔(よこた みのる、1903年(明治36年)4月1日 - 没年不明)は、日本の海軍軍人、宣教師。空母「サラトガ」、軽巡洋艦「ジュノー」を雷撃し、前者を3ヶ月間戦線離脱させ、後者を撃沈した「伊26」潜水艦長である。最終階級は海軍大佐。戦後は長谷川と改姓。高校教師として教鞭をとり、またキリスト教宣教師となった。
全国の岡山県出身者
 235  加藤建夫    北海道 旭川市 出身Wikipedia
加藤 建夫(かとう たてお、1903年(明治36年)9月28日 - 1942年(昭和17年)5月22日)は、日本の陸軍軍人、戦闘機操縦者。最終階級は陸軍少将。位階勲等は従四位勲三等功二級。北海道上川郡東旭川村(現:旭川市東旭川町)出身。旭川中学(現:北海道旭川東高等学校)、仙台陸軍幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学校(専科)卒。
全国の北海道出身者    全国の旭川市出身者
北海道旭川東高等学校出身      全国の北海道旭川東高等学校の出身者
 236  猪口力平    鳥取県 鳥取市 出身Wikipedia
猪口 力平(いのぐち りきへい、1903年10月17日 - 1983年7月13日)は、鳥取県出身の日本海軍軍人。 海兵52期。最終階級は海軍大佐。戦後改姓し、詫間 力平(たくま りきへい)となった。神風特別攻撃隊の命名者。
全国の鳥取県出身者    全国の鳥取市出身者
 237  内藤雄    山形県 出身Wikipedia
内藤 雄(ないとう たけし、1903年(明治36年)8月17日 - 1944年(昭和19年)3月31日)は、日本の海軍軍人(海兵52期、海大36期卒)。太平洋戦争において艦隊参謀職を歴任した後、海軍乙事件で殉職。殉職による一階級昇進で最終階級は海軍大佐。
全国の山形県出身者
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 238  樋端久利雄    香川県 出身Wikipedia
樋端 久利雄(といばた くりお/といばな くりお、1903年(明治36年)8月1日 - 1943年(昭和18年)4月18日)は、日本の海軍軍人(海兵51期卒)。海軍甲事件で搭乗機(「一式陸攻」)を撃墜され、戦死。戦死による一階級昇進で最終階級は海軍大佐。
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香川県立三本松高等学校出身      全国の香川県立三本松高等学校の出身者
 239  親泊朝省    沖縄県 出身Wikipedia
親泊 朝省(おやどまり ちょうせい、1903年(明治36年)9月18日 - 1945年(昭和20年)9月3日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大佐。沖縄県出身。大本営陸軍部報道部部長、内閣情報局情報官。
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 240  野中四郎Wikipedia
野中 四郎(のなか しろう、1903年(明治36年)10月27日 - 1936年(昭和11年)2月29日)は、日本の陸軍軍人。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 241  庵原貢    兵庫県 出身Wikipedia
庵原 貢(いはら みつぐ、1903年(明治36年)10月3日 - 1979年(昭和54年)3月31日)は、日本の海軍軍人及び海上自衛官である。海軍兵学校卒業(第52期)。第3代海上幕僚長。
全国の兵庫県出身者
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兵庫県立豊岡高等学校出身      全国の兵庫県立豊岡高等学校の出身者
 242  立花止    熊本県 出身Wikipedia
立花 止(たちばな いたる、1903年(明治36年)3月29日 - 1954年(昭和29年)6月7日)は、日本の海軍軍人。米国駐在時代に情報活動に従事しFBIに逮捕され国外追放処分を受ける(立花事件)。最後の連合艦隊参謀の一人である。最終階級は海軍大佐。
全国の熊本県出身者
熊本県立鹿本高等学校出身      全国の熊本県立鹿本高等学校の出身者
 243  山本祐二    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
山本 祐二(やまもと ゆうじ、1903年(明治36年)1月17日 - 1945年(昭和20年)4月7日)は、日本の海軍軍人(海兵51期卒)。戦艦「大和」を旗艦とする第二艦隊の沖縄海上特攻作戦(坊ノ岬沖海戦)で戦死。戦死による一階級昇進で最終階級は海軍少将。
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鹿児島県立甲南高等学校出身      全国の鹿児島県立甲南高等学校の出身者
 244  大蔵栄一    大分県 出身Wikipedia
大蔵 栄一(おおくら えいいち、1903年9月11日 - 1979年1月29日)は、日本の陸軍軍人。二・二六事件当時の革新派青年将校の中心的人物。
全国の大分県出身者
福岡県立修猷館高等学校出身      全国の福岡県立修猷館高等学校の出身者
 245  村中孝次    北海道 旭川市 出身Wikipedia
村中 孝次(むらなか たかじ[注釈 1]、1903年10月3日 - 1937年8月19日)は、日本の陸軍軍人で皇道派、国家社会主義者。
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 246  荒尾興功    高知県 出身Wikipedia
荒尾 興功(あらお おきかつ、1902年3月18日 - 1974年8月22日)は、日本の陸軍軍人、官僚。最終階級は陸軍大佐。
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 247  西竹一Wikipedia
西 竹一(にし たけいち、1902年7月12日 - 1945年3月22日)は、日本の陸軍軍人、華族(男爵)。最終階級は陸軍大佐。愛称・通称はバロン西(バロン・ニシ、Baron Nishi)。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 248  小園安名    鹿児島県 南九州市 出身Wikipedia
小園 安名(こぞの やすな、1902年(明治35年)11月1日 - 1960年(昭和35年)11月25日)は、日本の海軍軍人。海軍兵学校第51期卒業。最終階級は海軍大佐剥奪。
全国の鹿児島県出身者    全国の南九州市出身者
鹿児島県立川辺高等学校出身      全国の鹿児島県立川辺高等学校の出身者
 249  杉山茂    岡山県 出身Wikipedia
杉山 茂(すぎやま しげる、1902年(明治35年)4月28日 - 1982年(昭和57年)1月29日)は、日本の陸軍軍人及び陸上自衛官。陸士36期、陸大45期。第2代陸上幕僚長。戦後、服部卓四郎他からの勧めで東條英機の娘、東條光枝と結婚する。
全国の岡山県出身者
広島県立広島国泰寺高等学校出身      全国の広島県立広島国泰寺高等学校の出身者

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 250  八原博通    鳥取県 米子市 出身Wikipedia
八原 博通(やはら ひろみち、明治35年(1902年)10月2日 - 昭和56年(1981年)5月7日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐。
全国の鳥取県出身者    全国の米子市出身者
 251  木梨鷹一    大分県 臼杵市 出身Wikipedia
木梨 鷹一(きなし たかかず、1902年(明治35年)3月7日 - 1944年(昭和19年)7月26日)は、日本の海軍軍人(海兵51期卒)。太平洋戦争において日本海軍を代表する潜水艦長のひとり。戦死による二階級特進で最終階級は海軍少将。
全国の大分県出身者    全国の臼杵市出身者
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大分県立臼杵高等学校出身      全国の大分県立臼杵高等学校の出身者
 252  淵田美津雄    奈良県 葛城市 出身Wikipedia
淵田 美津雄(ふちだ みつお、1902年(明治35年)12月3日 - 1976年(昭和51年)5月30日)は、日本の海軍軍人、キリスト教伝道者。海軍兵学校52期。最終階級は海軍大佐。
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奈良県立畝傍高等学校出身      全国の奈良県立畝傍高等学校の出身者
 253  玉井浅一    愛媛県 出身Wikipedia
玉井 浅一(たまい あさいち、1902年12月25日 - 1964年12月10日)は、日本の海軍軍人。海兵52期。最終階級は海軍大佐。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
 254  吉田英三    福島県 出身Wikipedia
吉田 英三(よしだ ひでみ、1902年(明治35年)3月5日 - 1978年(昭和53年)4月24日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。最終階級は海軍大佐、海将。
全国の福島県出身者
吉田英三出身      福島県出身の吉田英三の出身者      全国の吉田英三の出身者
福島県立磐城高等学校出身      全国の福島県立磐城高等学校の出身者
 255  福地周夫    佐賀県 出身Wikipedia
福地 周夫(ふくち かねお、1902年(明治35年)6月5日 - 1996年)は、日本の海軍軍人。珊瑚海海戦及び南太平洋海戦に「翔鶴」運用長として参戦し、その被害の局限化に成功した海軍大佐である。戦後は著作家としても活動した。
全国の佐賀県出身者
佐賀県立小城高等学校出身      全国の佐賀県立小城高等学校の出身者
 256  渡名喜守定    沖縄県 出身Wikipedia
渡名喜 守定(となき しゅてい、1902年2月5日 - 1993年2月1日)は、日本の海軍軍人。
全国の沖縄県出身者
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沖縄県立首里高等学校出身      全国の沖縄県立首里高等学校の出身者
 257  井浦祥二郎    福岡県 朝倉市 出身Wikipedia
井浦 祥二郎(いうら しょうじろう、1902年(明治35年)3月31日 - 1965年(昭和40年)7月6日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。
全国の福岡県出身者    全国の朝倉市出身者
 258  大井篤    山形県 出身Wikipedia
大井 篤(おおい あつし、1902年(明治35年)12月11日 - 1994年(平成6年)12月27日)は、日本の海軍軍人。海軍兵学校51期。最終階級は海軍大佐。
全国の山形県出身者
東京外国語大学出身      山形県出身の東京外国語大学の出身者      全国の東京外国語大学の出身者
 259  島村信政    長野県 松本市 出身Wikipedia
島村 信政(しまむら のぶまさ、1902年(明治35年)8月7日 - 1944年(昭和19年)4月1日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中佐。殉職後は海軍大佐。
全国の長野県出身者    全国の松本市出身者
海軍兵学校出身      長野県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
長野県松本深志高等学校出身      全国の長野県松本深志高等学校の出身者

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 260  実松譲Wikipedia
実松 譲(さねまつ ゆずる、1902年(明治35年)11月20日 - 1996年(平成8年)12月20日)は、日本の海軍軍人、著作家。米内光政海相時代の大臣秘書官や、駐米大使館附武官補佐官を務め、太平洋戦争においては情報解析に実績を残す。海軍大佐で終戦を迎え11年半の巣鴨プリズン生活をおくった後は主として海軍関係の書を著し、刊行数は100点近くにおよんだ。
佐賀県立佐賀西高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀西高等学校の出身者
 261  久邇邦久Wikipedia
久邇 邦久(くに くにひさ、1902年(明治35年)3月10日 - 1935年(昭和10年)3月4日)は、日本の華族、陸軍軍人。陸軍歩兵大尉。侯爵。久邇宮邦彦王の第二王子。香淳皇后の次兄。
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者
 262  入佐俊家    鹿児島県 出身Wikipedia
入佐 俊家(いりさ としいえ、1902年(明治35年)4月26日 - 1944年(昭和19年)6月19日)は、日本の海軍軍人(海兵52期卒)。戦死による二階級特進で最終階級は海軍少将。
全国の鹿児島県出身者
鹿児島県立甲南高等学校出身      全国の鹿児島県立甲南高等学校の出身者
 263  辻政信    石川県 出身Wikipedia
辻 政信(つじ まさのぶ、1902年(明治35年)10月11日 - 1968年(昭和43年)7月20日[注釈 1])は、日本の陸軍軍人、政治家。軍人としての最終階級は陸軍大佐。
全国の石川県出身者
 264  鹿岡円平    福島県 出身Wikipedia
鹿岡 円平(かのおか えんぺい、1901年(明治34年)4月11日 - 1944年(昭和19年)11月5日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
全国の福島県出身者
海軍兵学校出身      福島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
学校法人石川高等学校出身      全国の学校法人石川高等学校の出身者
 265  柴勝男    千葉県 出身Wikipedia
柴 勝男(しば かつお、1901年9月4日 - 1970年1月3日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍大佐。旧姓・阿部。千葉県出身。
全国の千葉県出身者
海軍兵学校出身      千葉県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
千葉県立長生高等学校出身      全国の千葉県立長生高等学校の出身者
 266  西田税    鳥取県 米子市 出身Wikipedia
西田 税(にしだ みつぎ、明治34年(1901年)10月3日 - 昭和12年(1937年)8月19日)は、日本の陸軍軍人、思想家。
全国の鳥取県出身者    全国の米子市出身者
 267  吉見精    千葉県 佐倉市 出身Wikipedia
吉見 精(よしみ せい、生年不明 - 1901年1月)は、日本の陸軍軍人。旧大日本帝国陸軍鉄道大隊の初代大隊長。旧佐倉藩士。千葉県出身。
全国の千葉県出身者    全国の佐倉市出身者
千葉県立佐倉高等学校出身      全国の千葉県立佐倉高等学校の出身者
 268  永井貞三    広島県 出身Wikipedia
永井 貞三(ながい さだぞう、1901年3月 - 1944年10月24日)は、日本の海軍軍人。最終階級は少将[3]。広島県出身。
全国の広島県出身者
修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者
 269  扇一登    広島県 出身Wikipedia
扇 一登(おうぎ かずと、1901年(明治34年)5月24日 - 2004年(平成16年)1月11日)は、日本の海軍軍人。最終階級は大佐。海兵51期、海大32期。広島県旧世羅郡三川村出身。
全国の広島県出身者
修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者

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 270  朴沃圭Wikipedia
朴 沃圭(1901年 - 1971年)は大韓民国の軍人、海軍中将。第2代海軍参謀総長を務めた。
関西大学出身      全国の関西大学の出身者
 271  豊田隈雄    大分県 杵築市 出身Wikipedia
豊田 隈雄(とよだ くまお、1901年(明治34年)12月13日 - 1995年(平成7年)2月23日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。
全国の大分県出身者    全国の杵築市出身者
海軍兵学校出身      大分県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
大分県立宇佐高等学校出身      全国の大分県立宇佐高等学校の出身者
 272  堀場一雄    愛知県 出身Wikipedia
堀場 一雄(ほりば かずお、1901年(明治34年)2月1日 - 1953年(昭和28年)10月21日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大佐。愛知県出身。陸軍士官学校34期卒業で、同期の服部卓四郎および西浦進と並んで「34期の三羽烏」と称された。
全国の愛知県出身者
 273  古森善五郎    福岡県 出身Wikipedia
古森 善五郎(こもり ぜんごろう、1901年 - 1959年)は、日本の外科学者、ドイツ陸軍の軍人(軍医)。
全国の福岡県出身者
福岡県立修猷館高等学校出身      全国の福岡県立修猷館高等学校の出身者
 274  佐薙毅    愛媛県 出身Wikipedia
佐薙 毅(さなぎ さだむ、1901年(明治34年)8月8日 - 1990年(平成2年)3月14日)は、日本の海軍軍人及び航空自衛官、第2代航空幕僚長。海軍の最終階級は海軍大佐。自衛隊の最終階級は航空幕僚長たる空将。
全国の愛媛県出身者
海軍兵学校出身      愛媛県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
筑波大学附属高等学校出身      全国の筑波大学附属高等学校の出身者
 275  永井八津次    茨城県 出身Wikipedia
永井 八津次(ながい やつじ、1901年(明治34年)1月20日 - 1970年(昭和45年)8月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の茨城県出身者
陸軍士官学校出身      茨城県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
茨城県立水戸第一高等学校出身      全国の茨城県立水戸第一高等学校の出身者
 276  工藤俊作    山形県 高畠町 出身Wikipedia
工藤 俊作(くどう しゅんさく、1901年(明治34年)1月7日 ? 1979年(昭和54年)1月12日)は、日本の海軍軍人、最終階級は海軍中佐。1942年3月、駆逐艦「雷」艦長時、スラバヤ沖海戦で撃沈されたイギリス軍艦の漂流乗組員422名の救助を命じ実行させた人物として有名である。
全国の山形県出身者    全国の高畠町出身者
海軍兵学校出身      山形県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山形県立米沢興譲館高等学校出身      全国の山形県立米沢興譲館高等学校の出身者
 277  和智恒蔵Wikipedia
和智 恒蔵(わち つねぞう、旧姓・大野、1900年7月24日 - 1990年2月2日)は、日本の海軍軍人、僧。最終階級は海軍大佐で、硫黄島では海軍警備隊司令を務めた。二男三女の父。僧名は恒阿弥。
海軍兵学校出身      出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
神奈川県立横須賀高等学校出身      全国の神奈川県立横須賀高等学校の出身者
 278  神重徳    鹿児島県 出水市 出身Wikipedia
神 重徳(かみ しげのり、1900年(明治33年)1月23日 - 1945年(昭和20年)9月15日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。海軍兵学校48期生。
全国の鹿児島県出身者    全国の出水市出身者
海軍兵学校出身      鹿児島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
鹿児島県立川内高等学校出身      全国の鹿児島県立川内高等学校の出身者
 279  赤松貞雄    秋田県 出身Wikipedia
赤松 貞雄(あかまつ さだお、明治33年(1900年)5月21日 - 昭和57年(1982年)8月16日)は、日本の陸軍軍人。東條英機大将の、陸相秘書官・首相秘書官として知られる。階級は陸軍大佐。小松崎力雄陸軍少将は兄。
全国の秋田県出身者
陸軍士官学校出身      秋田県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
京華高等学校出身      全国の京華高等学校の出身者

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 280  横山一郎    高知県 横須賀市 出身Wikipedia
横山 一郎(よこやま いちろう、1900年(明治33年)3月1日 - 1993年(平成5年)7月28日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。1945年(昭和20年)9月2日、アメリカ海軍の戦艦ミズーリ上で行われた降伏文書調印式に出席した人物でもある。
全国の高知県出身者    全国の横須賀市出身者
海軍兵学校出身      高知県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
高知県立高知小津高等学校出身      全国の高知県立高知小津高等学校の出身者
 281  大石保    高知県 出身Wikipedia
大石 保(おおいし たもつ、1900年1月28日 - 1946年2月13日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
全国の高知県出身者
海軍兵学校出身      高知県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
高知県立高知小津高等学校出身      全国の高知県立高知小津高等学校の出身者
 282  長澤浩    福島県 福島市 出身Wikipedia
長澤 浩(ながさわ こう、1900年(明治33年)12月29日 - 1967年(昭和42年)4月17日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。海軍兵学校(第49期)卒。第2代海上幕僚長。
全国の福島県出身者    全国の福島市出身者
海軍兵学校出身      福島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
福島県立福島高等学校出身      全国の福島県立福島高等学校の出身者
 283  杉本五郎Wikipedia
杉本 五郎(すぎもと ごろう、明治33年(1900年)5月25日 - 昭和12年(1937年)9月14日)は、日本の陸軍軍人。遺言本『大義』が大ベストセラーとなり、当時の思想に影響を与えた。
修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者
 284  池田末男    愛知県 豊橋市 出身Wikipedia
池田 末男(いけだ すえお、1900年12月21日 - 1945年8月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は少将。士候34期。占守島の戦いで戦死した。「戦車隊の神様」と呼ばれる。
全国の愛知県出身者    全国の豊橋市出身者
 285  西久保豊成Wikipedia
西久保 豊成(にしくぼ とよなり、明治33年(1900年)7月8日 - 昭和2年(1927年)12月4日)は、日本の官吏、陸軍軍人。陸軍歩兵少尉となるが病の為依願退職し内務省に勤める。官位は陸軍歩兵少尉従七位。
佐賀県立佐賀西高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀西高等学校の出身者
 286  田中弥    東京都 出身Wikipedia
田中 弥(たなか わたる、1900年10月13日 - 1936年10月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大尉。
全国の東京都出身者
陸軍士官学校出身      東京都出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
長野県上田高等学校出身      全国の長野県上田高等学校の出身者
 287  原為一    香川県 出身Wikipedia
原 為一(はら ためいち、1900年10月16日 - 1980年10月10日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。
全国の香川県出身者
 288  内野信二    鹿児島県 出身Wikipedia
内野 信二(うちの しんじ、1900年(明治33年)8月6日 - 没年不明)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争中に第二次遣独潜水艦作戦を完遂した伊号第八潜水艦長である。最終階級は海軍大佐。
全国の鹿児島県出身者
鹿児島県立甲南高等学校出身      全国の鹿児島県立甲南高等学校の出身者
 289  松村秀逸    熊本県 八代市 出身Wikipedia
松村 秀逸(まつむら しゅういつ、1900年3月1日 - 1962年9月7日)は、日本の陸軍軍人、国会議員(参議院議員)。最終階級は陸軍少将。
全国の熊本県出身者    全国の八代市出身者

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 290  吉川潔    広島県  広島市 出身Wikipedia
吉川 潔(きっかわ きよし、1900年(明治33年)11月3日 - 1943年(昭和18年)11月25日)は、日本海軍の軍人。戦死後、二階級特進して海軍少将[3][4]。広島県広島市段原町出身。海兵50期。
全国の広島県出身者    全国の 広島市出身者
 291  堀内豊秋    熊本県 熊本市 出身Wikipedia
堀内 豊秋(ほりうち とよあき、1900年(明治33年)9月27日 - 1948年(昭和23年)9月25日)は、大日本帝国海軍の軍人。最終階級は海軍大佐。熊本県熊本市出身。
全国の熊本県出身者    全国の熊本市出身者
 292  柴有時    福島県 出身Wikipedia
柴 有時(しば ありとき、1899年(明治32年)10月13日 - 1940年(昭和15年)1月15日)は、日本の陸軍軍人。十月事件に関与し、二・二六事件では同事件関与の疑いで軍法会議に起訴されるが無罪となる。日中戦争で戦死。最終階級は陸軍中佐。
全国の福島県出身者
 293  三和義勇    岡山県 出身Wikipedia
三和 義勇(みわ よしたけ、1899年(明治32年)4月26日 - 1944年(昭和19年)8月2日)は、日本の海軍軍人。海兵48期。最終階級は海軍少将。テニアン島で戦死。
全国の岡山県出身者
海軍兵学校出身      岡山県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
大阪府立北野高等学校出身      全国の大阪府立北野高等学校の出身者
 294  城英一郎Wikipedia
城 英一郎(じょう えいいちろう、1899年(明治32年)4月1日 - 1944年(昭和19年)10月25日)は、日本の海軍軍人。海兵47期。最終階級は海軍少将。
熊本県立熊本高等学校出身      全国の熊本県立熊本高等学校の出身者
 295  水谷一生    三重県 出身Wikipedia
水谷 一生(みずたに かずお、1899年(明治32年)4月22日 - 1949年(昭和24年)11月25日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐。
全国の三重県出身者
陸軍士官学校出身      三重県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
三重県立四日市高等学校出身      全国の三重県立四日市高等学校の出身者
 296  松村知勝    福井県 出身Wikipedia
松村 知勝(まつむら ともかつ、1899年(明治32年)10月13日 - 1979年(昭和54年)5月7日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の福井県出身者
陸軍士官学校出身      福井県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 297  富田直亮    熊本県 出身Wikipedia
富田 直亮(とみた なおすけ、1899年(明治32年)7月27日 - 1979年(昭和54年)4月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将(日本)、陸軍上将(中華民国)。熊本県出身。陸士32期。陸大39期。日中戦争後、台湾で中華民国国軍の軍事顧問団(白団)の団長を務めた。 晩年の秘書は阿尾博政。 遺骨は分骨され、日本と台湾新北市の樹林にある海明禅寺に安置されている。
全国の熊本県出身者
 298  宮崎俊男    兵庫県 出身Wikipedia
宮嵜 俊男(みやざき としお、1899年(明治32年)10月18日 - 1965年(昭和40年)4月7日)は、日本の海軍軍人。米駐在時代に情報活動に従事し、米国官憲に摘発され国外追放処分を受ける。太平洋戦争中、連合艦隊先任参謀に擬せられるが、山本五十六の戦死により実現しなかった。最終階級は海軍大佐。
全国の兵庫県出身者
海軍兵学校出身      兵庫県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
兵庫県立神戸高等学校出身      全国の兵庫県立神戸高等学校の出身者
 299  城 英一郎    熊本県 熊本市 出身Wikipedia
城 英一郎(じょう えいいちろう、1899年(明治32年)4月1日 - 1944年(昭和19年)10月25日)は、日本の海軍軍人。海兵47期。最終階級は海軍少将。
全国の熊本県出身者    全国の熊本市出身者

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 300  黛治夫    群馬県 出身Wikipedia
黛 治夫(まゆずみ はるお、1899年10月2日 - 1992年10月29日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。
全国の群馬県出身者
海軍兵学校出身      群馬県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
群馬県立富岡高等学校出身      全国の群馬県立富岡高等学校の出身者
 301  小原重孝    北海道 出身Wikipedia
小原 重孝(おばら しげたか、1899年10月24日 - 1971年7月13日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐。小原 重厚と表記する文献も有る。
全国の北海道出身者
陸軍士官学校出身      北海道出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
北海道札幌南高等学校出身      全国の北海道札幌南高等学校の出身者
 302  近野信雄    山形県 出身Wikipedia
近野 信雄(こんの のぶお、1899年7月23日 - 1944年3月13日)は、山形県出身の大日本帝国海軍軍人。海軍兵学校48期卒業。太平洋戦争中に護送船団を指揮するが戦死。最終階級は海軍少将。従四位勳二等。米沢海軍武官会会員。
全国の山形県出身者
山形県立米沢興譲館高等学校出身      全国の山形県立米沢興譲館高等学校の出身者
 303  山田勇助    山形県 出身Wikipedia
山田 勇助(やまだ ゆうすけ、1899年(明治32年)2月22日 - 1942年(昭和17年)11月13日)は、日本の海軍軍人。水雷艇「千鳥」艇長として友鶴事件に際会。太平洋戦争において第六駆逐隊司令として第三次ソロモン海戦で戦死した。最終階級は海軍少将。
全国の山形県出身者
山形県立米沢興譲館高等学校出身      全国の山形県立米沢興譲館高等学校の出身者
 304  藤原武    岡山県 出身Wikipedia
藤原 武(ふじわら たけし、1898年(明治31年)2月3日 - 1942年(昭和17年)12月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の岡山県出身者
 305  柳澤蔵之助    長野県 出身Wikipedia
柳澤 蔵之助(やなぎさわ くらのすけ、1898年(明治31年)2月20日 - 1944年(昭和19年)3月31日)は、日本の海軍軍人。海兵46期、海大29期(首席)。最終階級は海軍少将。長野県佐久市出身。
全国の長野県出身者
 306  前田精    鹿児島県 姶良市加治木町 出身Wikipedia
前田 精(まえだ ただし、1898年3月3日 - 1977年12月13日)は、大日本帝国海軍の軍人。最終階級は海軍少将。海兵46期。1945年8月17日のインドネシア独立の平穏無事な実現に重要な貢献をした[2]。栄典はインドネシア共和国建国功労章。兄は大本営海軍報道部長、第10航空艦隊司令長官前田稔海軍中将(41期)。
全国の鹿児島県出身者    全国の姶良市加治木町出身者
 307  山本茂一郎    和歌山県 出身Wikipedia
山本 茂一郎(やまもと もいちろう、1898年(明治31年)10月8日 - 1978年(昭和53年)5月13日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍少将。
全国の和歌山県出身者
 308  片倉衷Wikipedia
片倉 衷(かたくら ただし、1898年(明治31年)5月18日 - 1991年(平成3年)7月23日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は陸軍少将。戦後は大平商事会長。
熊本県立熊本高等学校出身      全国の熊本県立熊本高等学校の出身者
 309  今井武夫    長野県 長野市 出身Wikipedia
今井 武夫(いまい たけお、1898年2月23日 - 1982年6月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の長野県出身者    全国の長野市出身者
陸軍士官学校出身      長野県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
長野県長野高等学校出身      全国の長野県長野高等学校の出身者

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 310  藤田雄蔵    神奈川県 出身Wikipedia
藤田 雄蔵(ふじた ゆうぞう、1898年(明治31年)2月19日 - 1939年(昭和14年)2月1日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中佐。
全国の神奈川県出身者
陸軍士官学校出身      神奈川県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
神奈川県立希望ヶ丘高等学校出身      全国の神奈川県立希望ヶ丘高等学校の出身者
 311  沖野亦男    東京都 出身Wikipedia
沖野 亦男(おきの またお、1898年(明治31年)7月27日 - 1978年(昭和53年)3月7日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。 中国勤務が長く"海軍の長江男"と異名があった中華民国専門家である。第二次世界大戦で片足を失い捕虜となる。戦後は傷痍軍人会の創設、障害者スポーツの振興に尽力した。傷痍軍人会専務理事、世界歴戦者連盟(WVF - World Veterans Federation)理事。
全国の東京都出身者
海軍兵学校出身      東京都出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 312  磯村武亮    滋賀県 出身Wikipedia
磯村 武亮(いそむら たけすけ、1898年(明治31年)1月15日 - 1945年(昭和20年)8月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の滋賀県出身者
 313  中川州男    熊本県 南関町 出身Wikipedia
中川 州男(なかがわ くにお、1898年1月23日 - 1944年11月24日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の熊本県出身者    全国の南関町出身者
 314  小畑信良    大阪府 出身Wikipedia
小畑 信良(おばた のぶよし、1897年(明治30年)3月29日 - 1976年(昭和51年)5月30日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。兄に小畑英良。
全国の大阪府出身者
陸軍士官学校出身      大阪府出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
大阪府立茨木高等学校出身      全国の大阪府立茨木高等学校の出身者
 315  横井俊之    愛知県 出身Wikipedia
横井 俊之(よこい としゆき、1897年3月11日 - 1969年12月23日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
全国の愛知県出身者
愛知県立旭丘高等学校出身      全国の愛知県立旭丘高等学校の出身者
 316  有賀幸作    長野県 辰野町(旧朝日村 出身Wikipedia
有賀 幸作(あるが こうさく、1897年(明治30年)8月21日 - 1945年(昭和20年)4月7日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。戦艦大和最後の艦長として有名である。長野県南信地方に多い姓である有賀は、「ありが」ではなく「あるが」と読む例が多いが、当人は相手が聞き返すことを嫌い、ありがの読み方で通した。軍帽裏のネーム刺繍もアリガとしていた。
全国の長野県出身者    全国の辰野町(旧朝日村出身者
 317  岩畔豪雄    広島県 倉橋島 出身Wikipedia
岩畔 豪雄(いわくろ ひでお、1897年10月10日 - 1970年11月22日)は、日本の陸軍軍人、最終階級は陸軍少将。後方勤務要員養成所(陸軍中野学校)設立者、京都産業大学設立者の一人で元理事。
全国の広島県出身者    全国の倉橋島出身者
広島県立広島国泰寺高等学校出身      全国の広島県立広島国泰寺高等学校の出身者
 318  有末次    北海道 出身Wikipedia
有末 次(ありすえ やどる、1897年2月7日 - 1943年8月28日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の北海道出身者
陸軍士官学校出身      北海道出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
北海道旭川東高等学校出身      全国の北海道旭川東高等学校の出身者
 319  加藤榮吉    福島県 出身Wikipedia
加藤 榮吉(かとう えいきち、1897年(明治30年)1月10日- 1946年(昭和21年)8月1日[2])は、大日本帝国海軍の軍人。海軍兵学校46期で、最終階級は大佐。ブーゲンビル島の戦いで島の北部を固守した。住民殺害を命じた戦争犯罪の有罪判決を受け、死刑となった。
全国の福島県出身者

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 320  小野寺信    岩手県 出身Wikipedia
小野寺 信(おのでら まこと、1897年9月19日 - 1987年8月17日)は、日本の陸軍軍人、翻訳家。最終階級は陸軍少将。
全国の岩手県出身者
陸軍士官学校出身      岩手県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
岩手県立遠野高等学校出身      全国の岩手県立遠野高等学校の出身者
 321  新庄健吉    京都府 出身Wikipedia
新庄 健吉(しんじょう けんきち、明治30年(1897年)9月30日 - 昭和16年(1941年)12月5日)は、大日本帝国陸軍(以下陸軍という)の軍人。陸軍経理学校教官・支那派遣軍経理部員・企画院調査官等を歴任し、階級は陸軍主計大佐に至る。情報将校としてアメリカ合衆国の国力を詳細に調査し、戦争の見通しについて報告書を作るなど情報分析能力が注目された。
全国の京都府出身者
東京大学出身      京都府出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 322  斎藤正久    宮城県 出身Wikipedia
斎藤 正久(さいとう まさひさ、1897年7月20日 - 1996年6月5日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。
全国の宮城県出身者
 323  徳川宗敬Wikipedia
徳川 宗敬(とくがわ むねよし、旧字体:?川 宗敬、1897年(明治30年)5月31日 - 1989年(平成元年)5月1日)は、日本の林学者、陸軍軍人、政治家、教育者、神職。階級は陸軍少尉。位階は従三位。勲等は勲一等。爵位は伯爵。最終学歴は東京帝国大学農学部林学科卒業。学位は農学博士(東京帝国大学)。
東京大学出身      全国の東京大学の出身者
筑波大学附属高等学校出身      全国の筑波大学附属高等学校の出身者
 324  桜井鐐三    愛知県 名古屋市 出身Wikipedia
桜井 鐐三(さくらい りょうぞう、明治30年(1897年)1月15日 - 没年月日不詳)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の愛知県出身者    全国の名古屋市出身者
 325  隈部正美    熊本県 出身Wikipedia
隈部 正美(くまべ まさみ、1897年5月26日 - 1945年8月16日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。熊本県出身。
全国の熊本県出身者
 326  大谷敬二郎    滋賀県 出身Wikipedia
大谷 敬二郎(おおたに けいじろう、1897年9月7日 - 1976年12月9日)は、日本の陸軍軍人、憲兵。最終階級は憲兵大佐。
全国の滋賀県出身者
 327  伏見宮博義王Wikipedia
博義王(ひろよしおう、1897年(明治30年)12月8日 - 1938年(昭和13年)10月19日)は、明治・大正期の伏見宮家の皇族、海軍軍人。 最終階級は海軍大佐。 伏見宮第25代当主の伏見宮博恭王第1王子[4]。伏見宮の継承はしていないが、伏見宮博義王と通称されることもある[5][6]。
海軍兵学校出身      出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者
 328  加世田哲彦    鹿児島県 出身Wikipedia
加世田 哲彦(かせだ てつひこ、1897年(明治30年)11月11日 - 1971年(昭和46年)7月25日)は、日本の海軍軍人。成績優秀な将校であったが、神政龍神会の結成にかかわり、不敬罪に問われ失官となる。最終階級は海軍中佐。
全国の鹿児島県出身者
海軍兵学校出身      鹿児島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
鹿児島県立甲南高等学校出身      全国の鹿児島県立甲南高等学校の出身者
 329  桜井徳太郎Wikipedia
桜井 徳太郎(さくらい とくたろう、1897年6月21日 - 1980年12月28日)は、日本の陸軍軍人、僧侶。最終階級は陸軍少将。法名、全覚。
東京教育大学出身      全国の東京教育大学の出身者
福岡県立修猷館高等学校出身      全国の福岡県立修猷館高等学校の出身者

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 330  真田穣一郎    北海道 美唄市 出身Wikipedia
真田 穣一郎(さなだ じょういちろう、1897年(明治30年)11月21日 - 1957年(昭和32年)8月3日)は、日本の陸軍軍人。
全国の北海道出身者    全国の美唄市出身者
陸軍士官学校出身      北海道出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
北海道札幌南高等学校出身      全国の北海道札幌南高等学校の出身者
 331  董彦平Wikipedia
董 彦平(とう げんぺい、繁体字:董彦平、簡体字:董彦平、ピン音:D?ng Yànpíng、ウェード式:Tung Yen-p'ing、1896年(清光緒22年) - 1976年(民国81年)11月5日)は、中華民国(台湾)の軍人・政治家。旧名は芝芳。字は佩青。内モンゴルホルチン右翼前旗(現在の吉林省洮南市)の人。
明治大学出身      全国の明治大学の出身者
 332  古村啓蔵    長野県 出身Wikipedia
古村 啓蔵(こむら けいぞう、1896年7月20日 - 1978年2月7日)は日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。戦艦「武蔵」の第2代艦長であり、坊の岬沖海戦では軽巡洋艦「矢矧」に乗艦。第二水雷戦隊を指揮していた。あだ名は「両舷直の親玉」。
全国の長野県出身者
 333  川井巌    山形県 山形市 出身Wikipedia
川井 巌(かわい いわお、1896年(明治29年)9月2日 - 1972年(昭和47年)5月15日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。山形県山形市出身。
全国の山形県出身者    全国の山形市出身者
海軍兵学校出身      山形県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山形県立山形東高等学校出身      全国の山形県立山形東高等学校の出身者
 334  稲田正純    鳥取県 日野町 出身Wikipedia
稲田 正純(いなだ まさずみ、1896年(明治29年)8月27日 - 1986年(昭和61年)1月24日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の鳥取県出身者    全国の日野町出身者
 335  土居明夫    高知県 出身Wikipedia
土居 明夫(どい あきお、1896年(明治29年)6月30日 - 1976年(昭和51年)5月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の高知県出身者
陸軍士官学校出身      高知県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
高知県立高知小津高等学校出身      全国の高知県立高知小津高等学校の出身者
 336  菊池朝三    福島県 出身Wikipedia
菊池 朝三(きくち ともぞう、1896年11月22日 - 1988年1月31日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍少将。茨城県土浦市議会議員。
全国の福島県出身者
海軍兵学校出身      福島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
福島県立磐城高等学校出身      全国の福島県立磐城高等学校の出身者
 337  山本親雄    愛媛県 出身Wikipedia
山本 親雄(やまもと ちかお、1896年(明治29年)10月13日 - 1980年(昭和55年)11月4日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
 338  猪口敏平    鳥取県 鳥取市 出身Wikipedia
猪口 敏平(いのぐち としひら、1896年(明治29年)8月11日 - 1944年(昭和19年)10月24日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。戦艦武蔵最後の艦長として知られる。
全国の鳥取県出身者    全国の鳥取市出身者
海軍兵学校出身      鳥取県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
鳥取県立鳥取西高等学校出身      全国の鳥取県立鳥取西高等学校の出身者
 339  杉浦嘉十    愛知県 出身Wikipedia
杉浦 嘉十(すぎうら かじゅう、1896年(明治29年)5月5日 - 1945年(昭和20年)5月16日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の愛知県出身者

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 340  馬淵逸雄    愛知県 出身Wikipedia
馬淵 逸雄(まぶち いつお、1896年(明治29年)8月31日 - 1973年(昭和48年)9月17日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の愛知県出身者
 341  青木大吉    佐賀県 唐津市 出身Wikipedia
青木 大吉(あおき だいきち、1896年7月2日 - 1994年1月12日)は、日本の公認会計士、税理士。大日本帝国海軍の軍人(最終階級は主計大佐)で、第二次世界大戦後は民間の会計士となり、東京虎ノ門、福岡(「第一公認会計士事務所」)、佐世保に事務所を開く。等松農夫蔵と現在のデロイト トウシュ トーマツの日本のもととなる監査法人事務所を創立した。日本の原価計算の祖と呼ばれる。
全国の佐賀県出身者    全国の唐津市出身者
海軍経理学校出身      佐賀県出身の海軍経理学校の出身者      全国の海軍経理学校の出身者
佐賀県立唐津東高等学校出身      全国の佐賀県立唐津東高等学校の出身者
 342  松本毅    山形県 出身Wikipedia
松本 毅(まつもと たけし、1896年(明治29年)4月14日 - 1962年(昭和37年)5月14日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。山形県鶴岡市出身。開拓使の松本十郎の孫にあたる。
全国の山形県出身者
 343  四方諒二    兵庫県 神戸市 出身Wikipedia
四方 諒二(しかた りょうじ、明治29年(1896年)4月28日 - 昭和52年(1977年)12月13日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の兵庫県出身者    全国の神戸市出身者
陸軍士官学校出身      兵庫県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
兵庫県立神戸高等学校出身      全国の兵庫県立神戸高等学校の出身者
 344  松田千秋    熊本県 出身Wikipedia
松田 千秋(まつだ ちあき、 1896年(明治29年)9月29日 - 1995年(平成7年)11月6日)は、日本の海軍軍人。海兵44期。戦艦「大和」第3代艦長。最終階級は海軍少将。
全国の熊本県出身者
海軍兵学校出身      熊本県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
熊本県立鹿本高等学校出身      全国の熊本県立鹿本高等学校の出身者
 345  亀井凱夫    東京都 出身Wikipedia
亀井 凱夫(かめい よしお、1896年(明治29年)3月21日 - 1944年(昭和19年)8月10日)は、日本の海軍軍人で戦闘機搭乗員。津和野藩主・亀井氏の一族で、戸籍上は亀井貫一郎 の義兄となるが血縁上は実弟。革新官僚の毛里英於菟は義弟。吉良俊一に続き空母への着艦を成功させ、また夜間における空母着艦を成し遂げた。太平洋戦争において航空隊司令として歴戦し戦死。最終階級は海軍少将である。
全国の東京都出身者
海軍兵学校出身      東京都出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
筑波大学附属高等学校出身      全国の筑波大学附属高等学校の出身者
 346  小島秀雄Wikipedia
小島 秀雄(こじま ひでお、1896年4月5日 - 1982年3月22日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。3度に及ぶドイツ駐在歴があり、戦後には日独友好にも尽力した。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
兵庫県立神戸高等学校出身      全国の兵庫県立神戸高等学校の出身者
 347  河村参郎    石川県 出身Wikipedia
河村 参郎(かわむら さぶろう、1896年10月7日 - 1947年6月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。1924年陸大(36期)卒後、東京帝国大学で学び、陸軍省軍務局付として1934年までフランスに駐在。1936年には二・二六事件の軍法会議判士を務めた。1937年北支那方面軍参謀として日中戦争に出征。1941年歩兵第9旅団長としてマレー作戦に参加。1942年昭南警備司令官としてシンガポール市内の掃討作戦を指揮。同年12月、印度支那駐屯軍参謀長。終戦後、シンガポール華僑粛清事件の戦犯容疑で逮捕され、1947年4月に死刑判決を受け、同年6月、シンガポールで刑死。遺著『十三階段を上る』がある。
全国の石川県出身者
 348  工藤良一    北海道 出身Wikipedia
工藤 良一( くどう りょういち、1896年10月2日 - 1959年1月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の北海道出身者
陸軍士官学校出身      北海道出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
北海道札幌南高等学校出身      全国の北海道札幌南高等学校の出身者
 349  森下信衛    愛知県 出身Wikipedia
森下 信衛(もりした のぶえ、1895年(明治28年)2月2日 - 1960年(昭和35年)6月17日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。愛知県出身。正しくは、「衛」ではなく旧字体の「衞」である。。
全国の愛知県出身者
海軍兵学校出身      愛知県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
愛知県立明和高等学校出身      全国の愛知県立明和高等学校の出身者

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 350  大林末雄Wikipedia
大林 末雄(おおばやし すえお、1895年(明治28年)3月8日 - 1983年(昭和58年)4月13日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。愛知県宝飯郡上佐脇出身。
愛知県立旭丘高等学校出身      全国の愛知県立旭丘高等学校の出身者
 351  和田勁    福島県 出身Wikipedia
和田 勁(わだ けい、1895年(明治28年)10月31日 - 1958年(昭和33年)9月3日)は、日本の陸軍軍人。甘粕正彦とともに関東軍外部から満州事変に関与したのち、満州国で活動し、満州国陸軍中将、満州国協和会監査部長、東亜連盟同志会代表などを務めた。石原莞爾の片腕といわれていた人物である。
全国の福島県出身者
 352  有末精三    北海道 出身Wikipedia
有末 精三(ありすえ せいぞう、1895年(明治28年)5月22日 - 1992年(平成4年)2月14日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の北海道出身者
陸軍士官学校出身      北海道出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
北海道旭川東高等学校出身      全国の北海道旭川東高等学校の出身者
 353  宮崎周一    長野県 飯田市 出身Wikipedia
宮崎 周一(みやざき しゅういち、1895年(明治28年)2月6日 - 1969年(昭和44年)10月16日)は、昭和期の日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。兵科は歩兵。
全国の長野県出身者    全国の飯田市出身者
陸軍士官学校出身      長野県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
愛知県立時習館高等学校出身      全国の愛知県立時習館高等学校の出身者
 354  四手井綱正Wikipedia
四手井 綱正(しでい つなまさ、1895年1月27日 - 1945年8月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
京都府立洛北高等学校出身      全国の京都府立洛北高等学校の出身者
 355  額田坦    岡山県 出身Wikipedia
額田 坦(ぬかた ひろし、1895年9月5日 - 1976年9月21日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の岡山県出身者
陸軍士官学校出身      岡山県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
岡山県立岡山朝日高等学校出身      全国の岡山県立岡山朝日高等学校の出身者
 356  山本健児    高知県 出身Wikipedia
山本 健児(やまもと けんじ、1895年(明治28年)9月20日 - 1975年(昭和50年)9月14日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
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陸軍士官学校出身      高知県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
高知県立高知小津高等学校出身      全国の高知県立高知小津高等学校の出身者
 357  渋谷清見    高知県 出身Wikipedia
渋谷 清見(しぶや きよみ、1895年9月27日 - 1985年2月20日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
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海軍兵学校出身      高知県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
高知県立高知小津高等学校出身      全国の高知県立高知小津高等学校の出身者
 358  桑原支那吉    広島県 出身Wikipedia
桑原 支那吉(くわばら しなきち、1895年(明治28年)10月7日 - 1945年(昭和20年)4月1日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。広島県出身。
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修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者
 359  原乙未生    福岡県 出身Wikipedia
原 乙未生(はら とみお、1895年6月12日 - 1990年11月16日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。日本の戦車開発の黎明期に中心的役割を果たし「日本戦車の父」と呼ばれている。
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東京大学出身      福岡県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者

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 360  有馬正文    鹿児島県 日置市 出身Wikipedia
有馬 正文(ありま まさふみ、1895年(明治28)9月25日 - 1944年(昭和19)10月15日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の鹿児島県出身者    全国の日置市出身者
海軍兵学校出身      鹿児島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
鹿児島県立鶴丸高等学校出身      全国の鹿児島県立鶴丸高等学校の出身者
 361  高田利種Wikipedia
高田 利種(たかだ としたね、1895年1月15日 - 1987年10月25日)は、日本海軍の軍人、実業家。海兵45期、海大28期。最終階級は海軍少将。戦後は生化学工業株式会社社長。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
東洋大学京北高等学校出身      全国の東洋大学京北高等学校の出身者
 362  佐藤賢了    石川県 出身Wikipedia
佐藤 賢了(さとう けんりょう、1895年(明治28年)6月1日 - 1975年(昭和50年)2月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の石川県出身者
陸軍士官学校出身      石川県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
石川県立金沢泉丘高等学校出身      全国の石川県立金沢泉丘高等学校の出身者
 363  西田正雄    兵庫県 たつの市 出身Wikipedia
西田 正雄(にしだ まさお、1895年(明治28年)10月26日 - 1974年(昭和49年)3月19日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。
全国の兵庫県出身者    全国のたつの市出身者
海軍兵学校出身      兵庫県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
兵庫県立龍野高等学校出身      全国の兵庫県立龍野高等学校の出身者
 364  長嶺喜一    新潟県 上越市 出身Wikipedia
長嶺 喜一(ながみね きいち、明治28年(1895年)6月2日 - 昭和20年(1945年)11月15日)は、大正、昭和期の日本の陸軍軍人。新潟県頸城郡寺野村東山寺(現在の新潟県上越市板倉区)出身。陸士28期・陸大36期。最終階級は陸軍中将。
全国の新潟県出身者    全国の上越市出身者
陸軍士官学校出身      新潟県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
新潟県立有恒高等学校出身      全国の新潟県立有恒高等学校の出身者
 365  長井満    福井県 出身Wikipedia
長井満(ながいみつる、1895年(明治28年)1月16日 - 1978年(昭和53年)12月13日)は、昭和期の大日本帝国海軍軍人。最終階級は従四位勲二等海軍少将。福井県丹生郡殿下村(現福井市風尾町)出身。長井斎藤別当実盛の後裔と伝える浄土真宗勝鬘寺の長井真応住職の四男。長兄に仏教学者長井真琴博士、三兄に真向法の創始者として知られる長井津がいる。弟の長井洗は陸軍中佐。
全国の福井県出身者
福井県立藤島高等学校出身      全国の福井県立藤島高等学校の出身者
 366  岩淵三次    新潟県 三条市 出身Wikipedia
岩淵 三次(いわぶち さんじ、1895年(明治28年)3月2日 - 1945年(昭和20年)2月26日)は、日本の海軍軍人。海兵43期。最終階級は海軍中将。
全国の新潟県出身者    全国の三条市出身者
海軍兵学校出身      新潟県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
新潟県立三条高等学校出身      全国の新潟県立三条高等学校の出身者
 367  辰巳栄一Wikipedia
辰巳 栄一(たつみ えいいち、1895年(明治28年)1月19日 - 1988年(昭和63年)2月17日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。公職追放中にもかかわらず、吉田茂とGHQの橋渡しを務めた。そのとき、吉田にウィロビーを引き合わせた。戦後の連合軍占領中にウィロビーの発案で河辺機関が組織された。
佐賀県立佐賀西高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀西高等学校の出身者
 368  横井忠雄    大分県 出身Wikipedia
横井 忠雄(よこい ただお、1895年(明治28年)3月6日 - 1965年(昭和40年)9月10日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。大分県大分市出身。
全国の大分県出身者
海軍兵学校出身      大分県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 369  長浜彰    埼玉県 出身Wikipedia
長浜 彰(ながはま あきら、1895年5月23日 - 1947年3月31日)は、日本の陸軍軍人。陸軍憲兵大佐。太平洋戦争時のフィリピン方面軍憲兵隊司令官。戦後、A級戦犯指定で逮捕されたが、B級戦犯としてマニラ軍事裁判で死刑判決を受けた。
全国の埼玉県出身者

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 370  谷萩那華雄    茨城県 出身Wikipedia
谷萩 那華雄(やはぎ なかお、1895年(明治28年)8月9日 - 1949年(昭和24年)7月8日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の茨城県出身者
陸軍士官学校出身      茨城県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
茨城県立水戸第一高等学校出身      全国の茨城県立水戸第一高等学校の出身者
 371  長勇    福岡県 出身Wikipedia
長 勇(ちょう いさむ、1895年1月19日 - 1945年6月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の福岡県出身者
福岡県立修猷館高等学校出身      全国の福岡県立修猷館高等学校の出身者
 372  松田巌    石川県 出身Wikipedia
松田 巌(まつだ いわお、1895年2月23日 - 1979年3月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の石川県出身者
 373  原田義和    福岡県 出身Wikipedia
原田 義和(はらだ よしかず、1895年8月1日 - 1973年6月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の福岡県出身者
福岡県立修猷館高等学校出身      全国の福岡県立修猷館高等学校の出身者
 374  北野政次    兵庫県 出身Wikipedia
北野 政次(きたの まさじ、1894年(明治27年)7月14日 - 1986年(昭和61年)5月17日)は日本の陸軍軍人。陸軍軍医中将。勲三等1926年 (大正15年) 東京大学医学博士。論文の題は 「チフス及パラチフス菌属の血清耐性に関する実験的研究」[1]。 東京帝国大学医学部を卒業後に陸軍に入隊し、731部隊の第二任部隊長。生体解剖、人体実験の推進者であった[2]
全国の兵庫県出身者
東京大学出身      兵庫県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 375  秋草俊    栃木県 出身Wikipedia
秋草 俊(あきくさ しゅん、1894年(明治27年)4月6日 - 1949年(昭和24年)3月22日)は、昭和期の日本陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。陸軍士官学校(26期)卒。陸軍中野学校校長(初代)を務めた。
全国の栃木県出身者
東京外国語大学出身      栃木県出身の東京外国語大学の出身者      全国の東京外国語大学の出身者
 376  黒木剛一    宮崎県 宮崎市 出身Wikipedia
黒木剛一(くろき ごういち、1894年(明治27年)2月16日 - 1972年(昭和47年)5月21日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
全国の宮崎県出身者    全国の宮崎市出身者
海軍兵学校出身      宮崎県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
宮崎県立宮崎大宮高等学校出身      全国の宮崎県立宮崎大宮高等学校の出身者
 377  中澤佑    長野県 出身Wikipedia
中澤 佑(なかざわ たすく、1894年(明治27年)6月28日 - 1977年(昭和52年)12月22日)は、日本の海軍軍人。海兵43期、海大26期。最終階級は海軍中将。
全国の長野県出身者
 378  柴崎恵次    兵庫県 加東市 出身Wikipedia
柴崎 恵次(しばざき けいじ、1894年(明治27年)4月9日 - 1943年(昭和18年)11月25日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の兵庫県出身者    全国の加東市出身者
 379  木村松治郎    奈良県 出身Wikipedia
木村 松治郎(きむら まつぢろう、1894年9月11日 - 1950年1月24日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の奈良県出身者

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 380  伊藤忍    宮城県 出身Wikipedia
伊藤 忍(いとう しのぶ、1894年3月15日 - 1995年11月17日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。陸軍運輸部内で上陸作戦の専門家として認められた人物。
全国の宮城県出身者
 381  金子繁治    長野県 燕市 出身Wikipedia
金子 繁治(かねこ しげじ、1894年(明治27年)4月20日 - 1981年(昭和56年)2月19日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の長野県出身者    全国の燕市出身者
長野県長野高等学校出身      全国の長野県長野高等学校の出身者
 382  柳本柳作    長崎県 出身Wikipedia
柳本 柳作(やなぎもと りゅうさく、1894年(明治27年)1月9日 - 1942年(昭和17年)6月5日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
全国の長崎県出身者
 383  矢野英雄    香川県 三豊市 出身Wikipedia
矢野 英雄(やの ひでお、1894年(明治27年)11月1日 - 1944年(昭和19年)7月8日)は、日本の海軍軍人。海兵43期。サイパンで戦死、特進により最終階級は海軍中将。
全国の香川県出身者    全国の三豊市出身者
海軍兵学校出身      香川県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
香川県立観音寺第一高等学校出身      全国の香川県立観音寺第一高等学校の出身者
 384  井桁敬治    埼玉県 出身Wikipedia
井桁 敬治(いげた けいじ、1894年7月13日 - 1944年7月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の埼玉県出身者
麻布高等学校出身      全国の麻布高等学校の出身者
 385  栗原悦蔵    群馬県 出身Wikipedia
栗原 悦蔵(くりはら えつぞう、1894年(明治27年)3月31日 - 1987年(昭和62年)9月18日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。群馬県前橋市出身。
全国の群馬県出身者
 386  酒井原繁松    山形県 出身Wikipedia
酒井原 繁松(さかいばら しげまつ、1894年12月28日 - 1947年6月19日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍少将。
全国の山形県出身者
 387  長谷川喜一    埼玉県 出身Wikipedia
長谷川 喜一(はせがわ きいち、1894年4月15日 - 1944年3月29日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の埼玉県出身者
 388  花谷正    岡山県 津山市 出身Wikipedia
花谷 正(はなや ただし、1894年(明治27年)1月5日 - 1957年(昭和32年)8月28日)は、日本の陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の岡山県出身者    全国の津山市出身者
陸軍士官学校出身      岡山県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
岡山県立津山高等学校出身      全国の岡山県立津山高等学校の出身者
 389  大野竹二Wikipedia
大野 竹二(おおの たけじ、1894年10月1日 - 1976年12月18日)は、日本海軍の軍人。 戦艦「大和」第4代艦長。最終階級は海軍少将。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
筑波大学附属高等学校出身      全国の筑波大学附属高等学校の出身者

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 390  石川信吾    山口県 出身Wikipedia
石川 信吾(いしかわ しんご、1894年(明治27年)1月1日 - 1964年(昭和39年)12月17日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。通称不規弾。
全国の山口県出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 391  奥田喜久司    兵庫県 出身Wikipedia
奥田 喜久司(おくだ きくじ、1894年(明治27年)2月4日 - 1939年(昭和14年)11月4日)は、日本の海軍軍人。少年飛行兵制度を発案することで予科練に至る基礎をつくり、のちに航空隊司令として作戦指揮中に戦死した海軍少将である。
全国の兵庫県出身者
海軍兵学校出身      兵庫県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
兵庫県立神戸高等学校出身      全国の兵庫県立神戸高等学校の出身者
 392  朝倉豊次    富山県 海軍少将、海軍兵学校第44期、軍艦「武蔵」艦長、黒部市教育長 出身Wikipedia
朝倉 豊次(あさくら ぶんじ、1894年7月6日 - 1966年1月27日)は、日本海軍の軍人、最終階級は海軍少将。
全国の富山県出身者    全国の海軍少将、海軍兵学校第44期、軍艦「武蔵」艦長、黒部市教育長出身者
 393  榎本隆一郎    和歌山県 出身Wikipedia
榎本 隆一郎(えのもと りゅういちろう、1894年2月8日 - 1987年2月7日)は、日本の海軍軍人、実業家。最終階級は海軍中将。
全国の和歌山県出身者
九州大学出身      和歌山県出身の九州大学の出身者      全国の九州大学の出身者
 394  岡本清福    石川県 出身Wikipedia
岡本 清福(おかもと きよとみ、1894年1月19日 - 1945年8月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。陸軍大学校卒業(37期)。
全国の石川県出身者
 395  大須賀応Wikipedia
大須賀 応(おおすが ことを、1894年1月25日 - 1945年3月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
北海道札幌南高等学校出身      全国の北海道札幌南高等学校の出身者
 396  諫山春樹    福岡県 出身Wikipedia
諫山 春樹(いさやま はるき、1894年2月11日 - 1990年6月12日)は、日本の陸軍軍人。福岡県出身。陸軍中将。第17代台湾軍参謀長、その後第10方面軍参謀長。1945年10月25日、国民政府代表との降服式典に台湾総督安藤利吉とともに台湾総督府(日本)代表として出席し、任を終える。
全国の福岡県出身者
陸軍士官学校出身      福岡県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
福岡県立明善高等学校出身      全国の福岡県立明善高等学校の出身者
 397  牟田口格郎    東京都 出身Wikipedia
牟田口 格郎(むたくち かくろう、1894年1月2日 - 1945年7月24日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍少将。
全国の東京都出身者
海軍兵学校出身      東京都出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 398  野元為輝    東京都 出身Wikipedia
野元 為輝(のもと ためき、1894年(明治27年)8月29日 - 1987年(昭和62年)12月19日)は、日本の海軍軍人。第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦に空母・「瑞鶴」艦長として参戦した。最終階級は海軍少将。
全国の東京都出身者
海軍兵学校出身      東京都出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 399  影佐禎昭    広島県 福山市 出身Wikipedia
影佐 禎昭(かげさ さだあき、明治26年(1893年)3月7日 - 昭和23年(1948年)9月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の広島県出身者    全国の福山市出身者
陸軍士官学校出身      広島県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
大阪府立市岡高等学校出身      全国の大阪府立市岡高等学校の出身者

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 400  渋谷紫郎    長野県 出身Wikipedia
渋谷 紫郎(しぶや しろう、1893年(明治26年)11月18日 - 1945年(昭和20年)1月12日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争初期に第十六駆逐隊司令として南方攻略戦に参加し、のち第百一戦隊司令官として戦死した海軍中将である。
全国の長野県出身者
 401  西原一策    広島県 出身Wikipedia
西原 一策(にしはら いっさく、1893年4月18日 - 1945年1月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。1940年の北部仏印進駐時の「西原・マルタン協定」の当事者として知られる。
全国の広島県出身者
広島県立広島国泰寺高等学校出身      全国の広島県立広島国泰寺高等学校の出身者
 402  小川貫爾    広島県 出身Wikipedia
小川 貫爾(おがわ かんじ、1893年(明治26年)9月10日 - 1973年(昭和48年)1月23日)は、大日本帝国海軍の軍人。最終階級は海軍少将。広島県広島市中区出身。
全国の広島県出身者
広島県立広島国泰寺高等学校出身      全国の広島県立広島国泰寺高等学校の出身者
 403  岡崎清三郎    島根県 出身Wikipedia
岡崎 清三郎(おかざき せいざぶろう、1893年3月17日 - 1979年5月27日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の島根県出身者
 404  田中隆吉    島根県 安来市 出身Wikipedia
田中 隆吉(たなか りゅうきち、1893年(明治26年)7月9日 - 1972年(昭和47年)6月5日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の島根県出身者    全国の安来市出身者
陸軍士官学校出身      島根県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
島根県立松江北高等学校出身      全国の島根県立松江北高等学校の出身者
 405  山田清一    岐阜県 出身Wikipedia
山田 清一(やまだ せいいち、1893年10月2日 - 1945年8月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の岐阜県出身者
 406  中永太郎    北海道 中永太郎 出身Wikipedia
中 永太郎(なか えいたろう、1893年9月17日 - 1969年4月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の北海道出身者    全国の中永太郎出身者
陸軍士官学校出身      北海道出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
北海道旭川東高等学校出身      全国の北海道旭川東高等学校の出身者
 407  森友一    石川県 出身Wikipedia
森 友一(もり ともかず/もり ともいち、1893年(明治26年)2月28日 - 1959年(昭和34年)1月23日)は、日本海軍の軍人。操艦の名手といわれ、太平洋戦争において重巡洋艦・「羽黒」艦長として歴戦。のち第一水雷戦隊司令官を務めた海軍少将である。
全国の石川県出身者
京都府立洛北高等学校出身      全国の京都府立洛北高等学校の出身者
 408  田中新一    北海道 釧路市 出身Wikipedia
田中 新一(たなか しんいち、1893年(明治26年)3月18日- 1976年(昭和51年)9月24日)は、大正・昭和時代の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の北海道出身者    全国の釧路市出身者
 409  山形政二    鳥取県 米子市 出身Wikipedia
山形 政二(やまがた せいじ / まさじ、1893年(明治26年)2月6日 - 1944年(昭和19年)2月6日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
全国の鳥取県出身者    全国の米子市出身者

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 410  久野村桃代    高知県 出身Wikipedia
久野村 桃代(くのむら とうだい、1893年12月22日 - 1979年11月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の高知県出身者
陸軍士官学校出身      高知県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
高知県立高知小津高等学校出身      全国の高知県立高知小津高等学校の出身者
 411  山崎重暉    高知県 出身Wikipedia
山崎 重暉(やまざき しげあき、1893年1月21日 - 1980年12月28日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の高知県出身者
海軍兵学校出身      高知県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
高知県立高知小津高等学校出身      全国の高知県立高知小津高等学校の出身者
 412  成瀬正二Wikipedia
成瀬 正二(なるせ せいじ、1893年12月26日 - 1960年4月13日)は、日本の工学者・海軍軍人である。
東京大学出身      全国の東京大学の出身者
 413  矢野志加三    愛媛県 出身Wikipedia
矢野 志加三(やの しかぞう、1893年(明治26年)8月5日 - 1966年(昭和41年)1月24日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
 414  伊藤良秋    広島県 出身Wikipedia
伊藤 良秋(いとう よしあき、1893年(明治26年) - 1972年(昭和47年)7月30日)は、日本の海軍軍人。最終階級は少将。広島県出身。
全国の広島県出身者
修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者
 415  市岡寿    岐阜県 出身Wikipedia
市岡 寿(いちおか ひさし、1893年5月26日 - 1963年2月14日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の岐阜県出身者
海軍兵学校出身      岐阜県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 416  三好輝彦    大分県 竹田市 出身Wikipedia
三好 輝彦(みよし てるひこ、1893年(明治26年)11月15日 - 1943年(昭和18年)6月8日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
全国の大分県出身者    全国の竹田市出身者
海軍兵学校出身      大分県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
大分県立宇佐高等学校出身      全国の大分県立宇佐高等学校の出身者
 417  牧野四郎    鹿児島県 日置市 出身Wikipedia
牧野 四郎(まきの しろう、1893年4月18日 - 1945年8月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の鹿児島県出身者    全国の日置市出身者
陸軍士官学校出身      鹿児島県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
鹿児島県立鶴丸高等学校出身      全国の鹿児島県立鶴丸高等学校の出身者
 418  岡田次作    石川県 出身Wikipedia
岡田 次作(おかだ じさく、1893年(明治26年)8月13日 - 1942年(昭和17年)6月5日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
全国の石川県出身者
海軍兵学校出身      石川県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
石川県立金沢泉丘高等学校出身      全国の石川県立金沢泉丘高等学校の出身者
 419  島津信夫Wikipedia
島津 信夫(しまづ のぶお、1893年(明治26年)1月3日 - 1990年(平成2年))は大正から昭和期の海軍軍人。正五位勲三等。最終階級は海軍大佐。
兵庫県立龍野高等学校出身      全国の兵庫県立龍野高等学校の出身者

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 420  若松只一    愛知県 出身Wikipedia
若松 只一(わかまつ ただかず、1893年3月8日 - 1959年11月19日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。終戦時の陸軍次官。
全国の愛知県出身者
 421  遠藤三郎    山形県 出身Wikipedia
遠藤 三郎(えんどう さぶろう、1893年1月2日 - 1984年10月11日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の山形県出身者
 422  佐藤幸徳    山形県 出身Wikipedia
佐藤 幸徳(さとう こうとく、1893年(明治26年)3月5日 - 1959年(昭和34年)2月26日)は、日本の陸軍軍人。陸士25期、陸大33期、最終階級は陸軍中将。山形県出身。インパール作戦において師団の独断退却を行ったことで知られる。
全国の山形県出身者
 423  小柳冨次Wikipedia
小柳 冨次[注釈 1](こやなぎ とみじ、1893年7月16日 - 1978年4月23日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
新潟県立新発田高等学校出身      全国の新潟県立新発田高等学校の出身者
 424  堀内一雄    山梨県 出身Wikipedia
堀内 一雄(ほりうち かずお、1893年9月 - 1985年12月11日)は、日本の実業家、政治家、陸軍軍人。衆議院議員(5期)。父は堀内良平、息子は堀内光雄。最終階級は歩兵少佐、満州国陸軍少将。
全国の山梨県出身者
陸軍士官学校出身      山梨県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
山梨県立甲府第一高等学校出身      全国の山梨県立甲府第一高等学校の出身者
 425  柳田元三    長野県 塩尻市 出身Wikipedia
柳田 元三(やなぎた げんぞう、1893年1月3日 - 1952年10月7日)は、日本の陸軍軍人、最終階級は陸軍中将。
全国の長野県出身者    全国の塩尻市出身者
陸軍士官学校出身      長野県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
長野県松本深志高等学校出身      全国の長野県松本深志高等学校の出身者
 426  伊集院松治Wikipedia
伊集院 松治(いじゅういん まつじ、1893年(明治26年)4月21日 - 1944年(昭和19年)5月24日)は、日本の海軍軍人、華族。最終階級は海軍中将。男爵。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
筑波大学附属高等学校出身      全国の筑波大学附属高等学校の出身者
 427  田副登    熊本県 出身Wikipedia
田副 登(たぞえ のぼる、1893年(明治26年)12月13日 - 1948年(昭和23年)7月24日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の熊本県出身者
 428  近藤新八    香川県 出身Wikipedia
近藤 新八(こんどう しんぱち、1893年10月15日 - 1947年10月31日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。香川県出身。陸士28期、陸大41期。
全国の香川県出身者
 429  中熊直正    熊本県 出身Wikipedia
中熊 直正(なかぐま なおまさ、1893年7月18日 - 1942年11月7日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の熊本県出身者

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 430  加来止男    熊本県 八代市 出身Wikipedia
加来 止男(かく とめお、1893年(明治26年)11月8日 - 1942年(昭和17年)6月6日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。空母「飛龍」艦長をつとめ、ミッドウェー海戦で戦死した。
全国の熊本県出身者    全国の八代市出身者
海軍兵学校出身      熊本県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
熊本県立八代高等学校出身      全国の熊本県立八代高等学校の出身者
 431  樋口敬七郎    佐賀県 出身Wikipedia
樋口 敬七郎(ひぐち けいしちろう、1893年(明治26年)11月22日 - 1971年(昭和46年)12月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の佐賀県出身者
 432  住吉正    広島県 安芸高田市 出身Wikipedia
住吉 正(すみよし ただし、1893年2月10日 - 1976年3月24日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の広島県出身者    全国の安芸高田市出身者
 433  高木惣吉    熊本県 人吉市 出身Wikipedia
高木 惣吉(たかぎ そうきち、1893年(明治26年)8月9日 - 1979年(昭和54年)7月27日)は、日本の海軍軍人で最終階級は海軍少将。東久邇宮内閣の内閣副書記官長を務めた。
全国の熊本県出身者    全国の人吉市出身者
東京理科大学出身      熊本県出身の東京理科大学の出身者      全国の東京理科大学の出身者
 434  青木重誠    石川県 出身Wikipedia
青木 重誠(あおき しげまさ、1893年3月15日 - 1943年6月29日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の石川県出身者
 435  三浦三郎    東京都 出身Wikipedia
三浦 三郎(みうら さぶろう、1893年3月26日 - 1974年10月17日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。関東憲兵隊司令官。
全国の東京都出身者
陸軍士官学校出身      東京都出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 436  木下勇    福井県 米子市 出身Wikipedia
木下 勇(きのした いさむ、1893年(明治26年)11月4日 - 1945年(昭和20年)7月7日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。最後の功一級金鵄勲章受章者。
全国の福井県出身者    全国の米子市出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 437  村田孝生    東京都 出身Wikipedia
村田 孝生(むらた たかお/たかいき、1893年10月6日 - 1953年4月3日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の東京都出身者
陸軍士官学校出身      東京都出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 438  小林謙五    滋賀県 出身Wikipedia
小林 謙五(こばやし けんご、1893年3月22日 - 1948年4月23日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の滋賀県出身者
海軍兵学校出身      滋賀県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 439  黒島亀人    広島県  呉市 出身Wikipedia
黒島 亀人(くろしま かめと、1893年(明治26年)10月10日 - 1965年(昭和40年)10月20日)は、日本の海軍軍人。海兵44期卒業。最終階級は海軍少将。
全国の広島県出身者    全国の 呉市出身者
海城高等学校出身      全国の海城高等学校の出身者

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 440  三輪茂義    愛知県 出身Wikipedia
三輪 茂義(みわ しげよし、1892年5月15日 - 1959年2月27日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の愛知県出身者
愛知県立旭丘高等学校出身      全国の愛知県立旭丘高等学校の出身者
 441  簗瀬真琴    福島県 出身Wikipedia
簗瀬 真琴(やなせ まこと/やなせ まさこと、1892年(明治25年)5月2日 - 1978年(昭和53年)10月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の福島県出身者
 442  美濃部貞功    福島県 出身Wikipedia
美濃部 貞功(みのべ さだかつ、1892年(明治25年)8月10日 - 1960年(昭和35年)11月29日)は、日本海軍の軍人。太平洋戦争において航空隊や、海上護衛隊の司令を務めた海軍少将である。
全国の福島県出身者
 443  山田定義    福岡県 出身Wikipedia
山田 定義(やまだ さだよし、1892年11月26日 - 1971年11月16日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の福岡県出身者
海軍兵学校出身      福岡県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
島根県立松江北高等学校出身      全国の島根県立松江北高等学校の出身者
 444  田中頼三    山口県 山口市 出身Wikipedia
田中 頼三(たなか らいぞう、1892年(明治25年)4月27日 - 1969年(昭和44年)7月9日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の山口県出身者    全国の山口市出身者
海軍兵学校出身      山口県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山口県立山口高等学校出身      全国の山口県立山口高等学校の出身者
 445  上阪香苗    滋賀県 出身Wikipedia
上阪 香苗(こうさか かなえ、1892年(明治25年)10月8日 - 1974年(昭和49年)12月10日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。滋賀県大津市出身。
全国の滋賀県出身者
海軍兵学校出身      滋賀県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
滋賀県立膳所高等学校出身      全国の滋賀県立膳所高等学校の出身者
 446  前田正実    奈良県 出身Wikipedia
前田 正実(まえだ まさみ、1892年11月10日 - 1953年7月8日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の奈良県出身者
京都府立洛北高等学校出身      全国の京都府立洛北高等学校の出身者
 447  那須弓雄Wikipedia
那須 弓雄(なす ゆみお、1892年6月27日 - 1942年10月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
京華高等学校出身      全国の京華高等学校の出身者
 448  石井四郎    千葉県 芝山町 出身Wikipedia
石井 四郎(いしい しろう、1892年6月25日 - 1959年10月9日)は、日本の陸軍軍人、軍医。関東軍防疫給水部長、第1軍軍医部長を歴任する。最終階級は陸軍軍医中将。功四級、医学博士。731部隊の創設者として防疫活動や細菌戦の研究・実戦、人体実験を中国で行った。
全国の千葉県出身者    全国の芝山町出身者
京都帝国大学出身      千葉県出身の京都帝国大学の出身者      全国の京都帝国大学の出身者
千葉県立千葉高等学校出身      全国の千葉県立千葉高等学校の出身者
 449  安部孝一    宮城県 出身Wikipedia
安部 孝一(あべ こういち、1892年11月16日 - 1977年10月27日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の宮城県出身者

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 450  大森仙太郎    熊本県 熊本市 出身Wikipedia
大森 仙太郎(おおもり せんたろう、1892年10月3日 - 1974年12月24日)は、熊本県出身の日本海軍軍人。最終階級は海軍中将。海軍特攻部長を務めた。
全国の熊本県出身者    全国の熊本市出身者
熊本県立熊本高等学校出身      全国の熊本県立熊本高等学校の出身者
 451  田坂専一    愛媛県 出身Wikipedia
田坂 専一(たさか せんいち、1892年11月8日 - 1979年12月31日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の愛媛県出身者
陸軍士官学校出身      愛媛県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
愛媛県立西条高等学校出身      全国の愛媛県立西条高等学校の出身者
 452  山口多聞Wikipedia
山口 多聞(やまぐち たもん、1892年(明治25年)8月17日 - 1942年(昭和17年)6月6日)は、日本の海軍軍人。海兵40期。ミッドウェー海戦において戦死。最終階級は海軍中将。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
開成高等学校出身      全国の開成高等学校の出身者
 453  星野利元    新潟県 出身Wikipedia
星野 利元(ほしの としもと、1892年(明治25年)5月5日 - 1978年(昭和53年)8月21日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の新潟県出身者
 454  高木武雄    福島県 出身Wikipedia
高木 武雄(たかぎ たけお、1892年(明治25年)1月25日 - 1944年(昭和19年)7月6日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。福島県石城郡大野村(現・いわき市)出身 。磐城中学校(現福島県立磐城高等学校)卒。海軍兵学校(39期)、海軍大学校(23期)卒業。幼少のころから頭脳明晰で、同期中最年少の少尉任官であった。海軍兵学校同期に伊藤整一、遠藤喜一、阿部弘毅、岡敬純、角田覚治、原忠一などがいる。
全国の福島県出身者
海軍兵学校出身      福島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
福島県立磐城高等学校出身      全国の福島県立磐城高等学校の出身者
 455  東宮鉄男    群馬県 出身Wikipedia
東宮 鉄男(とうみや かねお、正字は東宮鐵男、1892年(明治24年)8月17日 - 1937年(昭和12年)11月14日)は、日本の陸軍軍人。「満蒙開拓移民の父」とよばれる。
全国の群馬県出身者
陸軍士官学校出身      群馬県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
群馬県立沼田高等学校出身      全国の群馬県立沼田高等学校の出身者
 456  片桐茂    香川県 出身Wikipedia
片桐 茂(かたぎり しげる、1892年(明治25年)3月18日 - 1944年(昭和19年)4月28日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の香川県出身者
陸軍士官学校出身      香川県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
香川県立観音寺第一高等学校出身      全国の香川県立観音寺第一高等学校の出身者
 457  下山琢磨    福井県 出身Wikipedia
下山 琢磨(しもやま たくま、1892年(明治25年)12月1日 - 1957年(昭和32年)12月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の福井県出身者
 458  大西新蔵Wikipedia
大西 新蔵(おおにし しんぞう、1892年(明治25年)7月17日 - 1988年(昭和63年)1月31日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
東京都立両国高等学校出身      全国の東京都立両国高等学校の出身者
 459  宮下健一郎    山形県 出身Wikipedia
宮下 健一郎(みやした けんいちろう、1892年(明治25年)3月17日 - 1959年(昭和34年)5月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の山形県出身者

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 460  阿部孝壮    山形県 出身Wikipedia
阿部 孝壮(あべ こうそう、1892年3月24日 - 1947年6月19日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の山形県出身者
 461  富永靖    長崎県 出身Wikipedia
冨永 恭次(富永 恭次、とみなが きょうじ、1892年(明治25年)1月2日 - 1960年(昭和35年)1月14日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の長崎県出身者
慶應義塾大学出身      長崎県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 462  本郷義夫    東京都 出身Wikipedia
本郷 義夫(ほんごう よしお、1892年3月20日 - 1962年6月28日)は、日本の陸軍軍人。陸軍中将。
全国の東京都出身者
陸軍士官学校出身      東京都出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 463  草鹿龍之介    石川県 出身Wikipedia
草鹿 龍之介(くさか りゅうのすけ、1892年(明治25年)9月25日 - 1971年(昭和46年)11月23日)は、日本の海軍軍人、剣道家。海軍兵学校41期生。海軍大学校21期。最終階級は中将。一刀正伝無刀流第4代宗家。
全国の石川県出身者
海軍兵学校出身      石川県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
大阪府立天王寺高等学校出身      全国の大阪府立天王寺高等学校の出身者
 464  松下芳男    新潟県 新発田市 出身Wikipedia
松下 芳男(まつした よしお、明治25年(1892年)5月4日 - 昭和58年(1983年)4月9日)は、日本陸軍の軍人(陸軍中尉)・軍事評論家・軍事史家。「明治軍制史論」で法学博士(東京大学)。新潟県新発田町(新発田市)出身。
全国の新潟県出身者    全国の新発田市出身者
日本大学出身      新潟県出身の日本大学の出身者      全国の日本大学の出身者
新潟県立新発田高等学校出身      全国の新潟県立新発田高等学校の出身者
 465  細見惟雄    長野県 松本市 出身Wikipedia
細見 惟雄(ほそみ これお、1892年(明治25年)4月9日 - 1963年(昭和38年)8月10日)は、日本陸軍の軍人。陸士25期。最終階級は陸軍中将。
全国の長野県出身者    全国の松本市出身者
陸軍士官学校出身      長野県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
長野県松本深志高等学校出身      全国の長野県松本深志高等学校の出身者
 466  武田馨    滋賀県 出身Wikipedia
武田 馨(たけだ かおる、1892年(明治25年)2月22日 - 1959年(昭和34年)9月16日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の滋賀県出身者
 467  宮崎繁三郎    岐阜県 岐阜市 出身Wikipedia
宮崎 繁三郎(みやざき しげさぶろう、明治25年(1892年)1月4日 - 昭和40年(1965年)8月30日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の岐阜県出身者    全国の岐阜市出身者
陸軍士官学校出身      岐阜県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
岐阜県立岐阜高等学校出身      全国の岐阜県立岐阜高等学校の出身者
 468  馬場正郎    熊本県 出身Wikipedia
馬場 正郎(ばば まさお、1892年1月7日 - 1947年8月7日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。熊本県出身。
全国の熊本県出身者
 469  鍋島俊策    熊本県 宇城市 出身Wikipedia
鍋島 俊策(なべしま しゅんさく、1892年9月10日 - 1948年4月28日)は、日本の海軍軍人。海軍少将。
全国の熊本県出身者    全国の宇城市出身者
海軍兵学校出身      熊本県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
熊本県立八代高等学校出身      全国の熊本県立八代高等学校の出身者

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 470  松永貞市    佐賀県 出身Wikipedia
松永 貞市(まつなが さだいち、1892年(明治25年)4月25日 - 1965年(昭和40年)12月2日)は、大日本帝国海軍の軍人。最終階級は海軍中将。太平洋戦争初期、マレー沖海戦でイギリスの東洋艦隊を壊滅させた航空隊指揮官として名高い。
全国の佐賀県出身者
 471  武藤章    熊本県 出身Wikipedia
武藤 章(むとう あきら、1892年(明治25年)12月15日 - 1948年(昭和23年)12月23日)は、日本の昭和時代の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。極東国際軍事裁判(東京裁判)で唯一中将として絞首刑判決を受けた。岳父は陸軍次官、関東軍司令官などを歴任した尾野実信大将。
全国の熊本県出身者
 472  磯田三郎    群馬県 出身Wikipedia
磯田 三郎(いそだ さぶろう、1892年2月28日 - 1979年10月26日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の群馬県出身者
陸軍士官学校出身      群馬県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
日本学園高等学校出身      全国の日本学園高等学校の出身者
 473  千田貞季    鹿児島県 出身Wikipedia
千田貞季(せんだ さだすえ 1892年12月16日 - 1945年3月8日)は、大日本帝国陸軍の軍人。栄典は従四位勲二等功四級。士候26期。栗林忠道大将とは同期。
全国の鹿児島県出身者
陸軍士官学校出身      鹿児島県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 474  中村正雄    石川県 出身Wikipedia
中村 正雄(なかむら まさお、1892年5月15日 - 1939年12月25日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の石川県出身者
関西大学出身      石川県出身の関西大学の出身者      全国の関西大学の出身者
 475  塚田理喜智    石川県 出身Wikipedia
塚田 理喜智(つかだ りきち、1892年(明治25年)12月15日 - 1958年(昭和33年)5月19日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の石川県出身者
 476  酒井康    東京都 出身Wikipedia
酒井 康(さかい やすし、1892年3月11日 - 1986年8月1日)は、日本の陸軍軍人。第17師団長・留守第56師団長・陸軍兵器本部企画部長等を歴任し、階級は陸軍中将勲一等に至る。東京府出身。
全国の東京都出身者
陸軍士官学校出身      東京都出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 477  根本博    福島県 出身Wikipedia
根本 博(ねもと ひろし、1891年6月6日 - 1966年5月24日)は、日本の陸軍軍人及び中華民国の陸軍軍人。最終階級は共に陸軍中将。栄典は勲一等・功三級。陸士23期。陸大34期。
全国の福島県出身者
 478  丸茂邦則    長野県 出身Wikipedia
丸茂 邦則(まるも くになり、または まるも くにのり、1891年10月2日 - 1985年6月24日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の長野県出身者
 479  栗林忠道    長野県 長野市 出身Wikipedia
栗林 忠道(くりばやし ただみち、1891年〈明治24年〉7月7日 ‐ 1945年〈昭和20年〉3月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。位階勲等は従四位勲一等(旭日大綬章)。長野県埴科郡西条村(現:長野市松代町)出身。
全国の長野県出身者    全国の長野市出身者
陸軍士官学校出身      長野県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
長野県長野高等学校出身      全国の長野県長野高等学校の出身者

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 480  草刈英治    福島県 出身Wikipedia
草刈 英治(くさかり えいじ、1891年(明治24年)6月1日 - 1930年(昭和5年)5月20日)は、日本の海軍軍人。ロンドン海軍軍縮条約に反対し自決した海軍少佐である。
全国の福島県出身者
 481  国分正三    福島県 出身Wikipedia
国分 正三(こくぶ しょうぞう、1891年(明治24年)4月25日 - 1974年(昭和49年)12月11日)は、日本の海軍軍人。 最終階級は海軍大尉。戦前のビルマにおいて諜報活動や、独立運動支援に従事した。
全国の福島県出身者
 482  山内正文    滋賀県 出身Wikipedia
山内 正文(やまうち まさふみ、1891年10月8日 - 1944年8月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。旧姓・秋山。
全国の滋賀県出身者
陸軍士官学校出身      滋賀県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
滋賀県立膳所高等学校出身      全国の滋賀県立膳所高等学校の出身者
 483  大西瀧治郎    兵庫県 丹波市(旧青垣町) 出身Wikipedia
大西 瀧治郎(おおにし たきじろう、明治24年(1891年)6月2日 - 昭和20年(1945年)8月16日)は、日本の海軍軍人。海軍兵学校第40期生。神風特別攻撃隊の創始者。終戦時に自決。最終階級は海軍中将。
全国の兵庫県出身者    全国の丹波市(旧青垣町)出身者
 484  杵村久蔵    鳥取県 米子市 出身Wikipedia
杵村 久蔵(きねむら ひさぞう、1891年(明治24年)12月28日 - 1938年(昭和13年)8月2日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の鳥取県出身者    全国の米子市出身者
 485  重田徳松    千葉県 出身Wikipedia
重田 徳松(しげた とくまつ、1891年(明治24年)1月12日 - 1959年(昭和34年)12月9日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の千葉県出身者
 486  福留繁    鳥取県 大山町 出身Wikipedia
福留 繁(ふくとめ[注釈 1] しげる、1891年(明治24年)2月1日 - 1971年(昭和46年)2月6日)は、日本の海軍軍人。海軍兵学校40期。最終階級は海軍中将。
全国の鳥取県出身者    全国の大山町出身者
 487  林義秀    和歌山県 出身Wikipedia
林 義秀(はやし よしひで、1891年8月25日 - 1978年2月5日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の和歌山県出身者
 488  坂西一良    鳥取県 日野町 出身Wikipedia
坂西 一良(ばんざい いちろう、1891年1月26日 - 1946年9月16日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。勲一等旭日大綬章。
全国の鳥取県出身者    全国の日野町出身者
 489  大田実Wikipedia
大田 實(おおた みのる、1891年(明治24年)4月7日 - 1945年(昭和20年)6月13日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。千葉県長生郡長柄町出身。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
千葉県立千葉高等学校出身      全国の千葉県立千葉高等学校の出身者

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 490  野田謙吾    熊本県 出身Wikipedia
野田 謙吾(のだ けんご、1891年(明治24年)4月22日 - 1961年(昭和36年)11月28日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の熊本県出身者
熊本県立熊本高等学校出身      全国の熊本県立熊本高等学校の出身者
 491  木村昌福Wikipedia
木村 昌福(きむら まさとみ、1891年(明治24年)12月6日 - 1960年(昭和35年)2月14日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。静岡県生まれ。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
静岡県立静岡高等学校出身      全国の静岡県立静岡高等学校の出身者
 492  桜田武    宮城県 出身Wikipedia
桜田 武(さくらだ たけし、1891年12月8日 - 1943年9月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の宮城県出身者
 493  三戸寿Wikipedia
三戸 寿(みと ひさし・三戸 壽、1891年11月9日 - 1967年5月17日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将、海軍省廃止時の海軍次官。潜水艦の権威者であった。
修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者
 494  佗美浩    愛媛県 出身Wikipedia
佗美 浩(たくみ ひろし、1891年5月2日 - 1970年12月25日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。太平洋戦争開戦直後のコタバル上陸作戦を指揮した。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
 495  秋山門造    香川県 出身Wikipedia
秋山 門造(あきやま もんぞう、1891年(明治24年)12月30日 - 1944年(昭和19年)2月2日)は、日本の海軍軍人。海兵42期。太平洋戦争におけるクェゼリンの戦いで司令官として戦死した。死後特進により最終階級は海軍中将。
全国の香川県出身者
香川県立観音寺第一高等学校出身      全国の香川県立観音寺第一高等学校の出身者
 496  鈴木宗作    愛知県 出身Wikipedia
鈴木 宗作(すずき そうさく、1891年(明治24年)9月27日 - 1945年(昭和20年)4月19日は、日本の陸軍軍人。愛知県出身。陸士24期、陸大31期。
全国の愛知県出身者
 497  岸福治    群馬県 出身Wikipedia
岸 福治(きし ふくじ、1891年4月30日 - 1949年7月10日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の群馬県出身者
 498  山崎保代    山梨県 出身Wikipedia
山崎 保代(やまさき やすよ、1891年10月17日 - 1943年5月29日)は日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。太平洋戦争(大東亜戦争)中に、アッツ島の戦いを指揮し17日間の激しい抗戦の後戦死した。
全国の山梨県出身者
陸軍士官学校出身      山梨県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
群馬県立沼田高等学校出身      全国の群馬県立沼田高等学校の出身者
 499  市丸利之助    佐賀県 出身Wikipedia
市丸 利之助(いちまる りのすけ、1891年(明治24年)9月20日 - 1945年(昭和20年)3月26日)は、日本の海軍軍人である。最終階級は海軍中将(戦死による特進)。佐賀県東松浦郡久里村(現在の唐津市)出身。
全国の佐賀県出身者
佐賀県立唐津東高等学校出身      全国の佐賀県立唐津東高等学校の出身者

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 500  川並密    茨城県 出身Wikipedia
川並 密(かわなみ ひそか/みつ、1891年(明治24年)3月22日 - 1978年(昭和53年)11月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の茨城県出身者
茨城県立土浦第一高等学校出身      全国の茨城県立土浦第一高等学校の出身者
 501  寺岡謹平    山形県 出身Wikipedia
寺岡 謹平(てらおか きんぺい、1891年3月13日 - 1984年5月2日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の山形県出身者
 502  菅晴次    滋賀県 出身Wikipedia
菅 晴次(かん はるじ、明治24年(1891年)2月28日 - 昭和60年(1985年)4月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の滋賀県出身者
 503  甘粕正彦Wikipedia
甘粕 正彦(あまかす まさひこ、1891年(明治24年)1月26日 - 1945年(昭和20年)8月20日)は、日本の陸軍軍人。陸軍憲兵大尉時代に甘粕事件を起こしたことで有名(無政府主義者大杉栄らの殺害)。短期の服役後、日本を離れて満州に渡り、関東軍の特務工作を行い、満州国建設に一役買う。満洲映画協会理事長を務め、終戦直後、服毒自殺した。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
三重県立津高等学校出身      全国の三重県立津高等学校の出身者
 504  高柳儀八Wikipedia
高柳 儀八(たかやなぎ のりはち、または たかやなぎ ぎはち、1891年(明治24年)4月17日 - 1973年(昭和48年)12月29日)は、日本の海軍軍人。戦艦「大和」第2代艦長。最終階級は海軍中将。
佐賀県立佐賀西高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀西高等学校の出身者
 505  秋山輝男    熊本県 出身Wikipedia
秋山 輝男(あきやま てるお、1891年(明治24年)9月16日 - 1943年(昭和18年)7月6日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の熊本県出身者
 506  山縣正郷    山口県 出身Wikipedia
山縣 正郷(やまがた まさくに、有職読み:せいごう、新字体:山県、1891年(明治24年)2月15日 ‐ 1945年(昭和20年)3月17日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。
全国の山口県出身者
海軍兵学校出身      山口県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山口県立徳山高等学校出身      全国の山口県立徳山高等学校の出身者
 507  妹尾知之Wikipedia
妹尾 知之(せのお ともゆき、明治24年〈1891年〉 - 昭和59年〈1984年〉)は、日本の海軍軍人。海軍中将。海軍兵学校40期生。海軍大学校22期生。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
広島県立日彰館高等学校出身      全国の広島県立日彰館高等学校の出身者
 508  阿部勝雄    岩手県 出身Wikipedia
阿部 勝雄(あべ かつお、1891年4月18日 - 1948年5月26日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の岩手県出身者
海軍兵学校出身      岩手県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
岩手県立一関第一高等学校出身      全国の岩手県立一関第一高等学校の出身者
 509  保科善四郎    宮城県 角田市 出身Wikipedia
保科 善四郎(ほしな ぜんしろう、1891年(明治24年)3月8日 - 1991年(平成3年)12月25日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍中将。衆議院議員を4期務めた後、財団法人日本国防協会会長。
全国の宮城県出身者    全国の角田市出身者
海軍兵学校出身      宮城県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
宮城県角田高等学校出身      全国の宮城県角田高等学校の出身者

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 510  田中信男    東京都 出身Wikipedia
田中 信男(たなか のぶお、1891年(明治24年)10月30日 - 1966年(昭和41年)12月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の東京都出身者
陸軍士官学校出身      東京都出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 511  高品彪    千葉県 出身Wikipedia
高品 彪(たかしな たけし、1891年1月25日 - 1944年7月28日)は、日本の陸軍軍人。陸士25期、陸大34期。最終階級は陸軍中将。
全国の千葉県出身者
陸軍士官学校出身      千葉県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
千葉県立成東高等学校出身      全国の千葉県立成東高等学校の出身者
 512  須藤栄之助    東京都 出身Wikipedia
須藤 栄之助(すどう えいのすけ、1891年9月24日 - 1969年1月20日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の東京都出身者
陸軍士官学校出身      東京都出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 513  万城目武雄    宮城県 出身Wikipedia
万城目 武雄(まんじょうめ たけお、1891年1月25日 - 1975年3月11日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の宮城県出身者
宮城県仙台第二高等学校出身      全国の宮城県仙台第二高等学校の出身者
 514  醍醐忠重Wikipedia
醍醐 忠重(だいご ただしげ、明治24年(1891年)10月15日 - 昭和22年(1947年)12月6日)は、日本の海軍軍人、貴族院議員。爵位は侯爵 オランダ領東インド
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者
 515  三木森彦Wikipedia
三木 森彦(みき もりひこ、 1890年(明治23年)5月21日 - 1973年(昭和48年)7月28日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。東京都目黒区出身。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 516  伊藤整一    福岡県 みやま市 出身Wikipedia
伊藤 整一(いとう せいいち、1890年(明治23年)7月26日 - 1945年(昭和20年)4月7日)は、日本の海軍軍人。海軍兵学校39期。最終階級は海軍大将。
全国の福岡県出身者    全国のみやま市出身者
海軍兵学校出身      福岡県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
福岡県立伝習館高等学校出身      全国の福岡県立伝習館高等学校の出身者
 517  横山静雄    福岡県 出身Wikipedia
横山 静雄(よこやま しずお、1890年12月1日 - 1961年1月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の福岡県出身者
陸軍士官学校出身      福岡県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
福岡県立伝習館高等学校出身      全国の福岡県立伝習館高等学校の出身者
 518  小畑英良    大阪府 出身Wikipedia
小畑 英良(おばた ひでよし、1890年(明治23年)4月2日 - 1944年(昭和19年)8月11日)は、日本の陸軍軍人。官位は陸軍大将従三位勲一等。弟に小畑信良。
全国の大阪府出身者
 519  原田覚    福島県 出身Wikipedia
原田 覚(はらだ かく/さとる、1890年(明治23年)10月12日 - 1945年(昭和20年)9月25日)は、日本の海軍軍人。海兵41期。最終階級は海軍中将。特殊潜行艇の育ての親[2]。
全国の福島県出身者

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 520  尾崎義春    北海道 旭川市 出身Wikipedia
尾崎 義春(おざき よしはる、1890年4月20日 - 1973年9月19日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。北海道旭川市出身。
全国の北海道出身者    全国の旭川市出身者
陸軍士官学校出身      北海道出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
北海道旭川東高等学校出身      全国の北海道旭川東高等学校の出身者
 521  田結穣    岐阜県 出身Wikipedia
田結 穣(たゆい みのる、1890年(明治23年)1月20日 - 1977年(昭和52年)6月28日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の岐阜県出身者
海軍兵学校出身      岐阜県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
岐阜県立大垣北高等学校出身      全国の岐阜県立大垣北高等学校の出身者
 522  宇垣纏Wikipedia
宇垣 纏(うがき まとめ、1890年(明治23年)2月15日 - 1945年(昭和20年)8月15日)は、日本の海軍軍人。海兵40期。最終階級は海軍中将。陣中日記『戦藻録』が有名。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
岡山県立岡山朝日高等学校出身      全国の岡山県立岡山朝日高等学校の出身者
 523  堀井富太郎    兵庫県 小野市(旧加東郡) 出身Wikipedia
堀井 富太郎(ほりい とみたろう、1890年(明治23年)11月7日 - 1942年(昭和17年)11月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。兵庫県加東郡河合村(現在の小野市河合西町)出身。責任感の強い性格であったと言われる。また、陸軍大学校を卒業していない所謂“無天組”でありながら、中将にまで栄進した人物としても知られる。
全国の兵庫県出身者    全国の小野市(旧加東郡)出身者
 524  大場四平    宮城県 出身Wikipedia
大場 四平(おおば しへい、1890年1月14日 - 1963年7月25日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の宮城県出身者
 525  斎藤義次    宮城県 出身Wikipedia
斎藤 義次(さいとう よしつぐ、1890年11月23日 - 1944年7月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の宮城県出身者
 526  佐伯文郎    宮城県 出身Wikipedia
佐伯 文郎(さえき ぶんろう、1890年1月13日 - 1967年6月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の宮城県出身者
 527  岡田資    鳥取県 出身Wikipedia
岡田 資(おかだ たすく、1890年4月14日 - 1949年9月17日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の鳥取県出身者
陸軍士官学校出身      鳥取県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
鳥取県立鳥取西高等学校出身      全国の鳥取県立鳥取西高等学校の出身者
 528  星野応韶Wikipedia
星野 応韶(ほしの まさつぐ、1890年(明治23年)10月14日 - 1965年(昭和40年)1月6日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者
 529  清水規矩    福井県 出身Wikipedia
清水 規矩(しみず のりつね、1890年(明治23年)2月10日 - 1968年(昭和43年)1月19日は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の福井県出身者

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 530  中村俊久    神奈川県 出身Wikipedia
中村 俊久(なかむら としひさ、1890年2月16日 - 1972年3月19日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の神奈川県出身者
海軍兵学校出身      神奈川県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
神奈川県立希望ヶ丘高等学校出身      全国の神奈川県立希望ヶ丘高等学校の出身者
 531  神田正種    愛知県 出身Wikipedia
神田 正種(かんだ まさたね、1890年4月24日 - 1983年1月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の愛知県出身者
 532  澄田ライ四郎    愛知県 出身Wikipedia
澄田らい四郎(すみた らいしろう、1890年10月21日 - 1979年11月2日)は、日本の陸軍軍人。陸士24期、陸大33期。最終階級は陸軍中将。
全国の愛知県出身者
 533  橋本欣五郎    福岡県 出身Wikipedia
橋本 欣五郎(はしもと きんごろう、1890年2月19日 - 1957年6月29日)は、昭和時代の日本の陸軍軍人、政治家(衆議院議員1期)。右翼活動家。たびたびクーデターを試みたが失敗し、極東国際軍事裁判(東京裁判)で訴追された。通称「ハッシー」「欽ちゃん」。
全国の福岡県出身者
 534  江崎岩吉    東京都 出身Wikipedia
江崎 岩吉(えさき いわきち、1890年12月1日 - 1986年1月16日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍技術中将。
全国の東京都出身者
東京大学出身      東京都出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
東京都立両国高等学校出身      全国の東京都立両国高等学校の出身者
 535  櫛淵セン一    東京都 出身Wikipedia
櫛淵 ?一(くしぶち せんいち、1890年(明治23年)12月5日 - 1964年(昭和39年)9月20日)は、日本の陸軍軍人。第34軍司令官・第28師団長・軍馬補充部本部長等を歴任し、階級は陸軍中将功三級に至る。※櫛淵せん一 の「せん」の字は「金偏」に「宣」の字をつけた文字。
全国の東京都出身者
東京都立両国高等学校出身      全国の東京都立両国高等学校の出身者
 536  鈴木義尾    山形県 出身Wikipedia
鈴木 義尾(すずき よしお、1890年(明治23年)11月15日 - 1944年(昭和19年)11月21日)は、日本の海軍軍人。前名は義雄。主な軍歴を第二艦隊に歩み、太平洋戦争において軍令部第二部長、第三戦隊司令官を歴任。マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦に参戦し、台湾沖で戦死した海軍中将である。
全国の山形県出身者
 537  角田覚治    新潟県 三条市 出身Wikipedia
角田 覚治(かくた かくじ、1890年(明治23年)9月23日-1944年(昭和19年)8月2日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。テニアン島で戦死。
全国の新潟県出身者    全国の三条市出身者
海軍兵学校出身      新潟県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
新潟県立三条高等学校出身      全国の新潟県立三条高等学校の出身者
 538  戸塚道太郎    東京都 出身Wikipedia
戸塚 道太郎(とづか みちたろう、1890年(明治23年)4月21日 - 1966年(昭和41年)3月6日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の東京都出身者
海軍兵学校出身      東京都出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 539  岡敬純Wikipedia
岡 敬純(おか たかずみ、1890年(明治23年)2月11日 - 1973年(昭和48年)12月4日)は、昭和の海軍軍人、海軍中将、海兵39期、海大21期。
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者

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 540  多田武雄    岩手県 出身Wikipedia
多田 武雄(ただ たけお、1890年10月7日 - 1953年3月3日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の岩手県出身者
海軍兵学校出身      岩手県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
岩手県立盛岡第一高等学校出身      全国の岩手県立盛岡第一高等学校の出身者
 541  木庭知時    熊本県 出身Wikipedia
木庭 知時(こば ともとき、1890年9月22日 - 1983年7月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。熊本県出身。
全国の熊本県出身者
 542  城島高次Wikipedia
城島 高次(じょうじま たかつぐ、1890年(明治23年)6月20日 - 1967年(昭和42年)10月9日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍少将。
佐賀県立佐賀西高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀西高等学校の出身者
 543  河辺虎四郎    富山県 陸軍中将、終戦時の陸軍参謀次長 出身Wikipedia
河辺 虎四郎(かわべ とらしろう、1890年(明治23年)9月25日 - 1960年(昭和35年)6月25日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。富山県出身。
全国の富山県出身者    全国の陸軍中将、終戦時の陸軍参謀次長出身者
 544  立花芳夫    愛媛県 出身Wikipedia
立花 芳夫(たちばな よしお、1890年(明治23年)2月24日 - 1947年(昭和22年)9月24日)は、日本の陸軍軍人。陸軍中将。愛媛県出身。陸軍士官学校卒業(25期)。兵科は歩兵科。功四級。
全国の愛媛県出身者
陸軍士官学校出身      愛媛県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
金光学園高等学校出身      全国の金光学園高等学校の出身者
 545  安達二十三    石川県 出身Wikipedia
安達 二十三(あだち はたぞう、1890年6月17日 - 1947年9月10日)は日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の石川県出身者
 546  東海林俊成    宮城県 出身Wikipedia
東海林 俊成(しょうじ とししげ/としなり、1890年10月27日 - 1974年12月10日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の宮城県出身者
宮城県仙台第二高等学校出身      全国の宮城県仙台第二高等学校の出身者
 547  小林仁    山形県 米沢市 出身Wikipedia
小林 仁(こばやし まさみ/まさし、1890年6月18日 - 1977年8月7日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。山形県米沢市出身。山形県立米沢中学校、海軍兵学校(38期)卒業。
全国の山形県出身者    全国の米沢市出身者
海軍兵学校出身      山形県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山形県立米沢興譲館高等学校出身      全国の山形県立米沢興譲館高等学校の出身者
 548  志摩清英    東京都 出身Wikipedia
志摩清英(しま きよひで 1890年(明治23年)2月25日 - 1973年(昭和48年)11月7日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の東京都出身者
海軍兵学校出身      東京都出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 549  千田貞敏    鹿児島県 出身Wikipedia
千田 貞敏(せんだ さだとし、1890年7月22日 - 1944年12月25日戦死認定)は、日本海軍の軍人。ビアク島の戦いにて戦死。戦死後、一階級進級し海軍中将。正四位勲二等旭日重光章。
全国の鹿児島県出身者
海軍兵学校出身      鹿児島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者

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 550  江木理一    福島県 出身Wikipedia
江木 理一(えぎ りいち、1890年4月10日 - 1970年2月16日)は日本の元軍人、元NHKアナウンサー。ラジオ体操の初代担当アナウンサーとして知られている。
全国の福島県出身者
 551  上野正雄    東京都 出身Wikipedia
上野 正雄(うえの まさお、1890年(明治23年)7月16日 - 1965年(昭和40年)2月16日)は、日本の華族、海軍軍人。爵位は伯爵、最終階級は海軍少将。旧姓は永田。
全国の東京都出身者
海軍兵学校出身      東京都出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者
 552  萱嶋高    宮崎県 高鍋町 出身Wikipedia
萱嶋 高(かやしま たかし、1889年4月18日 - 1956年2月18日)は、大日本帝国陸軍軍人、陸軍中将。宮崎県児湯郡高鍋町出身。陸士21期、陸大32期。
全国の宮崎県出身者    全国の高鍋町出身者
 553  安田武雄    岡山県 出身Wikipedia
安田 武雄(やすだ たけお、1889年1月16日 - 1964年8月23日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の岡山県出身者
東京大学出身      岡山県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 554  宇垣完爾    岡山県 出身Wikipedia
宇垣 完爾(うがき かんじ、1889年(明治22年)1月23日 - 1974年(昭和49年)9月27日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の岡山県出身者
 555  横山勇    福島県 出身Wikipedia
横山 勇(よこやま いさむ、1889年(明治22年)3月1日 - 1952年(昭和27年)4月21日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の福島県出身者
 556  永津佐比重    愛知県 出身Wikipedia
永津 佐比重(ながつ さひしげ、1889年(明治22年)3月1日 - 1979年(昭和54年)9月19日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の愛知県出身者
愛知県立旭丘高等学校出身      全国の愛知県立旭丘高等学校の出身者
 557  本多政材    長野県 出身Wikipedia
本多 政材(ほんだ まさき、1889年(明治22年)5月17日 - 1964年(昭和39年)7月17日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の長野県出身者
 558  柴山兼四郎    茨城県 出身Wikipedia
柴山 兼四郎(しばやま けんしろう、1889年5月1日 - 1956年1月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の茨城県出身者
 559  木島袈裟雄    長野県 出身Wikipedia
木島 袈裟雄(きじま けさお、1889年(明治22年)11月20日 - 1965年(昭和40年)2月10日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の長野県出身者

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 560  松山祐三    青森県 出身Wikipedia
松山 祐三(まつやま ゆうぞう、1889年2月1日 - 1947年1月11日)は、日本の陸軍軍人。陸士22期。最終階級は陸軍中将。
全国の青森県出身者
 561  原忠一    島根県 松江市 出身Wikipedia
原 忠一(はら ちゅういち、1889年(明治22年)3月15日 - 1964年(昭和39年)2月17日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の島根県出身者    全国の松江市出身者
 562  河田槌太郎    北海道 出身Wikipedia
河田 槌太郎(かわだ つちたろう、1889年(明治22年)8月20日 - 1964年(昭和39年)2月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の北海道出身者
北海道旭川東高等学校出身      全国の北海道旭川東高等学校の出身者
 563  寺倉正三    岐阜県 出身Wikipedia
寺倉 正三(てらくら しょうぞう、1889年(明治22年)10月14日 - 1964年(昭和39年)7月7日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の岐阜県出身者
 564  金沢正夫    山口県 出身Wikipedia
金澤 正夫(かなざわ まさお、1889年10月25日 - 1969年6月24日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の山口県出身者
海軍兵学校出身      山口県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山口県立山口高等学校出身      全国の山口県立山口高等学校の出身者
 565  桜井省三    愛知県 名古屋市 出身Wikipedia
桜井 省三(さくらい しょうぞう、1889年6月27日 - 1985年7月7日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の愛知県出身者    全国の名古屋市出身者
陸軍士官学校出身      愛知県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
愛知県立時習館高等学校出身      全国の愛知県立時習館高等学校の出身者
 566  西村祥治    秋田県 出身Wikipedia
西村 祥治(にしむら しょうじ、1889年(明治22年)11月30日 - 1944年(昭和19年)10月25日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。秋田県出身。
全国の秋田県出身者
海軍兵学校出身      秋田県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
秋田県立横手高等学校出身      全国の秋田県立横手高等学校の出身者
 567  吉良俊一    大分県 大分市 出身Wikipedia
吉良 俊一(きら しゅんいち、1889年(明治22年)9月9日 - 1947年(昭和22年)4月30日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。日本海軍搭乗員として空母初着艦を成功させ、着艦三羽烏の異名があった。
全国の大分県出身者    全国の大分市出身者
 568  田中久一    兵庫県 出身Wikipedia
田中 久一(たなか ひさかず、1889年3月16日 - 1947年3月27日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。旧姓・小金井。
全国の兵庫県出身者
 569  松本象二郎    鳥取県 米子市 出身Wikipedia
松本 象二郎(まつもと しょうじろう、明治22年(1889年)9月27日 - 昭和17年(1942年)5月12日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
全国の鳥取県出身者    全国の米子市出身者

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 570  北野憲造    滋賀県 出身Wikipedia
北野 憲造(きたの けんぞう、1889年(明治22年)8月24日 - 1960年(昭和35年)7月25日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の滋賀県出身者
陸軍士官学校出身      滋賀県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
滋賀県立彦根東高等学校出身      全国の滋賀県立彦根東高等学校の出身者
 571  五十嵐恵    新潟県 上越市 出身Wikipedia
五十嵐 恵(いがらし めぐみ、1889年(明治22年)5月24日 - 1927年(昭和2年)8月24日)は、日本の海軍軍人。美保関事件で殉職した「蕨」駆逐艦長である。最終階級は海軍中佐。
全国の新潟県出身者    全国の上越市出身者
 572  田辺盛武    石川県 出身Wikipedia
田辺 盛武(たなべ もりたけ、1889年2月26日 - 1949年7月11日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 オランダ領東インド
全国の石川県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
 573  松浦永次郎Wikipedia
松浦 永次郎(まつうら えいじろう、1889年(明治22年)3月5日 - 1976年(昭和51年)11月8日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。静岡県小笠郡掛川町(現掛川市)出身。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
静岡県立掛川西高等学校出身      全国の静岡県立掛川西高等学校の出身者
 574  多田勉吉    広島県 出身Wikipedia
多田 勉吉(ただ べんきち、1889年(明治22年)9月19日 - 1958年(昭和33年)4月16日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍主計中将。広島県出身。
全国の広島県出身者
修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者
 575  瀬谷啓    栃木県 出身Wikipedia
瀬谷 啓(せや ひらく、明治22年(1889年)10月3日 - 昭和29年(1954年)5月27日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の栃木県出身者
陸軍士官学校出身      栃木県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 576  山口三郎    山形県 出身Wikipedia
山口 三郎(やまぐち さぶろう、1889年(明治22年)9月27日 - 1934年(昭和9年)2月1日)は、日本の海軍軍人で海軍航空草創期の搭乗員。海軍随一の空爆の名手であったが、神兵隊事件で内乱予備陰謀罪に問われ検挙された。最終階級は海軍中佐。
全国の山形県出身者
神奈川県立希望ヶ丘高等学校出身      全国の神奈川県立希望ヶ丘高等学校の出身者
 577  中原謹司    長野県 竜江村 出身Wikipedia
中原 謹司(なかはら きんじ、1889年2月7日 - 1951年3月1日)は日本の政治家。長野県の在郷軍人有志で結成された政治結社信州郷軍同志会の理論的指導者であり、大政翼賛会では中央協力会議部副部長として新体制運動を担った。号は起雲子。
全国の長野県出身者    全国の竜江村出身者
早稲田大学出身      長野県出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
長野県飯田高等学校出身      全国の長野県飯田高等学校の出身者
 578  中村明人    愛知県 出身Wikipedia
中村 明人(なかむら あけと、1889年4月11日 - 1966年9月12日)は、大日本帝国の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。太平洋戦争時のタイ国駐屯軍司令官。
全国の愛知県出身者
 579  原清    佐賀県 出身Wikipedia
原 清(はら きよし、1889年5月2日 - 1976年8月26日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の佐賀県出身者
海軍兵学校出身      佐賀県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
佐賀県立唐津東高等学校出身      全国の佐賀県立唐津東高等学校の出身者

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 580  石原莞爾    山形県 出身Wikipedia
石原 莞爾(いしわら かんじ[注 1]、明治22年(1889年)1月18日 (戸籍の上では17日)- 昭和24年(1949年)8月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。栄典は従四位・勲三等・功三級、「世界最終戦論」など軍事思想家としても知られる。「帝国陸軍の異端児」の渾名が付くほど組織内では変わり者だった。
全国の山形県出身者
 581  佐藤市郎    山口県 出身Wikipedia
佐藤 市郎(さとう いちろう、1889年(明治22年)8月28日 - 1958年(昭和33年)4月14日)は、日本の海軍軍人、歴史家。最終階級は海軍中将。共に内閣総理大臣を務めた岸信介、佐藤栄作兄弟の実兄である。
全国の山口県出身者
海軍兵学校出身      山口県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 582  上村利道    熊本県 出身Wikipedia
上村 利道(うえむら としみち、1889年(明治22年)2月10日 - 1947年(昭和22年)9月19日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の熊本県出身者
 583  丸山政男    長野県 出身Wikipedia
丸山 政男(まるやま まさお、1889年9月13日 - 1957年11月11日は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の長野県出身者
陸軍士官学校出身      長野県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
長野県松本深志高等学校出身      全国の長野県松本深志高等学校の出身者
 584  板花義一    長野県 安曇野市 出身Wikipedia
板花 義一(いたはな ぎいち、1889年1月29日 - 1961年10月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の長野県出身者    全国の安曇野市出身者
陸軍士官学校出身      長野県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
長野県松本深志高等学校出身      全国の長野県松本深志高等学校の出身者
 585  栗田健男    茨城県 水戸市 出身Wikipedia
栗田健男(くりた たけお、1889年4月28日 - 1977年12月19日)は日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。海軍兵学校38期卒業。
全国の茨城県出身者    全国の水戸市出身者
海軍兵学校出身      茨城県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
茨城県立水戸第一高等学校出身      全国の茨城県立水戸第一高等学校の出身者
 586  山田幸五郎    青森県 青森市 出身Wikipedia
山田 幸五郎(やまだ こうごろう、1889年9月10日 - 1982年7月23日)は、日本光学界の先駆者、海軍軍人、理学博士。最終階級は海軍技術少将。主に幾何光学中心に、光学機械、光学兵器の開発に寄与した。
全国の青森県出身者    全国の青森市出身者
東京帝国大学出身      青森県出身の東京帝国大学の出身者      全国の東京帝国大学の出身者
青森県立青森高等学校出身      全国の青森県立青森高等学校の出身者
 587  相沢三郎Wikipedia
相沢 三郎(あいざわ さぶろう、1889年(明治22年)9月6日 - 1936年(昭和11年)7月3日)は、日本の陸軍軍人。皇道派に属した相沢は、真崎甚三郎教育総監更迭に憤激し1935年8月12日に統制派の永田鉄山軍務局長を殺害した(相沢事件)。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
岩手県立一関第一高等学校出身      全国の岩手県立一関第一高等学校の出身者
 588  福田良三    熊本県 玉名市 出身Wikipedia
福田 良三(ふくだ りょうぞう、1889年(明治22年)11月1日 - 1980年(昭和55年)3月26日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の熊本県出身者    全国の玉名市出身者
 589  越智孝平    愛媛県 松山市 出身Wikipedia
越智 孝平(おち こうへい、1889年(明治22年)2月3日 - 1968年(昭和43年)6月25日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍少将。松山市長。
全国の愛媛県出身者    全国の松山市出身者
海軍兵学校出身      愛媛県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
愛媛県立松山北高等学校出身      全国の愛媛県立松山北高等学校の出身者

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 590  笠原幸雄Wikipedia
笠原 幸雄(かさはら ゆきお、1889年(明治22年)11月6日 - 1988年(昭和63年)1月2日)は、日本の陸軍軍人。陸軍中将。ロシア通の参謀として知られていた。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 591  井上成美Wikipedia
井上 成美(いのうえ しげよし/せいび[注釈 1]、1889年(明治22年)12月9日 - 1975年(昭和50年)12月15日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。海軍大将となった最後の軍人。
宮城県仙台第二高等学校出身      全国の宮城県仙台第二高等学校の出身者
 592  豊嶋房太郎    山口県 出身Wikipedia
豊嶋 房太郎(てしま ふさたろう、1889年1月5日 - 1979年4月9日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の山口県出身者
陸軍士官学校出身      山口県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
山口県立防府高等学校出身      全国の山口県立防府高等学校の出身者
 593  和田操    東京都 出身Wikipedia
和田 操(わだ みさお、1889年12月6日 - 1981年11月19日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の東京都出身者
早稲田高等学校出身      全国の早稲田高等学校の出身者
 594  水上源蔵    山梨県 出身Wikipedia
水上 源蔵(みなかみ / みずかみ げんぞう、1888年(明治21年)9月26日 - 1944年(昭和19年)8月4日は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の山梨県出身者
陸軍士官学校出身      山梨県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
山梨県立日川高等学校出身      全国の山梨県立日川高等学校の出身者
 595  飯沼守    愛知県 出身Wikipedia
飯沼 守(いいぬま まもる、1888年11月25日 - 1978年3月21日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の愛知県出身者
陸軍士官学校出身      愛知県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
愛知県立明和高等学校出身      全国の愛知県立明和高等学校の出身者
 596  細萱戊子郎    長野県 佐久市 出身Wikipedia
細萱 戊子郎(ほそがや ぼしろう、1888年(明治21年)6月24日 - 1964年(昭和39年)2月8日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の長野県出身者    全国の佐久市出身者
海軍兵学校出身      長野県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
長野県野沢北高等学校出身      全国の長野県野沢北高等学校の出身者
 597  岸本鹿子治    岡山県 出身Wikipedia
岸本 鹿子治(きしもと かねじ、1888年(明治21年)4月14日 - 1981年(昭和56年)1月1日)は、大日本帝国海軍の軍人。酸素魚雷と特殊潜航艇(甲標的)の開発を成功させた。実兄は岸本信太海軍中将(海軍機関学校10期)。岳父は豊辺新作陸軍中将。
全国の岡山県出身者
 598  飯村穣    茨城県 出身Wikipedia
飯村 穣(いいむら じょう、1888年(明治21年)5月20日 - 1976年(昭和51年)2月21日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。茨城県出身。
全国の茨城県出身者
 599  両角業作    長野県 出身Wikipedia
両角 業作(もろずみ ぎょうさく、1888年1月4日 - 1963年9月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の長野県出身者

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 600  五藤存知    茨城県 出身Wikipedia
五藤 存知(ごとう ありとも、1888年(明治21年)1月23日 - 1942年(昭和17年)10月12日)は、大日本帝国海軍の軍人。海軍兵学校(38期)卒。最終階級は海軍中将。茨城県出身。
全国の茨城県出身者
 601  樋口修一郎    長野県 出身Wikipedia
樋口 修一郎(ひぐち しゅういちろう、1888年(明治21年)1月18日 - 1949年(昭和24年)11月24日)は、日本の海軍軍人。海軍潜水学校校長を務めた海軍中将である。
全国の長野県出身者
 602  三川軍一    広島県 出身Wikipedia
三川 軍一(みかわ ぐんいち、1888年8月29日 - 1981年2月25日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の広島県出身者
広島県立広島国泰寺高等学校出身      全国の広島県立広島国泰寺高等学校の出身者
 603  木村兵太郎    埼玉県 出身Wikipedia
木村 兵太郎(きむら へいたろう、明治21年(1888年)9月28日 - 昭和23年(1948年)12月23日)は、日本の昭和期の陸軍軍人。太平洋戦争(大東亜戦争)後、A級戦犯として逮捕、極東国際軍事裁判にて死刑の判決を受け、絞首刑に処された。最終階級は陸軍大将。
全国の埼玉県出身者
広島県立広島国泰寺高等学校出身      全国の広島県立広島国泰寺高等学校の出身者
 604  藤森清一朗    長野県 出身Wikipedia
藤森 清一朗(ふじもり せいいちろう、1888年11月10日 - 1975年5月20日)は、日本の海軍軍人。大東亜戦争に於ける一連の戦いでは、既に予備役となっていたにも拘らず充員召集され、司令官として各地を転戦した。海軍兵学校37期、海軍大学校19期卒。最終階級は海軍少将。
全国の長野県出身者
 605  坂田義朗    岐阜県 出身Wikipedia
坂田 義朗(さかた よしろう、1888年7月26日 - 1933年7月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐。
全国の岐阜県出身者
 606  原田熊吉    大阪府 出身Wikipedia
原田 熊吉(はらだ くまきち、1888年8月8日 - 1947年5月28日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。香川県生まれ、大阪府出身。陸士22期、陸大28期。
全国の大阪府出身者
陸軍士官学校出身      大阪府出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
香川県立丸亀高等学校出身      全国の香川県立丸亀高等学校の出身者
 607  安江仙弘    秋田県 出身Wikipedia
安江 仙弘(やすえ のりひろ、1888年1月12日 - 1950年8月14日)は、日本陸軍の軍人、最終階級は陸軍大佐。
全国の秋田県出身者
陸軍士官学校出身      秋田県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
京華高等学校出身      全国の京華高等学校の出身者
 608  渡辺正夫    大阪府 出身Wikipedia
渡辺 正夫(わたなべ まさお、1888年10月10日 - 1950年10月11日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の大阪府出身者
陸軍士官学校出身      大阪府出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
愛媛県立今治西高等学校出身      全国の愛媛県立今治西高等学校の出身者
 609  儀我誠也    東京都 出身Wikipedia
儀我 誠也(ぎが せいや、1888年11月11日 - 1938年1月24日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の東京都出身者
陸軍士官学校出身      東京都出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
兵庫県立洲本高等学校出身      全国の兵庫県立洲本高等学校の出身者

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 610  樋口季一郎    兵庫県 南あわじ市 出身Wikipedia
樋口 季一郎(ひぐち きいちろう、1888年8月20日 - 1970年10月11日)は、日本の陸軍軍人。兵庫県淡路島出身。最終階級は陸軍中将。歩兵第41連隊長、第3師団参謀長、ハルピン特務機関長、第9師団師団長等を歴任し、最終役職は第5方面軍司令官兼北部軍管区司令官。
全国の兵庫県出身者    全国の南あわじ市出身者
陸軍士官学校出身      兵庫県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
兵庫県立篠山鳳鳴高等学校出身      全国の兵庫県立篠山鳳鳴高等学校の出身者
 611  鈴木貞一    千葉県 芝山町 出身Wikipedia
鈴木 貞一(すずき ていいち、1888年(明治21年)12月16日 - 1989年(平成元年)7月15日)は、日本の軍人、陸軍中将。千葉県出身。通称「背広を着た軍人」。「三奸四愚」と呼ばれた東條英機側近三奸の一人とされる。
全国の千葉県出身者    全国の芝山町出身者
陸軍士官学校出身      千葉県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東洋大学京北高等学校出身      全国の東洋大学京北高等学校の出身者
 612  草鹿任一    石川県 出身Wikipedia
草鹿 任一(くさか じんいち、1888年(明治21年)12月7日 - 1972年(昭和47年)8月24日)は日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。勲等は勲一等。
全国の石川県出身者
海軍兵学校出身      石川県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
石川県立金沢泉丘高等学校出身      全国の石川県立金沢泉丘高等学校の出身者
 613  牟田口廉也Wikipedia
牟田口 廉也(むたぐち れんや、1888年(明治21年)10月7日 - 1966年(昭和41年)8月2日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は中将。盧溝橋事件や、太平洋戦争(大東亜戦争)開戦時のマレー作戦や同戦争中のインパール作戦において部隊を指揮した。
佐賀県立佐賀西高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀西高等学校の出身者
 614  清水光美    長野県 松本市 出身Wikipedia
清水光美(しみず みつみ、1888年(明治21年)3月16日 - 1971年(昭和46年)5月5日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の長野県出身者    全国の松本市出身者
海軍兵学校出身      長野県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
長野県松本深志高等学校出身      全国の長野県松本深志高等学校の出身者
 615  小松輝久Wikipedia
小松 輝久(こまつ てるひさ、1888年(明治21年)8月12日 - 1970年(昭和45年)11月5日)は、北白川宮家出身の華族、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。皇族時代は(北白川宮)輝久王(てるひさおう)という。従二位勲一等侯爵。墓所は東京都文京区にある護国寺。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者
 616  草場辰巳    滋賀県 出身Wikipedia
草場 辰巳(くさば たつみ、1888年1月2日 - 1946年9月20日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の滋賀県出身者
 617  竹原三郎    熊本県 出身Wikipedia
竹原 三郎(たけはら さぶろう、1888年(明治21年)2月10日 - 1948年(昭和23年)6月21日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の熊本県出身者
 618  百武晴吉    佐賀県 出身Wikipedia
百武 晴吉(ひゃくたけ はるよし/せいきち/はるきち、1888年(明治21年)5月25日 - 1947年(昭和22年)3月10日)は、大正?昭和期の日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。佐賀県出身。
全国の佐賀県出身者
 619  高橋伊望    福島県 出身Wikipedia
高橋 伊望(たかはし いぼう、1888年(明治21年)4月20日 - 1947年(昭和22年)3月18日)は日本の海軍軍人。太平洋戦争において司令長官職を歴任した海軍中将である。
全国の福島県出身者
海軍兵学校出身      福島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
福島県立相馬高等学校出身      全国の福島県立相馬高等学校の出身者

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 620  麦倉俊三郎    栃木県 出身Wikipedia
麦倉 俊三郎(むぎくら しゅんざぶろう、1888年(明治21年)11月1日 - 1969年(昭和44年)7月7日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の栃木県出身者
陸軍士官学校出身      栃木県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
栃木県立宇都宮高等学校出身      全国の栃木県立宇都宮高等学校の出身者
 621  桑原虎雄    東京都 出身Wikipedia
桑原 虎雄(くわばら とらお、1887年(明治20年)10月26日 - 1975年(昭和50年)6月5日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の東京都出身者
海軍兵学校出身      東京都出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 622  松田竹太郎Wikipedia
松田 竹太郎(まつだ たけたろう、1887年(明治20年)1月16日 - 1944年(昭和19年)5月8日)は、日本の工学者・海軍軍人。最終階級は、海軍少将。 東京府立工業奨励館・東京商工奨励館館長などを歴任。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 623  塚原二四三    福井県 南アルプス市 出身Wikipedia
塚原 二四三 (つかはら にしぞう、1887年(明治20年)4月3日 - 1966年(昭和41年)3月6日)は日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。
全国の福井県出身者    全国の南アルプス市出身者
山梨県立甲府第一高等学校出身      全国の山梨県立甲府第一高等学校の出身者
 624  黒田重徳    福岡県 出身Wikipedia
黒田 重徳(くろだ しげのり、1887年10月25日 - 1964年4月30日)は、大日本帝国陸軍の軍人。陸軍中将。
全国の福岡県出身者
陸軍士官学校卒出身      福岡県出身の陸軍士官学校卒の出身者      全国の陸軍士官学校卒の出身者
福岡県立伝習館高等学校出身      全国の福岡県立伝習館高等学校の出身者
 625  酒井隆    広島県  東広島市 出身Wikipedia
酒井 隆(さかい たかし、1887年10月18日 - 1946年9月30日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。太平洋戦争勃発時に第23軍司令官として香港を攻略した。
全国の広島県出身者    全国の 東広島市出身者
陸軍士官学校出身      広島県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
兵庫県立神戸高等学校出身      全国の兵庫県立神戸高等学校の出身者
 626  新見政一Wikipedia
新見 政一(にいみ まさいち、1887年(明治20年)2月4日 - 1993年(平成5年)4月2日)は、日本の海軍軍人、戦史研究家。最終階級は海軍中将。
海軍砲術学校出身      全国の海軍砲術学校の出身者
広島県立忠海高等学校出身      全国の広島県立忠海高等学校の出身者
 627  石井常次郎    大阪府 出身Wikipedia
石井 常次郎(いしい つねじろう、1887年11月18日 - 1951年1月16日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の大阪府出身者
 628  春日篤    長野県 出身Wikipedia
春日 篤(かすが あつし、1887年10月4日 - 1976年2月11日)は、長野県下高井郡穂波村佐野(現在、山ノ内町)出身の日本の帝国海軍軍人。最終階級は海軍少将。
全国の長野県出身者
 629  岡部直三郎Wikipedia
岡部 直三郎(おかべ なおざぶろう、1887年9月30日 - 1946年11月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。北支那方面軍総司令官、第3方面軍司令官、第6方面軍司令官。
崇徳学園出身      全国の崇徳学園の出身者

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 630  雪下勝美    福島県 出身Wikipedia
雪下 勝美(ゆきした かつみ、1887年(明治20年)3月12日 - 1967年(昭和42年)5月27日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争時にアルゼンチン大使館附武官兼チリ公使館附武官を務めた海軍少将である。
全国の福島県出身者
 631  松井太久郎    福岡県 出身Wikipedia
松井 太久郎(まつい たくろう、1887年12月3日 - 1969年6月10日)は、日本陸軍の軍人。陸士22期、陸大29期。最終階級は陸軍中将。
全国の福岡県出身者
陸軍士官学校出身      福岡県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
福岡県立東筑高等学校出身      全国の福岡県立東筑高等学校の出身者
 632  阿南惟幾Wikipedia
阿南 惟幾(あなみ これちか)は、1887年(明治20年)2月21日 - 1945年(昭和20年)8月15日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将正三位勲一等功三級。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
徳島県立城南高等学校出身      全国の徳島県立城南高等学校の出身者
 633  沼田徳重    茨城県 出身Wikipedia
沼田 徳重(ぬまた とくしげ、1887年(明治20年)7月17日 - 1939年(昭和14年)8月12日)は、日本の陸軍軍人。陸軍中将正四位勲一等功二級。茨城県出身。
全国の茨城県出身者
陸軍士官学校出身      茨城県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
茨城県立太田第一高等学校出身      全国の茨城県立太田第一高等学校の出身者
 634  沢田茂    高知県 高知市 出身Wikipedia
沢田 茂(さわだ しげる、1887年(明治20年)3月29日 - 1980年(昭和55年)12月1日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の高知県出身者    全国の高知市出身者
陸軍士官学校出身      高知県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
高知県立高知小津高等学校出身      全国の高知県立高知小津高等学校の出身者
 635  安藤忠一郎    秋田県 出身Wikipedia
安藤 忠一郎(あんどう ちゅういちろう、1887年(明治20年)11月9日 - 1954年(昭和29年)1月11日)は大日本帝国陸軍の軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の秋田県出身者
秋田県立秋田高等学校出身      全国の秋田県立秋田高等学校の出身者
 636  後藤英次    秋田県 出身Wikipedia
後藤 英次(ごとう えいじ、1887年11月5日 - 1967年11月24日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の秋田県出身者
秋田県立秋田高等学校出身      全国の秋田県立秋田高等学校の出身者
 637  安達東三郎    愛媛県 出身Wikipedia
安達 東三郎(あだち とうさぶろう、1887年(明治20年) - 1915年(大正4年)3月6日)は、日本の海軍軍人で海軍航空草創期の搭乗員。試験飛行中に搭乗機が墜落し他の乗員二人とともに殉職したが、安達らの殉職は海軍搭乗員の日本国内における殉職としては最初の事例となった[注 1]。最終階級は海軍大尉。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
 638  矢野機    千葉県 出身Wikipedia
矢野 機(やの はかる、1887年3月27日 - 1992年2月10日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の千葉県出身者
陸軍士官学校出身      千葉県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 639  渋谷隆太郎    福井県 出身Wikipedia
渋谷 隆太郎(しぶや りゅうたろう、1887年4月5日 - 1973年4月8日)は、日本海軍軍人。最終階級は海軍中将。最後の海軍艦政本部長を勤める。杉政人、上田宗重らと同様に機関科出身者として最初の海軍大将候補であった。
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 640  牛島満    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
牛島 満(うしじま みつる、1887年(明治20年)7月31日 - 1945年(昭和20年)6月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将(中将から、戦死により即日大将に親任される)。鹿児島県鹿児島市出身。
全国の鹿児島県出身者    全国の鹿児島市出身者
陸軍士官学校出身      鹿児島県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
鹿児島県立鶴丸高等学校出身      全国の鹿児島県立鶴丸高等学校の出身者
 641  下村定    高知県 出身Wikipedia
下村 定(しもむら さだむ、1887年(明治20年)9月23日 - 1968年(昭和43年)3月25日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍大将。
全国の高知県出身者
陸軍士官学校出身      高知県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
石川県立金沢泉丘高等学校出身      全国の石川県立金沢泉丘高等学校の出身者
 642  田中静壱    兵庫県 出身Wikipedia
田中 静壱(たなか しずいち、1887年(明治20年)10月1日 - 1945年(昭和20年)8月24日)は、日本の陸軍軍人。官位は陸軍大将、従三位、勲一等瑞宝章、功三級金鵄勲章。
全国の兵庫県出身者
陸軍士官学校出身      兵庫県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
兵庫県立龍野高等学校出身      全国の兵庫県立龍野高等学校の出身者
 643  武井大助    茨城県 出身Wikipedia
武井 大助(たけい だいすけ、1887年(明治20年)4月25日 - 1972年(昭和47年)3月30日)は、日本の海軍軍人、実業家。最終階級は海軍主計中将。昭和産業・安田銀行・文化放送の元社長。1940年勲一等旭日大綬章受章。
全国の茨城県出身者
一橋大学出身      茨城県出身の一橋大学の出身者      全国の一橋大学の出身者
茨城県立土浦第一高等学校出身      全国の茨城県立土浦第一高等学校の出身者
 644  本間雅晴    新潟県 佐渡市 出身Wikipedia
本間 雅晴(ほんま まさはる、1887年(明治20年)11月27日 - 1946年(昭和21年)4月3日)は、日本の陸軍軍人。陸士19期、陸大27期(優等)。最終階級は陸軍中将。栄典は従三位勲一等。
全国の新潟県出身者    全国の佐渡市出身者
陸軍士官学校出身      新潟県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
新潟県立佐渡高等学校出身      全国の新潟県立佐渡高等学校の出身者
 645  斎藤元宏    山形県 出身Wikipedia
斎藤 元宏(さいとう もとひろ、1887年10月10日 - 1916年5月25日)は日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中尉。
全国の山形県出身者
 646  吉本貞一    徳島県 出身Wikipedia
吉本 貞一(よしもと ていいち、1887年3月23日 - 1945年9月14日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の徳島県出身者
陸軍士官学校出身      徳島県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 647  坂口静夫    熊本県 出身Wikipedia
坂口 静夫(さかぐち しずお、1887年1月17日 - 1947年3月23日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の熊本県出身者
 648  朝香宮鳩彦王Wikipedia
朝香宮鳩彦王(あさかのみや やすひこおう、1887年(明治20年)10月20日 - 1981年(昭和56年)4月12日)は日本の皇族、陸軍軍人。久邇宮朝彦親王の第8王子で、朝香宮初代当主。1947年(昭和22年)10月14日に皇族の身分を離れ、朝香鳩彦と名乗る。
陸軍士官学校出身      出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者
 649  東久邇宮稔彦王Wikipedia
東久邇宮 稔彦王(ひがしくにのみや なるひこおう、1887年(明治20年)12月3日 - 1990年(平成2年)1月20日)は、日本の皇族(旧皇族)、陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。位階は従二位。勲等は大勲位。功級は功一級。皇籍離脱後は東久邇 稔彦(ひがしくに なるひこ)を名乗った。世界連邦建設同盟(現世界連邦運動協会)名誉会長、第2代会長。
陸軍士官学校出身      出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者

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 650  平林盛人    長野県 安曇野市 出身Wikipedia
平林 盛人(ひらばやし もりと、1887年11月10日 - 1969年5月21日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。
全国の長野県出身者    全国の安曇野市出身者
陸軍士官学校出身      長野県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
長野県大町岳陽高等学校出身      全国の長野県大町岳陽高等学校の出身者
 651  南雲忠一    山形県 米沢市 出身Wikipedia
南雲 忠一(なぐも ちゅういち、1887年(明治20年)3月25日 - 1944年(昭和19年)7月6日)は、日本の海軍軍人。海兵36期。最終階級は海軍大将。サイパン島において自決。
全国の山形県出身者    全国の米沢市出身者
海軍兵学校出身      山形県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山形県立米沢興譲館高等学校出身      全国の山形県立米沢興譲館高等学校の出身者
 652  島津忠重    鹿児島県 出身Wikipedia
島津 忠重(しまづ ただしげ、1886年(明治19年)10月20日 - 1968年(昭和43年)4月9日)は、日本の海軍軍人、貴族院議員。
全国の鹿児島県出身者
海軍兵学校出身      鹿児島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者
 653  岩松義雄    愛知県 出身Wikipedia
岩松 義雄(いわまつ よしお、1886年5月3日 - 1958年4月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の愛知県出身者
愛知県立旭丘高等学校出身      全国の愛知県立旭丘高等学校の出身者
 654  小林宗之助    長野県 出身Wikipedia
小林 宗之助(こばやし そうのすけ、1886年10月2日 - 1975年3月17日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の長野県出身者
 655  佐々木到一Wikipedia
佐々木 到一(ささき とういち、1886年1月27日 - 1955年5月30日)は、日本の陸軍の軍人。陸士18期、陸大29期。最終階級は陸軍中将。陸軍きっての中国通で、蒋介石以下国民党領袖のほとんどと親しく、国民党の革命にも理解をよく理解を示した。人民服(中山装)の考案、デザインを行った事でも有名。
広島県立広島国泰寺高等学校出身      全国の広島県立広島国泰寺高等学校の出身者
 656  大島浩    岐阜県 恵那市 出身Wikipedia
大島 浩(おおしま ひろし、1886年(明治19年)4月19日 - 1975年(昭和50年)6月6日)は、日本の昭和期の陸軍軍人である。最終階級は陸軍中将。
全国の岐阜県出身者    全国の恵那市出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 657  沢本頼雄    山口県 出身Wikipedia
沢本 頼雄(さわもとよりお、1886年(明治19年)11月15日 - 1965年(昭和40年)6月29日)は、日本の海軍軍人。海軍兵学校36期、海軍大学校17期。最終階級は海軍大将。山口県出身。兵学校の同期生に南雲忠一大将、清水光美中将、塚原二四三大将、有栖川宮栽仁王少尉などがいる。
全国の山口県出身者
 658  山脇正隆    高知県 出身Wikipedia
山脇 正隆(やまわき まさたか、1886年(明治19年)3月2日 - 1974年(昭和49年)4月21日)は、日本の陸軍軍人、陸軍大将。官位は従三位勲一等功三級。
全国の高知県出身者
 659  上月良夫    熊本県 出身Wikipedia
上月 良夫(こうづき よしお、1886年11月7日 - 1971年4月3日)は、日本の陸軍軍人、陸軍中将。熊本県出身。陸士21期、陸大29期。
全国の熊本県出身者
熊本県立熊本高等学校出身      全国の熊本県立熊本高等学校の出身者

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 660  阿部平輔    宮城県 出身Wikipedia
阿部 平輔(あべ へいすけ、1886年(明治19年)12月18日 - 1943年(昭和18年)6月11日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の宮城県出身者
 661  国崎登    広島県 出身Wikipedia
国崎 登(くにさき のぼる、1886年(明治19年)8月20日 - 1960年(昭和35年)11月27日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の広島県出身者
修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者
 662  徳川圀順Wikipedia
徳川 圀順(とくがわ くにゆき、1886年(明治19年)12月13日 - 1969年(昭和44年)11月17日)は、日本の華族、政治家、陸軍軍人。水戸徳川家第13代当主。貴族院議長、日本赤十字社社長を務める。階級は陸軍歩兵少尉、爵位は侯爵、のち公爵。徳川光圀以来編纂を続けていた歴史書『大日本史』を完成させる。字は子行、号は涛山、諡号は明公。
陸軍士官学校出身      出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
筑波大学附属高等学校出身      全国の筑波大学附属高等学校の出身者
 663  塚田攻    茨城県 出身Wikipedia
塚田 攻(つかだ おさむ、1886年7月14日 - 1942年12月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の茨城県出身者
陸軍士官学校出身      茨城県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 664  小沢治三郎    宮崎県 出身Wikipedia
小沢 治三郎(小澤 治三郎, おざわ じさぶろう、1886年(明治19年)10月2日 - 1966年(昭和41年)11月9日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。海軍兵学校37期生。第31代となる最後の連合艦隊司令長官を務めた。
全国の宮崎県出身者
海軍兵学校出身      宮崎県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 665  磯谷廉介    兵庫県 出身Wikipedia
磯谷 廉介(いそがい れんすけ、1886年9月3日 - 1967年6月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。太平洋戦争期に日本占領下の香港で総督を務めた。
全国の兵庫県出身者
陸軍士官学校出身      兵庫県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
兵庫県立篠山鳳鳴高等学校出身      全国の兵庫県立篠山鳳鳴高等学校の出身者
 666  小須田勝造    長野県 出身Wikipedia
小須田 勝造(こすだ かつぞう、1886年2月20日 - 1977年12月26日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は陸軍中将。
全国の長野県出身者
麻布高等学校出身      全国の麻布高等学校の出身者
 667  今村均Wikipedia
今村 均(いまむら ひとし、1886年6月28日 - 1968年10月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。宮城県仙台市出身。
新潟県立新発田高等学校出身      全国の新潟県立新発田高等学校の出身者
 668  井上貞衛    熊本県 出身Wikipedia
井上 貞衛(いのうえ さだえ、1886年11月5日 - 1961年10月26日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の熊本県出身者
 669  近藤信竹    大阪府 出身Wikipedia
近藤 信竹(こんどう のぶたけ、1886年(明治19年)9月25日 - 1953年(昭和28年)2月19日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。
全国の大阪府出身者
海軍兵学校出身      大阪府出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
大阪府立天王寺高等学校出身      全国の大阪府立天王寺高等学校の出身者

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 670  喜多誠一    滋賀県 出身Wikipedia
喜多 誠一(きた せいいち、1886年(明治19年)12月20日 - 1947年(昭和22年)8月7日)は、昭和期の日本の陸軍軍人。階級は陸軍大将正三位勲一等功四級に至る。
全国の滋賀県出身者
 671  小松原道太郎    神奈川県 出身Wikipedia
小松原 道太郎(こまつばら みちたろう、1886年7月20日 - 1940年10月6日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の神奈川県出身者
 672  大川内傳七    佐賀県 出身Wikipedia
大川内 傳七(おおかわち でんしち、1886年(明治19年)9月2日 - 1958年(昭和33年)2月13日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。佐賀県塩田町出身。
全国の佐賀県出身者
 673  河辺正三    富山県 陸軍大将、インパール作戦時のビルマ方面軍司令官 出身Wikipedia
河辺 正三(かわべ まさかず、1886年12月5日 - 1965年3月2日)は、昭和初期の日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。富山県出身。ビルマ方面軍司令官、航空総軍司令官、第1総軍司令官を歴任した。インパール作戦を指揮した第15軍司令官牟田口廉也陸軍中将の上官でもあった。また、河辺虎四郎の兄でもある。陸士卒(19期)、陸大卒(27期)。
全国の富山県出身者    全国の陸軍大将、インパール作戦時のビルマ方面軍司令官出身者
 674  鈴木重康    石川県 出身Wikipedia
鈴木 重康(すずき しげやす、1886年(明治19年)9月1日 - 1957年(昭和32年)6月1日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の石川県出身者
 675  佐藤正四郎    新潟県 出身Wikipedia
佐藤 正四郎(さとう せいしろう、1886年(明治19年)10月25日 - 1958年(昭和33年)7月7日)は、日本の海軍軍人。二・二六事件において、東京に出動した海軍陸戦隊の指揮官を務めた海軍少将である。
全国の新潟県出身者
海軍兵学校出身      新潟県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
新潟県立長岡高等学校出身      全国の新潟県立長岡高等学校の出身者
 676  長崎守一Wikipedia
長崎 守一(ながさき もりいち、1886年(明治19年)9月12日 - 1968年(昭和43年)6月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。士候21期。阿部平輔陸軍中将、冨永信政陸軍大将、石原莞爾陸軍中将とは同期。栄典は従四位勲二等功四級。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 677  住山徳太郎    東京都 出身Wikipedia
住山 徳太郎(すみやま とくたろう、1886年(明治19年)5月1日 - 1962年(昭和37年)11月20日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の東京都出身者
海軍兵学校出身      東京都出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者
 678  和田秀穂    鹿児島県 出身Wikipedia
和田 秀穂(わだ ひでほ、1886年1月2日 - 1972年4月3日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の鹿児島県出身者
海城高等学校出身      全国の海城高等学校の出身者
 679  国府尽平    福島県 出身Wikipedia
國府 尽平(こうの じんぺい、1885年(明治18年) - 1956年(昭和31年)4月30日)は、日本の海軍軍人、医師。海軍中佐で予備役となった[注 1]のち、医学博士号を取得した。
全国の福島県出身者
海軍兵学校出身      福島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者

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 680  日比野正治    愛知県 出身Wikipedia
日比野 正治(ひびの まさはる、1885年(明治18年)2月2日 - 1947年(昭和22年)3月7日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の愛知県出身者
愛知県立旭丘高等学校出身      全国の愛知県立旭丘高等学校の出身者
 681  鷲津鈆平    愛知県 出身Wikipedia
鷲津 鈆平(わしづ しょうへい、1885年1月20日 - 1970年2月20日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の愛知県出身者
愛知県立旭丘高等学校出身      全国の愛知県立旭丘高等学校の出身者
 682  桑木崇明    広島県 出身Wikipedia
桑木 崇明(くわき たかあきら、1885年10月22日 - 1945年12月6日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の広島県出身者
広島県立広島国泰寺高等学校出身      全国の広島県立広島国泰寺高等学校の出身者
 683  佐藤三郎    福島県 出身Wikipedia
佐藤 三郎(さとう さぶろう、1885年6月24日 - 1938年8月19日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の福島県出身者
 684  小畑敏四郎    高知県 出身Wikipedia
小畑 敏四郎(おばた としろう、1885年(明治18年)2月19日 - 1947年(昭和22年)1月10日)は日本の陸軍軍人で陸軍中将。栄典は、正四位・勲一等(昭和20年8月19日時点)。高知県出身。
全国の高知県出身者
京都府立洛北高等学校出身      全国の京都府立洛北高等学校の出身者
 685  酒井鎬次    愛知県 出身Wikipedia
酒井 鎬次(さかい こうじ、明治18年(1885年)11月4日 - 昭和48年(1973年)3月2日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。鎬次を「たかつぐ」と読む文献もあり、注意を要する。
全国の愛知県出身者
陸軍士官学校出身      愛知県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
愛知県立岡崎高等学校出身      全国の愛知県立岡崎高等学校の出身者
 686  鹿野澄    鳥取県 米子市 出身Wikipedia
鹿野 澄(かの きよし、明治18年(1885年)8月23日 - 昭和34年(1959年)1月11日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は陸軍主計中将。
全国の鳥取県出身者    全国の米子市出身者
 687  山下奉文    高知県 大豊町 出身Wikipedia
山下 奉文(やました ともゆき、1885年(明治18年)11月8日 - 1946年(昭和21年)2月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将、位階勲等は従三位勲一等功三級。高知県長岡郡大杉村(現大豊町)出身。
全国の高知県出身者    全国の大豊町出身者
陸軍士官学校出身      高知県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
高知県立高知小津高等学校出身      全国の高知県立高知小津高等学校の出身者
 688  安井藤治    富山県 出身Wikipedia
安井 藤治(やすい とうじ、1885年10月11日 ? 1970年7月8日)は、明治?昭和の陸軍軍人、政治家。従三位勲一等。陸軍中将まで昇った後、鈴木貫太郎内閣の国務大臣(無任所)を務めた。
全国の富山県出身者
陸軍士官学校出身      富山県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
富山県立富山高等学校出身      全国の富山県立富山高等学校の出身者
 689  斎藤弥平太    香川県 三豊市 出身Wikipedia
斎藤 弥平太(さいとう やへいた、1885年(明治18年)9月28日 - 没年不詳(1953年(昭和28年)9月28日、戦時死亡宣告))は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の香川県出身者    全国の三豊市出身者
陸軍士官学校出身      香川県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
香川県立観音寺第一高等学校出身      全国の香川県立観音寺第一高等学校の出身者

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 690  儀峨徹二    福井県 出身Wikipedia
儀峨 徹二(ぎが てつじ、1885年(明治18年)4月29日 - 1965年(昭和40年)1月27日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の福井県出身者
 691  豊田副武    大分県 出身Wikipedia
豊田 副武(とよだ そえむ、1885年(明治18年)5月22日 - 1957年(昭和32年)9月22日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。第29代・第30代連合艦隊司令長官。最後となる第19代軍令部総長を務めた。
全国の大分県出身者
海軍兵学校出身      大分県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
大分県立杵築高等学校出身      全国の大分県立杵築高等学校の出身者
 692  野村直邦    鹿児島県 日置市 出身Wikipedia
野村 直邦(のむら なおくに、1885年(明治18)5月15日 - 1973年(昭和48)12月12日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。東條英機内閣の海軍大臣。
全国の鹿児島県出身者    全国の日置市出身者
海軍兵学校出身      鹿児島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
鹿児島県立鶴丸高等学校出身      全国の鹿児島県立鶴丸高等学校の出身者
 693  藤江恵輔    兵庫県 出身Wikipedia
藤江 恵輔(ふじえ けいすけ、1885年(明治18年)11月8日 - 1969年(昭和44年)2月27日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の兵庫県出身者
陸軍士官学校出身      兵庫県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
兵庫県立龍野高等学校出身      全国の兵庫県立龍野高等学校の出身者
 694  豊田貞次郎Wikipedia
豊田 貞次郎(とよだ ていじろう、1885年(明治18年)8月7日 - 1961年(昭和36年)11月21日)は、日本の海軍軍人、政治家、実業家。最終階級は海軍大将。海兵33期首席。和歌山県出身。紀伊田辺藩士・豊田信太郎の次男。従二位勲一等。
東京外国語大学出身      全国の東京外国語大学の出身者
大阪府立天王寺高等学校出身      全国の大阪府立天王寺高等学校の出身者
 695  板垣征四郎    岩手県 岩手町 出身Wikipedia
板垣 征四郎(いたがき せいしろう、1885年(明治18年)1月21日 - 1948年(昭和23年)12月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。栄典は正三位・勲一等・功二級。満州国軍政部最高顧問、関東軍参謀長、陸軍大臣などを務めた。
全国の岩手県出身者    全国の岩手町出身者
陸軍士官学校出身      岩手県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
岩手県立盛岡第一高等学校出身      全国の岩手県立盛岡第一高等学校の出身者
 696  平田昇    東京都 出身Wikipedia
平田 昇(ひらた のぼる、1885年12月1日 - 1958年5月19日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の東京都出身者
海軍兵学校出身      東京都出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
筑波大学附属高等学校出身      全国の筑波大学附属高等学校の出身者
 697  渡久雄    東京都 出身Wikipedia
渡 久雄(わたり ひさお、1885年(明治18年)10月7日 - 1939年(昭和14年)1月2日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の東京都出身者
陸軍士官学校出身      東京都出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 698  吉田善吾Wikipedia
吉田 善吾(よしだ ぜんご、明治18年(1885年)2月14日 - 昭和41年(1966年)11月14日)は、日本の海軍軍人。海軍大将。海軍大臣、連合艦隊司令長官を歴任した。
佐賀県立佐賀西高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀西高等学校の出身者
 699  古賀峯一Wikipedia
古賀 峯一(こが みねいち、1885年(明治18年)9月25日 - 1944年(昭和19年)3月31日)は、日本の海軍軍人。第28代連合艦隊司令長官。海軍乙事件にて殉職。最終階級は、殉職による特旨で元帥海軍大将。
佐賀県立佐賀西高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀西高等学校の出身者

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 700  前田利為    石川県 出身Wikipedia
前田 利為(まえだ としなり、1885年(明治18年)6月5日 - 1942年(昭和17年)9月5日)は、日本の華族、陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。旧加賀藩主前田本家第16代目当主(侯爵)である。
全国の石川県出身者
 701  片桐英吉    山形県 米沢市 出身Wikipedia
片桐 英吉(かたぎり えいきち、1885年9月24日 - 1972年8月16日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の山形県出身者    全国の米沢市出身者
海軍兵学校出身      山形県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山形県立米沢興譲館高等学校出身      全国の山形県立米沢興譲館高等学校の出身者
 702  下村正助    山形県 米沢市 出身Wikipedia
下村 正助(しもむら しょうすけ、1885年(明治18年)1月9日 - 1953年(昭和28年)7月30日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。山形県米沢市出身。
全国の山形県出身者    全国の米沢市出身者
海軍兵学校出身      山形県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山形県立米沢興譲館高等学校出身      全国の山形県立米沢興譲館高等学校の出身者
 703  有馬寛    和歌山県 出身Wikipedia
有馬 寛(ありま ゆたか、1885年2月14日 - 1951年1月31日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の和歌山県出身者
海軍兵学校出身      和歌山県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 704  東條英機Wikipedia
東條 英機(とうじょう ひでき、1884年(明治17年)7月30日(戸籍上は12月30日) - 1948年(昭和23年)12月23日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級位階勲等功級は陸軍大将従二位勲一等功二級。現在の百科事典や教科書等では新字体で東条 英機と表記されることが多い[注 3]。軍人および政治家として関東軍参謀長(第10代)、陸軍航空総監(初代)、陸軍大臣(第50-52代)、内閣総理大臣(第40代)、内務大臣(第64代)、外務大臣(第66代)、文部大臣(第53代)、商工大臣(第25代)、軍需大臣(初代)などを歴任した。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 705  荻洲立兵    愛知県 出身Wikipedia
荻洲 立兵(おぎす りっぺい、1884年1月24日 - 1949年12月22日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の愛知県出身者
愛知県立旭丘高等学校出身      全国の愛知県立旭丘高等学校の出身者
 706  永田鉄山    長野県 出身Wikipedia
永田 鉄山(ながた てつざん、1884年(明治17年)1月14日 - 1935年(昭和10年)8月12日)は、日本の陸軍軍人。統制派の中心人物。陸軍中央幼年学校を2位、陸軍士官学校を首席、陸軍大学校も2位で卒業、参謀本部第2部長、歩兵第1旅団長などを歴任する。軍務官僚として常に本流を歩み「将来の陸軍大臣」「陸軍に永田あり」「永田の前に永田なく、永田の後に永田なし」と評される秀才だったが、陸軍内部の統制派と皇道派の抗争に関連して相沢三郎陸軍中佐に殺害される。死亡時は、陸軍省軍務局長で階級は陸軍少将。陸軍三羽烏の一人。
全国の長野県出身者
 707  柴平四郎    福島県 出身Wikipedia
柴 平四郎(しば へいしろう、1884年(明治17年)5月3日 - 1935年(昭和10年)3月29日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の福島県出身者
 708  中村亀三郎    高知県 出身Wikipedia
中村 亀三郎(なかむら かめざぶろう、1884年1月28日 - 1944年11月2日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
全国の高知県出身者
京都府立洛北高等学校出身      全国の京都府立洛北高等学校の出身者
 709  坂野常善Wikipedia
坂野 常善(さかの つねよし、1884年(明治17年)12月1日 - 1971年(昭和46年)9月21日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
岡山県立岡山朝日高等学校出身      全国の岡山県立岡山朝日高等学校の出身者

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 710  小槙和輔    和歌山県 有田川町 出身Wikipedia
小槙 和輔(こまき わすけ、1884年(明治17年)12月10日 - 1932年(昭和7年)8月20日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。1932年ジュネーブ会議の全権随員。和歌山県鳥屋城村(現有田川町)出身。
全国の和歌山県出身者    全国の有田川町出身者
 711  飯田貞固    新潟県 出身Wikipedia
飯田 貞固(いいだ さだかた、1884年2月18日 - 1977年9月15日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の新潟県出身者
 712  中島知久平    群馬県 太田市 出身Wikipedia
中島 知久平(なかじま ちくへい、明治17年(1884年)1月1日 - 昭和24年(1949年)10月29日)は日本の海軍軍人、実業家、政治家。中島飛行機(のちの富士重工業)の創始者として知られ、政治家に転じてからは大臣や政友会総裁を務めた。
全国の群馬県出身者    全国の太田市出身者
 713  鹿子木員信    東京都 出身Wikipedia
鹿子木 員信(かのこぎ かずのぶ、1884年(明治17年)11月3日 - 1949年(昭和24年)12月23日)は、日本の哲学者、海軍軍人。最終階級は海軍機関中尉。
全国の東京都出身者
京都大学出身      東京都出身の京都大学の出身者      全国の京都大学の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 714  江口卯吉    熊本県 出身Wikipedia
江口 卯吉(えぐち うきち、1884年(明治17年) -)は、日本陸軍の軍人。階級は陸軍歩兵中佐。武道の称号は大日本武徳会銃剣術教士、剣道教士。
全国の熊本県出身者
 715  高須四郎    茨城県 出身Wikipedia
高須 四郎(たかす しろう、1884年10月27日 - 1944年9月2日)は、日本の海軍軍人。海兵35期。最終階級は海軍大将。
全国の茨城県出身者
茨城県立土浦第一高等学校出身      全国の茨城県立土浦第一高等学校の出身者
 716  小池正晁    山形県 出身Wikipedia
小池 正晁(こいけ まさあき、明治17年(1884年)2月23日 - 昭和16年(1941年)6月18日)は、日本陸軍の軍人。貴族院議員・陸軍軍医総監・正三位・勲二等・医学博士・男爵。男爵・小池正直の長男。東京市小石川(現・東京都文京区小石川)出身。
全国の山形県出身者
東京大学出身      山形県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 717  林大八    山形県 出身Wikipedia
林 大八(はやし だいはち、1884年(明治17年)9月15日 - 1932年(昭和7年)3月1日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。従四位・勲三等・功三級。鶴岡鷹匠町(現・鶴岡市)出身。陸軍少尉の林八郎は次男。
全国の山形県出身者
 718  永持源次    東京都 出身Wikipedia
永持 源次(ながもち げんじ、1884年7月23日 - 1978年8月18日)は、日本の陸軍軍人、実業家。陸軍砲工学校長。最終階級は陸軍中将。
全国の東京都出身者
陸軍士官学校出身      東京都出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
筑波大学附属高等学校出身      全国の筑波大学附属高等学校の出身者
 719  徳川好敏Wikipedia
徳川 好敏(とくがわ よしとし、1884年(明治17年)7月24日 - 1963年(昭和38年)4月17日)は、日本の陸軍軍人、華族。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
筑波大学附属高等学校出身      全国の筑波大学附属高等学校の出身者

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 720  穂積律之助    東京都 出身Wikipedia
穂積 律之助(ほずみ りつのすけ、1884年(明治17年)8月13日 ? 1959年(昭和34年)2月23日)は、日本の工学者、大日本帝国海軍軍人。最終階級は海軍造船少将。
全国の東京都出身者
東京大学出身      東京都出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
筑波大学附属高等学校出身      全国の筑波大学附属高等学校の出身者
 721  真崎勝次Wikipedia
眞崎 勝次(まさき かつじ、1884年12月22日 - 1966年10月15日)は、日本海軍の軍人、政治家。最終階級は海軍少将。衆議院議員。
佐賀県立佐賀西高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀西高等学校の出身者
 722  寺本武治    島根県 出身Wikipedia
寺本 武治(てらもと たけじ、1884年2月25日 - 1958年12月2日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
全国の島根県出身者
海軍兵学校出身      島根県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
兵庫県立神戸高等学校出身      全国の兵庫県立神戸高等学校の出身者
 723  山本五十六    新潟県 長岡市 出身Wikipedia
山本 五十六(やまもと いそろく、1884年(明治17年)4月4日 - 1943年(昭和18年)4月18日)は、日本の海軍軍人。第26、27代連合艦隊司令長官。海軍兵学校32期生。最終階級は元帥海軍大将。前線視察の際、ブーゲンビル島上空で戦死(海軍甲事件)。旧姓は高野。
全国の新潟県出身者    全国の長岡市出身者
海軍兵学校出身      新潟県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
新潟県立長岡高等学校出身      全国の新潟県立長岡高等学校の出身者
 724  藤田進    石川県 出身Wikipedia
藤田 進(ふじた すすむ、1884年12月21日 - 1959年2月7日)は、日本の陸軍軍人。第13軍司令官、第3師団長等を歴任した。階級は陸軍中将勲一等功二級。石川県出身。
全国の石川県出身者
 725  安藤利吉Wikipedia
安藤 利吉(あんどう りきち、1884年(明治17年)4月3日 - 1946年(昭和21年)4月19日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将正三位勲一等功二級。陸軍士官学校16期、陸軍大学校26期(恩賜)。台湾総督(第19代)。
宮城県仙台第二高等学校出身      全国の宮城県仙台第二高等学校の出身者
 726  松下元    福岡県 出身Wikipedia
松下 元(まつした はじめ、1884年8月10日 - 1953年12月1日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。海軍兵学校で教育に使われた「五省」の考案者として知られる。
全国の福岡県出身者
海軍兵学校出身      福岡県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
福岡県立明善高等学校出身      全国の福岡県立明善高等学校の出身者
 727  岡村寧次    東京都 出身Wikipedia
岡村 寧次(おかむら やすじ、1884年(明治17年)5月15日 - 1966年(昭和41年)9月2日)は、日本の陸軍軍人。支那派遣軍総司令官、北支那方面軍司令官、第11軍司令官等を歴任し、官位は陸軍大将勲一等功一級に昇る。父は江戸幕府に仕えた岡村寧永。元妻の星野理枝と死別した後、貴族院議員・加藤宇兵衛の娘と再婚する。陸軍三羽烏の一人。
全国の東京都出身者
早稲田高等学校出身      全国の早稲田高等学校の出身者
 728  土肥原賢二    岡山県 出身Wikipedia
土肥原 賢二(どいはら けんじ、明治16年(1883年)8月8日 - 昭和23年(1948年)12月23日)は、日本の陸軍軍人。謀略部門のトップとして満州国建国及び華北分離工作に中心的役割を果たす。昭和20年4月には、陸軍三長官(陸軍大臣、参謀総長、教育総監)の一つ、教育総監も務めた。敗戦後、三長官会議で東久邇宮内閣の陸軍大臣に推挙されたが、下村定が就任。
全国の岡山県出身者
 729  藤井重郎    福島県 出身Wikipedia
藤井 重郎(ふじい じゅうろう、1883年(明治16年)7月18日 - 1937年(昭和12年)8月21日)は、日本の陸軍軍人。歩兵大佐で予備役となったのち、靖安軍司令官に就任し、熱河支隊長として戦死した。最終階級は陸軍少将、満州国陸軍中将。
全国の福島県出身者

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 730  水城圭次    長野県 出身Wikipedia
水城 圭次(みずしろ けいじ、1883年(明治17年)11月10日 - 1927年(昭和2年)12月26日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。
全国の長野県出身者
 731  橋本虎之助    愛知県 出身Wikipedia
橋本 虎之助(はしもと とらのすけ、1883年(明治16年)6月6日 - 1952年(昭和27年)1月26日)は、大日本帝国陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。愛知県出身。
全国の愛知県出身者
京都府立洛北高等学校出身      全国の京都府立洛北高等学校の出身者
 732  安達十六    千葉県 出身Wikipedia
安達 十六(あだち じゅうろく、1883年(明治16年)1月18日 - 1964年4月6日)は、日本の陸軍軍人。舞鶴要塞司令官を務め、階級は陸軍少将に至る。陸軍教授安達松太郎の子で、弟に安達十九陸軍中将・第18軍司令官安達二十三陸軍中将が、義理の叔父に陸軍大臣石本新六陸軍中将男爵がいる。石本寅三陸軍中将・石本五雄陸軍少将は従兄弟。
全国の千葉県出身者
 733  上村清太郎    秋田県 出身Wikipedia
上村 清太郎(うえむら せいたろう、1883年(明治16年)10月15日 - 1947年(昭和22年)3月11日)は大日本帝国陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の秋田県出身者
秋田県立秋田高等学校出身      全国の秋田県立秋田高等学校の出身者
 734  遊佐幸平    宮城県 出身Wikipedia
遊佐 幸平(ゆさ こうへい、1883年7月25日 - 1966年11月25日)は、日本の陸軍軍人。「馬の神様」の異名があった馬術家で、日露戦争では騎兵として戦功をあげ、個人感状を授与される。個人技としての馬術、調教にも優れたが、馬政方面でも功績があった。最終階級は陸軍少将。
全国の宮城県出身者
 735  太田質平    新潟県 出身Wikipedia
太田 質平(おおた しちへい、1883年(明治16年)6月16日 - 1941年(昭和16年)6月16日)は、日本の海軍軍人。日本海軍軍人の標語であった『スマートで目先が利いて几帳面 負けじ魂 これぞ船乗り』を創ったといわれる人物である。最終階級は海軍少将。
全国の新潟県出身者
 736  小林省三郎    新潟県 出身Wikipedia
小林 省三郎(こばやし せいざぶろう、1883年(明治16年)9月5日 - 1956年(昭和31年)4月22日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。五・一五事件の黒幕とも言われる人物である。
全国の新潟県出身者
 737  井上二三雄    群馬県 出身Wikipedia
井上 二三雄(いのうえ ふみお)、1883年(明治16年)12月25日 - 1919年(大正8年)3月5日)は、日本の海軍軍人。海軍航空草創期の搭乗員の一人で、第一次世界大戦において日本初の航空作戦に参戦し、のちに殉職した。最終階級は海軍中佐。井上日召は弟。
全国の群馬県出身者
海軍兵学校出身      群馬県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
群馬県立沼田高等学校出身      全国の群馬県立沼田高等学校の出身者
 738  蓮沼蕃    石川県 出身Wikipedia
蓮沼 蕃(はすぬま しげる、1883年3月26日 - 1954年2月20日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将、勲等は勲一等功二級。石川県出身。
全国の石川県出身者
陸軍士官学校出身      石川県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 739  松井命    福井県 出身Wikipedia
松井 命(まつい まこと、1883年12月12日 - 1970年9月29日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。日野重工業社長。
全国の福井県出身者

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 740  津田静枝    福井県 出身Wikipedia
津田 静枝(つだ しずえ、1883年(明治16年)4月11日 - 1964年(昭和39年)9月13日)は、大日本帝国海軍の軍人。最終階級は海軍中将。福井県福井市出身。
全国の福井県出身者
 741  河本大作    兵庫県 佐用町 出身Wikipedia
河本 大作(こうもと だいさく、1883年(明治16年)1月24日 - 1955年(昭和30年)8月25日)は、昭和初期に活動した日本の陸軍軍人。張作霖爆殺事件の首謀者として知られる。
全国の兵庫県出身者    全国の佐用町出身者
陸軍士官学校出身      兵庫県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
兵庫県立篠山鳳鳴高等学校出身      全国の兵庫県立篠山鳳鳴高等学校の出身者
 742  堀悌吉    大分県 杵築市 出身Wikipedia
堀 悌吉(ほり ていきち、1883年(明治16年)8月16日 - 1959年(昭和34年)5月12日)は日本の海軍軍人。大分県杵築市出身。
全国の大分県出身者    全国の杵築市出身者
海軍兵学校出身      大分県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
大分県立杵築高等学校出身      全国の大分県立杵築高等学校の出身者
 743  大野寛    愛知県 出身Wikipedia
大野 寛(おおの ひろし、1883年3月31日 - 1956年10月6日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。旧姓、磯村。
全国の愛知県出身者
 744  長谷川清    福井県 出身Wikipedia
長谷川 清(はせがわ きよし、1883年(明治16年)5月7日 - 1970年(昭和45年)9月2日)は、日本の海軍軍人。最終階級は正三位 勲一等 功一級 海軍大将。福井県足羽郡社村(現・福井市)出身。
全国の福井県出身者
福井県立藤島高等学校出身      全国の福井県立藤島高等学校の出身者
 745  安藤三郎    栃木県 出身Wikipedia
安藤 三郎(あんどう さぶろう、1883年12月24日 - 1963年8月1日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の栃木県出身者
東京都立戸山高等学校出身      全国の東京都立戸山高等学校の出身者
 746  塩沢幸一    長野県 中川村 出身Wikipedia
塩沢 幸一(しおざわ こういち、1883年(明治16年)3月5日 - 1943年(昭和18年)11月17日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。長野県伊那郡大草村(現上伊那郡中川村)出身。実家は養命酒で有名な養命酒製造で塩沢はその四男。妻すがは代議士・北原阿智之助次女。文芸評論家の中沢臨川は次兄。
全国の長野県出身者    全国の中川村出身者
海軍兵学校出身      長野県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
長野県松本深志高等学校出身      全国の長野県松本深志高等学校の出身者
 747  及川古志郎    新潟県 古志郡 出身Wikipedia
及川 古志郎(おいかわ こしろう、1883年(明治16年)2月8日 - 1958年(昭和33年)5月9日)は、日本の海軍軍人。新潟県古志郡出身。海兵31期。海軍大学校13期。最終階級は海軍大将。第2次近衛内閣・第3次近衛内閣で海軍大臣。第18代軍令部総長。
全国の新潟県出身者    全国の古志郡出身者
海軍兵学校出身      新潟県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
岩手県立盛岡第一高等学校出身      全国の岩手県立盛岡第一高等学校の出身者
 748  園部和一郎    熊本県 出身Wikipedia
園部 和一郎(そのべ わいちろう、1883年3月29日 - 1963年3月18日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の熊本県出身者
 749  宇佐美興屋    東京都 出身Wikipedia
宇佐美 興屋(うさみ おきいえ、1883年1月27日 - 1970年9月27日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の東京都出身者
陸軍士官学校出身      東京都出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者

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 750  嶋田繁太郎    東京都 出身Wikipedia
嶋田 繁太郎(しまだ しげたろう、1883年(明治16年)9月24日 - 1976年(昭和51年)6月7日)は、日本の海軍軍人、政治家。海兵32期。最終階級は海軍大将。第47代海軍大臣。第17代軍令部総長。A級戦犯として終身刑。
全国の東京都出身者
海軍兵学校出身      東京都出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京高等学校出身      全国の東京高等学校の出身者
 751  植松練磨    福島県 南相馬市 出身Wikipedia
植松 練磨(うえまつ とうま、1883年4月30日 - 1948年8月22日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍少将。衆議院議員。
全国の福島県出身者    全国の南相馬市出身者
海軍兵学校出身      福島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
福島県立安積高等学校出身      全国の福島県立安積高等学校の出身者
 752  加藤隆義    広島県 出身Wikipedia
加藤 隆義(かとう たかよし、明治16年(1883年)3月20日 - 昭和30年(1955年)2月10日)は、大正から昭和期の日本の海軍軍人、華族。最終階級は海軍大将。子爵。広島県出身で旧姓は船越。同郷の加藤友三郎元帥から養子に迎えられ、以後加藤姓を名乗る。
全国の広島県出身者
海軍兵学校出身      広島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 753  井上継松    福井県 出身Wikipedia
井上 継松(いのうえ つぐまつ、1883年5月 - 1966年12月24日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の福井県出身者
海軍兵学校出身      福井県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 754  中島完一    岐阜県  下呂市 出身Wikipedia
中島 完一(なかしま かんいち、1882年(明治15年)2月3日 - 1943年(昭和18年)2月19日)は、大日本帝国陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の岐阜県出身者    全国の 下呂市出身者
 755  梅津美治郎    大分県 中津市 出身Wikipedia
梅津 美治郎(うめづ よしじろう[注釈 1]、1882年(明治15年)1月4日 - 1949年(昭和24年)1月8日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の大分県出身者    全国の中津市出身者
 756  出光万兵衛    福岡県 出身Wikipedia
出光 万兵衛(いでみつ まんべえ、1882年11月9日 - 1964年7月16日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。 スポーツキャスターの出光ケイは孫にあたる。
全国の福岡県出身者
海軍兵学校出身      福岡県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
福岡県立東筑高等学校出身      全国の福岡県立東筑高等学校の出身者
 757  谷寿夫    岡山県 出身Wikipedia
谷 寿夫(たに ひさお、1882年(明治15年)12月23日 - 1947年(昭和22年)4月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の岡山県出身者
陸軍士官学校出身      岡山県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
岡山県立岡山朝日高等学校出身      全国の岡山県立岡山朝日高等学校の出身者
 758  寺島健    和歌山県 田辺市 出身Wikipedia
寺島 健(てらじま けん、1882年(明治15年)9月23日 - 1972年(昭和47年)10月30日)は、日本の海軍軍人、政治家。海軍中将で予備役となったのち、東條内閣で逓信大臣、鉄道大臣を務めた。
全国の和歌山県出身者    全国の田辺市出身者
 759  多田駿    宮城県 出身Wikipedia
多田 駿(ただ はやお、1882年(明治15年)2月24日 - 1948年(昭和23年)12月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。宮城県仙台市生まれ。生家は旧仙台藩(伊達藩)士である。
全国の宮城県出身者

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 760  高松春治    富山県 出身Wikipedia
高松 梅治(たかまつうめじ、うめはる、明治15年1882年12月〜)とは、日本の軍人、学者、発明家である。無限軌道を発明したことで知られる。
全国の富山県出身者
慶應義塾大学出身      富山県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
富山県立富山高等学校出身      全国の富山県立富山高等学校の出身者
 761  角田政之助    群馬県 出身Wikipedia
角田 政之助(つのだ まさのすけ、1882年(明治15年)10月18日 - 1974年(昭和49年)1月24日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の群馬県出身者
陸軍士官学校出身      群馬県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
群馬県立沼田高等学校出身      全国の群馬県立沼田高等学校の出身者
 762  今井清    愛知県 出身Wikipedia
今井 清(いまい きよし、1882年9月10日 - 1938年1月22日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の愛知県出身者
 763  大塚堅之助    愛知県 出身Wikipedia
大塚 堅之助(おおつか けんのすけ、1882年(明治15年)7月2日)- 1962年(昭和37年)11月22日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の愛知県出身者
 764  有地十五郎    東京都 出身Wikipedia
有地 十五郎(ありち じゅうごろう、1882年10月22日 - 1947年11月8日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の東京都出身者
海軍兵学校出身      東京都出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
筑波大学附属高等学校出身      全国の筑波大学附属高等学校の出身者
 765  高橋三吉Wikipedia
高橋 三吉(たかはし さんきち、明治15年(1882年)8月24日 - 昭和41年(1966年)6月15日)は、大正から昭和期の日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 766  竹田宮恒久王Wikipedia
竹田宮恒久王(たけだのみや つねひさおう、1882年(明治15年)9月22日 - 1919年(大正8年)4月23日)は日本の皇族・陸軍軍人。
陸軍士官学校出身      出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者
 767  金子養三    広島県 出身Wikipedia
金子 養三(かねこ ようぞう、1882年(明治15年)6月11日 - 1941年(昭和16年)12月27日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。日本海軍の最初期の搭乗員で、また搭乗員経験者として最初の将官となった。日本海軍飛行機の元祖、また海鷲育ての親ともいわれる人物である。
全国の広島県出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 768  久村種樹    滋賀県 出身Wikipedia
久村 種樹(ひさむら たねき、1882年4月16日 - 1967年4月26日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の滋賀県出身者
 769  阿武天風    山口県 萩市 出身Wikipedia
阿武 天風(あぶ てんぷう、1882年(明治15年)9月8日 - 1928年(昭和3年)6月22日)は日本の軍人、小説家、編集者。雑誌『冒険世界』の主筆を務めるなどして、冒険小説を多く発表した。代表作に『太陽は勝てり』など。
全国の山口県出身者    全国の萩市出身者
海軍兵学校出身      山口県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山口県立萩高等学校出身      全国の山口県立萩高等学校の出身者

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 770  古荘幹郎    熊本県 出身Wikipedia
古荘 幹郎(ふるしょう もとお、1882年9月14日 - 1940年7月21日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の熊本県出身者
 771  伊藤精司    新潟県 出身Wikipedia
伊藤 精司(いとう せいじ、1882年(明治15年)3月1日 - 1964年(昭和39年)6月22日)は、日本陸軍の軍人。階級は陸軍少将。武道の称号は大日本武徳会銃剣術範士、剣道教士。流派は直心影流。
全国の新潟県出身者
陸軍士官学校出身      新潟県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
新潟県立新潟高等学校出身      全国の新潟県立新潟高等学校の出身者
 772  山岡重厚    東京都 出身Wikipedia
山岡 重厚(やまおか しげあつ、1882年(明治15年 )11月17日 - 1954年(昭和29年 )3月27日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の東京都出身者
陸軍士官学校出身      東京都出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 773  百武源吾    佐賀県 出身Wikipedia
百武 源吾(ひゃくたけ げんご、1882年(明治15年)1月28日 - 1976年(昭和51年)1月15日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。第7代九州帝国大学総長。佐賀県出身。兄・三郎と源吾は海軍兵学校を首席卒業し、ともに海軍大将となった日本海軍史上唯一の兄弟である。
全国の佐賀県出身者
海城高等学校出身      全国の海城高等学校の出身者
 774  中島今朝吾    大分県 出身Wikipedia
中島 今朝吾(なかしま けさご、1881年6月15日 - 1945年10月28日)は、日本の陸軍軍人。第16師団師団長、第4軍司令官、階級は陸軍中将。
全国の大分県出身者
海城高等学校出身      全国の海城高等学校の出身者
 775  常盤盛衛    福島県 出身Wikipedia
常盤 盛衛(ときわ もりえ、1881年(明治14年)12月8日 - 1971年(昭和46年)年8月8日)は、日本の海軍軍人。軍令部、艦隊、鎮守府、要港部などの参謀職を歴任した海軍少将である。
全国の福島県出身者
 776  溝部洋六    大分県 大分市 出身Wikipedia
溝部 洋六(みぞべ ようろく、1881年(明治14年)6月27日?1919年(大正8年)11月6日)は、大日本帝国海軍の軍人。最終階級は海軍大佐。大分市出身。
全国の大分県出身者    全国の大分市出身者
 777  籾山重幸    愛媛県 出身Wikipedia
籾山 重幸(もみやま しげゆき、1881年9月11日 - 1957年11月26日)は、日本海軍の軍人。 最終階級は海軍大佐。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
 778  山田乙三    長野県 出身Wikipedia
山田 乙三(やまだ おとぞう、1881年(明治14年)11月6日 - 1965年(昭和40年)7月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の長野県出身者
陸軍士官学校出身      長野県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 779  西尾寿造    鳥取県 鳥取市 出身Wikipedia
西尾 寿造(にしお としぞう、明治14年(1881年)10月31日 − 昭和35年(1960年)10月26日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将正三位勲一等功一級。初代支那派遣軍総司令官。
全国の鳥取県出身者    全国の鳥取市出身者
陸軍士官学校出身      鳥取県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
鳥取県立鳥取西高等学校出身      全国の鳥取県立鳥取西高等学校の出身者

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 780  乃木保典Wikipedia
乃木 保典(のぎ やすすけ、1881年(明治14年)12月16日 - 1904年(明治37年)11月30日)は、明治期の日本の陸軍軍人で陸軍大将・乃木希典、静子夫妻の次男。
陸軍士官学校出身      出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 781  竹垣純信    新潟県 出身Wikipedia
竹垣 純信(たけがき すみのぶ/じゅんしん、1881年(明治14年)2月 - 1917年(大正6年)6月11日)は、日本の海軍軍人。 第一次世界大戦で第11駆逐隊機関長を務め、地中海で戦死した機関中佐である。
全国の新潟県出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 782  中村孝太郎Wikipedia
中村 孝太郎(なかむら こうたろう、1881年8月28日‐1947年8月29日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。林内閣の陸軍大臣。石川県出身。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
石川県立金沢泉丘高等学校出身      全国の石川県立金沢泉丘高等学校の出身者
 783  香椎浩平    福岡県 出身Wikipedia
香椎 浩平(かしい こうへい、1881年(明治14年)1月25日 - 1954年(昭和29年)12月3日)は、日本陸軍の軍人。
全国の福岡県出身者
 784  魚潭Wikipedia
魚 潭(オ・ダム、1881年5月7日 ? 1943年7月5日)は、大韓帝国軍及び大日本帝国陸軍の軍人。日本統治時代の1940年に西川潭一(にしかわ・たんいち)と改名している[1]。
慶應義塾大学出身      出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 785  鹿江三郎    佐賀県 出身Wikipedia
鹿江 三郎(かのえ さぶろう 1881年(明治14年)10月6日 - 没年不詳)は、日本の海軍軍人、教育者。海軍砲術学校校長を務めた海軍少将であり、予備役後は逗子開成中学校長を務めた。
全国の佐賀県出身者
 786  渋谷伊之彦    高知県 出身Wikipedia
渋谷 伊之彦(しぶや いのひこ、1881年11月14日 - 1935年12月14日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の高知県出身者
陸軍士官学校出身      高知県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 787  下村忠助    山形県 米沢市 出身Wikipedia
下村 忠助(しもむら ちゅうすけ、1881年〈明治14年〉10月8日 - 1916年〈大正5年〉5月31日)は、日本の海軍軍人。 第一次世界大戦で観戦武官として戦死した海軍中佐である。海大甲種10期首席。正六位勲四等功四級。
全国の山形県出身者    全国の米沢市出身者
海軍兵学校出身      山形県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山形県立米沢興譲館高等学校出身      全国の山形県立米沢興譲館高等学校の出身者
 788  杉政人    岡山県 出身Wikipedia
杉政人(すぎ まさと、明治13年(1880年)8月13日 - 昭和26年(1951年)11月19日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。岡山県高梁市出身。
全国の岡山県出身者
 789  濱野英次郎    岡山県 出身Wikipedia
濱野 英次郎(はまの えいじろう、1880年(明治13年)5月24日 - 1952年(昭和27年)3月2日)は、日本の海軍軍人。美保関事件後に連合艦隊参謀長を務めた海軍中将である。
全国の岡山県出身者

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 790  末次信正    山口県 出身Wikipedia
末次 信正(すえつぐ のぶまさ、1880年(明治13年)6月30日[注 1] - 1944年(昭和19年)12月29日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍大将、従二位・勲一等。第1次近衛内閣の内務大臣。坊の岬沖海戦で戦死した末次信義海軍中佐は長男。
全国の山口県出身者
広島県立広島国泰寺高等学校出身      全国の広島県立広島国泰寺高等学校の出身者
 791  建川美次Wikipedia
建川 美次(たてかわ よしつぐ、1880年(明治13年)10月3日 - 1945年(昭和20年)9月9日)は、日本の陸軍軍人、外交官。最終階級は陸軍中将。栄典は勲一等功四級。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
新潟県立新潟高等学校出身      全国の新潟県立新潟高等学校の出身者
 792  深尾弘    福島県 出身Wikipedia
深尾 弘(ふかお ひろし、? - 明治13年〈1880年〉)は、日本の海軍軍人。草創期の海軍にあって英国に留学した海軍少尉補である。
全国の福島県出身者
 793  荒城二郎    北海道 札幌市 出身Wikipedia
荒城 二郎(あらき じろう、1880年(明治13年)11月6日 - 1952年(昭和27年)6月3日)は、北海道出身(本籍は東京都)の海軍軍人(中将)。兄の卓爾は陸軍少将。妹は井上達三の妻[2]で、井上成美とは縁戚関係にあった。
全国の北海道出身者    全国の札幌市出身者
 794  小磯國昭    山形県 宇都宮市 出身Wikipedia
小磯 國昭(こいそ くにあき、1880年(明治13年)3月22日 - 1950年(昭和25年)11月3日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。位階は従二位。勲等は勲一等。功級は功二級。
全国の山形県出身者    全国の宇都宮市出身者
陸軍士官学校出身      山形県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
山形県立山形東高等学校出身      全国の山形県立山形東高等学校の出身者
 795  水谷吉蔵    大阪府 出身Wikipedia
水谷 吉蔵(みずたに きちぞう、1880年(明治13年)8月30日 - 没年不明)は日本の陸軍軍人、政治学者。法政大学法学部教授、最終階級は陸軍輜重兵少佐。日本に初めて戦車を導入する際、イギリスに派遣された人物。
全国の大阪府出身者
法政大学出身      大阪府出身の法政大学の出身者      全国の法政大学の出身者
 796  林桂    和歌山県 出身Wikipedia
林 桂(はやし かつら、明治13年(1880年)11月15日 - 昭和36年(1961年)3月1日)は、日本の陸軍軍人。第5師団長、教育総監部本部長、陸軍省整備局長を歴任する。階級は陸軍中将で、昭和9年(1934年)勲一等旭日大綬章を受章する。
全国の和歌山県出身者
 797  須田實    秋田県 出身Wikipedia
須田 實(すだ みのる、1880年(明治13年)10月30日 - 没年不詳)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の秋田県出身者
秋田県立秋田高等学校出身      全国の秋田県立秋田高等学校の出身者
 798  永野修身    高知県 出身Wikipedia
永野 修身(ながの おさみ、1880年(明治13年)6月15日 - 1947年(昭和22年)1月5日)は、日本の海軍軍人、教育者。海軍兵学校28期、海軍大学校甲種8期。最終階級および栄典は元帥海軍大将従二位勲一等功五級。第24代連合艦隊司令長官。第38代海軍大臣。第16代軍令部総長。海軍三長官全てを経験した唯一の軍人。A級戦犯の容疑で東京裁判中に巣鴨プリズンにて病死。千葉工業大学の創設者。
全国の高知県出身者
海軍兵学校出身      高知県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
高知県立高知小津高等学校出身      全国の高知県立高知小津高等学校の出身者
 799  杉山元Wikipedia
杉山 元 (すぎやま げん/はじめ、1880年(明治13年)1月1日 - 1945年(昭和20年)9月12日)は、大日本帝国陸軍軍人。元帥陸軍大将、陸軍大臣、教育総監、太平洋戦争開戦時の参謀総長。福岡県出身。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
福岡県立育徳館高等学校出身      全国の福岡県立育徳館高等学校の出身者

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 800  深沢友彦    熊本県 熊本区藪内町(現・熊本市上通町) 出身Wikipedia
深沢 友彦(ふかざわ ともひこ、1880年(明治13年)7月20日 - 1970年(昭和45年)8月27日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。第10代八王子市長を務めた。
全国の熊本県出身者    全国の熊本区藪内町(現・熊本市上通町)出身者
 801  松井七夫    愛知県 出身Wikipedia
松井 七夫(まつい ななお/しちお、1880年3月15日 - 1943年2月20日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の愛知県出身者
 802  小磯国昭    山形県 出身Wikipedia
小磯 國昭(こいそ くにあき、1880年(明治13年)3月22日 - 1950年(昭和25年)11月3日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。位階は従二位。勲等は勲一等。功級は功二級。
全国の山形県出身者
 803  藤田尚徳    東京都 出身Wikipedia
藤田 尚徳(ふじた ひさのり、1880年(明治13年)10月30日 - 1970年(昭和45年)7月23日)は、日本の海軍軍人、神職、侍従長。軍人としての最終階級は海軍大将。
全国の東京都出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 804  立見豊丸Wikipedia
立見 豊丸(たつみ とよまる、1880年(明治13年)1月28日 ? 1942年(昭和17年)11月2日)は、大日本帝国陸軍軍人。貴族院子爵議員。陸軍政務次官。
陸軍士官学校出身      出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
筑波大学附属高等学校出身      全国の筑波大学附属高等学校の出身者
 805  宮脇長吉    香川県 出身Wikipedia
宮脇 長吉(みやわき ちょうきち、1880年2月5日 - 1953年2月16日)は、日本の陸軍軍人、政治家、実業家。最終階級は陸軍大佐。衆議院議員。紀行作家宮脇俊三の父。
全国の香川県出身者
 806  米内光政    岩手県 盛岡市 出身Wikipedia
米内 光政(よない みつまさ、1880年(明治13年)3月2日 - 1948年(昭和23年)4月20日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍大将。位階は従二位。勲等は勲一等。功級は功一級。第23代連合艦隊司令長官。第39-41、49-52代海軍大臣。第37代内閣総理大臣。
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 807  八角三郎    岩手県 盛岡市 出身Wikipedia
八角 三郎(やすみ さぶろう、1880年(明治13年)12月19日 - 1965年(昭和40年)1月20日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍中将、衆議院議員。
全国の岩手県出身者    全国の盛岡市出身者
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岩手県立盛岡第一高等学校出身      全国の岩手県立盛岡第一高等学校の出身者
 808  山室宗武    熊本県 出身Wikipedia
山室 宗武(やまむろ そうぶ、1880年10月21日 - 1963年10月31日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の熊本県出身者
 809  小林順一郎    新潟県 出身Wikipedia
小林 順一郎(こばやし じゅんいちろう、1880年1月3日 - 1963年11月20日)は、日本の陸軍砲兵大佐、実業家、右翼の黒幕、右翼団体三六倶楽部主宰者、大政翼賛会総務。戦後A級戦犯として逮捕された。新潟県長岡市出身。
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新潟県立長岡高等学校出身      全国の新潟県立長岡高等学校の出身者

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 810  安東昌喬    岐阜県 出身Wikipedia
安東 昌喬(あんどう まさたか、1880年5月28日 - 1956年4月7日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
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 811  今村信次郎    山形県 米沢市 出身Wikipedia
今村 信次郎(いまむら のぶじろう、1880年(明治13年)12月4日 - 1969年(昭和44年)9月1日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の山形県出身者    全国の米沢市出身者
海軍兵学校出身      山形県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山形県立米沢興譲館高等学校出身      全国の山形県立米沢興譲館高等学校の出身者
 812  岸本綾夫    岡山県 出身Wikipedia
岸本 綾夫(きしもと あやお、1879年6月27日 - 1946年11月28日)は、日本の陸軍軍人、東京市長。軍人としての最終階級は陸軍大将。
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 813  二宮治重    岡山県 出身Wikipedia
二宮 治重(にのみや はるしげ、1879年2月17日 - 1945年2月17日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。文部大臣。
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 814  高山輝義    福島県 出身Wikipedia
高山 輝義(たかやま てるよし、1879年(明治12年)10月4日 - 没年不詳)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍少将。第16代若松市長。
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 815  三ツ木秀治    福島県 出身Wikipedia
三ツ木 秀治(みつぎ ひではる、1879年(明治12年)9月30日 - 1952年(昭和27年)1月15日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は陸軍少将。 予備役後は京豊自動車工業社長などを勤めた。
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 816  佐久間勉    福井県 出身Wikipedia
佐久間 勉(さくま つとむ、1879年9月13日 - 1910年4月15日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大尉。
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 817  畑俊六    福島県 出身Wikipedia
畑 俊六(はた しゅんろく、1879年(明治12年)7月26日 - 1962年(昭和37年)5月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は元帥陸軍大将。偕行社会長。位階勲等は従二位勲一等功一級。
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東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 818  瀬川章友    山形県 新庄市 出身Wikipedia
瀬川 章友(せがわ のりとも、1879年(明治12年)3月6日 - 1938年(昭和13年)2月22日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の山形県出身者    全国の新庄市出身者
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 819  石原忍    東京都 出身Wikipedia
石原 忍(いしはら しのぶ、1879年9月25日 - 1963年1月3日)は、日本の医学者、眼科医、陸軍軍人(最終階級は軍医少将)。東京帝国大学教授。東京府生まれ。石原式色覚異常検査表視力検査表の考案者。視力、色覚、屈折異常など、機能検査表の研究をはじめ、先天性全色盲の発見、この分野の先駆者となった。最初の色神検査表は1929年の第13回国際眼科学会で国際的に認定された。
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 820  三宅篤夫    和歌山県 出身Wikipedia
三宅 篤夫(みやけ あつお、1879年10月19日 - 1961年9月25日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍少将。陸士12期憲兵科。和歌山県、士族出身。
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 821  相原四郎    愛媛県 出身Wikipedia
相原 四郎(あいばら しろう[注 1]、1879年(明治12年)10月2日 - 1911年(明治44年)1月8日)は、日本の海軍軍人。 日本海軍の最初の搭乗員であり、また日本初の航空事故犠牲者とする見解もある。相原は仏海軍士官ル・プリウール、田中舘愛橘と協力して日本で最初のグライダー製作および飛行の成功に貢献し自らも搭乗した。この成功は日本における航空工学に則った機体飛行の最初の事例であった[3]。最終階級は海軍大尉。
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愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
 822  岩佐禄郎    新潟県 出身Wikipedia
岩佐 禄郎(いわさ ろくろう、1879年4月3日 - 1938年8月3日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。第23代憲兵司令官。士官候補生15期。
全国の新潟県出身者
 823  櫻井忠温    愛媛県 出身Wikipedia
櫻井 忠温(さくらい ただよし、1879年(明治12年)6月11日 - 1965年(昭和40年)9月17日)は、日本陸軍軍人、作家。最終階級は陸軍少将。翻訳家、教育者の櫻井鴎村は実兄。木村駿吉の娘婿で海軍中将の櫻井忠武は実弟。
全国の愛媛県出身者
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 824  重岡信治郎    愛媛県 出身Wikipedia
重岡 信治郎(しげおか のぶじろう 1879年(明治12年)5月10日 - 1971年(昭和46年)1月16日)は、日本の海軍軍人。井出謙治らに続き、潜水艦の拡充に尽力した海軍中将である。 なお"重岡信次郎"とする資料もある。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
 825  寺内寿一    山口県 出身Wikipedia
寺内 寿一(てらうち ひさいち、旧字体: 寺?壽一、1879年(明治12年)8月8日 - 1946年(昭和21年)6月12日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は元帥陸軍大将。勲等は勲一等。爵位は伯爵。山口県出身。
全国の山口県出身者
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 826  秦真次    福岡県 出身Wikipedia
秦 真次(はた しんじ、1879年4月6日 - 1950年2月24日)は、日本の陸軍軍人、神職。最終階級は陸軍中将。
全国の福岡県出身者
皇學館大学出身      福岡県出身の皇學館大学の出身者      全国の皇學館大学の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 827  乃木勝典Wikipedia
乃木 勝典(のぎ かつすけ、1879年(明治12年)8月28日 - 1904年(明治37年)5月27日))は、明治時代の陸軍軍人で、乃木希典・静子夫妻の長男。戦死時の階級は陸軍歩兵少尉。戦死による一階級特進により、最終階級は陸軍歩兵中尉。
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 828  安藤紀三郎    兵庫県 出身Wikipedia
安藤 紀三郎(あんどう きさぶろう、1879年2月11日 - 1954年5月10日)は、日本の政治家、陸軍軍人。
全国の兵庫県出身者
陸軍士官学校出身      兵庫県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
兵庫県立篠山鳳鳴高等学校出身      全国の兵庫県立篠山鳳鳴高等学校の出身者
 829  斎藤瀏    長野県 出身Wikipedia
斎藤 瀏(さいとう りゅう、1879年4月16日 - 1953年7月5日)は、日本の陸軍軍人、歌人。最終階級は陸軍少将。長女の斎藤史は同じく歌人。
全国の長野県出身者
陸軍士官学校出身      長野県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
長野県松本深志高等学校出身      全国の長野県松本深志高等学校の出身者

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 830  大湊直太郎    山形県 出身Wikipedia
大湊 直太郎(おおみなと なおたろう、1879年(明治12年)7月1日 - 1958年(昭和33年)4月27日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の山形県出身者
 831  四王天延孝    埼玉県 出身Wikipedia
四王天 延孝(しおうてん のぶたか、1879年〈明治12年〉9月2日 - 1962年〈昭和37年〉8月8日)は、日本の陸軍軍人、政治家。ユダヤ陰謀論を唱え『シオン賢者の議定書』の邦訳などを行なった。最終階級は陸軍中将。衆議院議員。旧姓・西村。
全国の埼玉県出身者
 832  米村末喜    熊本県 出身Wikipedia
米村 末喜(よねむら すえき、1879年(明治11年)3月13日 - 1941年(昭和16年)12月27日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。航海術の権威であり、海軍部内で航海の神様と呼ばれた人物である。
全国の熊本県出身者
 833  岸井孝一    石川県 出身Wikipedia
岸井 孝一(きしい こういち、1879年(明治12年)11月21日 - 1960年(昭和35年)3月23日)は、日本の海軍軍人。第一次世界大戦において第二水雷戦隊、第二特務艦隊の各参謀を務める。最終階級は海軍少将。
全国の石川県出身者
 834  左近司政三    山形県 出身Wikipedia
左近司 政三(さこんじ せいぞう、1879年(明治12年)6月27日 - 1969年(昭和44年)8月30日)は、日本の海軍軍人。政治家。最終階級は海軍中将。第3次近衛文麿内閣の商工大臣。鈴木貫太郎内閣の国務大臣。
全国の山形県出身者
海城高等学校出身      全国の海城高等学校の出身者
 835  平賀譲    広島県 出身Wikipedia
平賀 譲(ひらが ゆずる、1878年(明治11年)3月8日 - 1943年(昭和18年)2月17日)は、日本の海軍軍人、工学者、華族。海軍技術中将従三位男爵、東京帝大総長、工学博士。東京府(現・東京都)生まれ、本籍地は広島県広島市。父は芸州藩士から維新政府に仕えた主計官。兄・徳太郎は海軍軍人。
全国の広島県出身者
東京大学出身      広島県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 836  中村良三    青森県 弘前市 出身Wikipedia
中村 良三(なかむら りょうぞう、1878年(明治11年)7月26日-1945年(昭和20年)3月1日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将、位階勲等は正三位 勲一等 功五級。米内内閣の内閣参議。
全国の青森県出身者    全国の弘前市出身者
青森県立弘前高等学校出身      全国の青森県立弘前高等学校の出身者
 837  岡本連一郎    和歌山県 出身Wikipedia
岡本 連一郎(おかもと れんいちろう、1878年1月21日 - 1934年2月23日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の和歌山県出身者
 838  川島義之    愛媛県 出身Wikipedia
川島 義之(かわしま よしゆき、明治11年(1878年)5月25日 - 昭和20年(1945年)9月8日)は日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。愛媛県生まれ。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
 839  松井石根Wikipedia
松井 石根(まつい いわね、明治11年(1878年)7月27日 - 昭和23年(1948年)12月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。荒尾精の信奉者として、「日中提携」「アジア保全」の運動に生涯をかけたが、ポツダム宣言受諾後、「南京事件」の責任を問われて極東国際軍事裁判(東京裁判)にて死刑判決(B級戦犯)を受け、処刑された。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者

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 840  清河純一    鹿児島県 出身Wikipedia
清河 純一(きよかわ じゅんいち、1878年1月7日 - 1935年3月1日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の鹿児島県出身者
海軍兵学校出身      鹿児島県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
大阪府立北野高等学校出身      全国の大阪府立北野高等学校の出身者
 841  厚東篤太郎Wikipedia
厚東 篤太郎(こうとう とくたろう、1878年7月22日 - 1958年9月18日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
陸軍士官学校出身      出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 842  高柳直夫    佐賀県 出身Wikipedia
高柳 直夫(たかやなぎ ただお、1878年5月4日 - 1904年(明治37年)5月3日)は、日本の海軍軍人。第三回旅順港閉塞作戦で「江戸丸」指揮官を務め戦死した海軍少佐である。従六位勲五等功五級。
全国の佐賀県出身者
 843  日野熊蔵    熊本県 人吉市 出身Wikipedia
日野 熊蔵(ひの くまぞう、1878年6月9日 - 1946年1月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍歩兵中佐。発明家としての一面も持ち、日本の航空界黎明期のパイロットの1人であった。
全国の熊本県出身者    全国の人吉市出身者
 844  西義一    福島県 出身Wikipedia
西 義一(にし よしかず、明治11年(1878年)1月1日 - 昭和16年(1941年)4月15日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将正三位勲一等功二級。
全国の福島県出身者
陸軍士官学校出身      福島県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
栃木県立宇都宮高等学校出身      全国の栃木県立宇都宮高等学校の出身者
 845  小林躋造Wikipedia
小林 躋造(こばやし せいぞう、1877年(明治10年)10月1日 - 1962年(昭和37年)7月4日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍大将。小磯國昭内閣の国務大臣。広島県広島市出身。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
広島県立福山誠之館高等学校出身      全国の広島県立福山誠之館高等学校の出身者
 846  藁谷勇三郎    福島県 出身Wikipedia
藁谷 勇三郎(わらがや[* 1] ゆうさぶろう、1877年(明治10年)4月24日 - 没年不明)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐。
全国の福島県出身者
 847  井上達三    宮城県 出身Wikipedia
井上 達三(いのうえ たつぞう、1877年(明治10年) - 1950年(昭和25年))は、大日本帝国陸軍の軍人。陸軍中将。
全国の宮城県出身者
東北学院大学出身      宮城県出身の東北学院大学の出身者      全国の東北学院大学の出身者
 848  山梨勝之進    宮城県 出身Wikipedia
山梨 勝之進(やまなし かつのしん、1877年(明治10年)7月26日 - 1967年(昭和42年)12月17日)は、日本の海軍の軍人。最終階級は海軍大将。従二位勲一等。
全国の宮城県出身者
学習院大学出身      宮城県出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者
 849  林仙之    熊本県 出身Wikipedia
林 仙之(はやし なりゆき、1877年1月5日 - 1944年5月31日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の熊本県出身者
陸軍士官学校出身      熊本県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者

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 850  漢那憲和    沖縄県 那覇市 出身Wikipedia
漢那 憲和(かんな けんわ、1877年9月6日 - 1950年7月29日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍少将。衆議院議員。海軍兵学校27期卒。
全国の沖縄県出身者    全国の那覇市出身者
海軍兵学校出身      沖縄県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
沖縄県立首里高等学校出身      全国の沖縄県立首里高等学校の出身者
 851  山本信次郎    神奈川県 藤沢市 出身Wikipedia
山本 信次郎(やまもと しんじろう、1877年(明治10年)12月22日 - 1942年(昭和17年)2月28日)は日本の海軍軍人、カトリック教会信徒。最終階級は海軍少将、正三位勲二等功五級。
全国の神奈川県出身者    全国の藤沢市出身者
海軍兵学校出身      神奈川県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
暁星高等学校出身      全国の暁星高等学校の出身者
 852  荒木貞夫    東京都 出身Wikipedia
荒木 貞夫(あらき さだお、1877年(明治10年)5月26日 - 1966年(昭和41年)11月2日)は、日本の陸軍軍人、第1次近衛内閣・平沼内閣の文部大臣、男爵。最終階級は陸軍大将。
全国の東京都出身者
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日本学園高等学校出身      全国の日本学園高等学校の出身者
 853  鳥巣玉樹    佐賀県 出身Wikipedia
鳥巣 玉樹(とす たまき、1877年(明治10年)12月1日 - 1949年(昭和24年)5月21日)は、大日本帝国海軍の軍人。最終階級は海軍中将。佐賀県佐賀市出身。
全国の佐賀県出身者
 854  本城嘉守Wikipedia
本城 嘉守(ほんじょう よしもり、1877年(明治10年) - 1960年(昭和35年))は、日本の陸軍軍人、政治家。初代徳山市長(現・周南市)。父に本城宣馬。徳山七士の一人本城清は祖父にあたる。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 855  武川寿輔    福島県 福良村 出身Wikipedia
武川 壽輔(むがわ じゅすけ、1877年(明治10年)11月15日 - 1939年(昭和14年)2月12日)は、日本の陸軍軍人、教育者。最終階級は陸軍少将、兵庫県立赤穂中学校(現:兵庫県立赤穂高等学校)の初代校長。
全国の福島県出身者    全国の福良村出身者
陸軍士官学校出身      福島県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
福島県立安積高等学校出身      全国の福島県立安積高等学校の出身者
 856  野村吉三郎    和歌山県 出身Wikipedia
野村 吉三郎(のむら きちさぶろう、1877年(明治10年)12月16日 - 1964年(昭和39年)5月8日)は、昭和初期に活躍した日本の海軍軍人、外交官、政治家。和歌山県和歌山市出身。位階勲功等は海軍大将従二位勲一等功二級。
全国の和歌山県出身者
早稲田大学出身      和歌山県出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
海城高等学校出身      全国の海城高等学校の出身者
 857  赤井春海    千葉県 佐倉市 出身Wikipedia
赤井 春海(あかい はるみ、1876年6月12日 - 1954年12月14日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の千葉県出身者    全国の佐倉市出身者
陸軍士官学校出身      千葉県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
千葉県立佐倉高等学校出身      全国の千葉県立佐倉高等学校の出身者
 858  大角岑生    愛知県 稲沢市 出身Wikipedia
大角 岑生(おおすみ みねお、明治9年(1876年)5月1日 - 昭和16年(1941年)2月5日)は、大正から昭和にかけての日本の海軍軍人、政治家、華族。海軍大将。男爵。愛知県出身で本籍は高知県。
全国の愛知県出身者    全国の稲沢市出身者
愛知県立旭丘高等学校出身      全国の愛知県立旭丘高等学校の出身者
 859  山内静夫    京都府 出身Wikipedia
山内 静夫(やまのうち しずお、1876年(明治9年)8月3日 ? 1961年(昭和36年)6月6日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。満洲電信電話株式会社総裁。旧名は岱亮。
全国の京都府出身者
東京大学出身      京都府出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
京都府立洛北高等学校出身      全国の京都府立洛北高等学校の出身者

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 860  松木直亮    山口県 出身Wikipedia
松木 直亮(まつき なおすけ、1876年11月5日 - 1940年5月22日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の山口県出身者
陸軍士官学校出身      山口県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 861  本庄繁    兵庫県 出身Wikipedia
本庄 繁(ほんじょう しげる、1876年(明治9年)5月10日 - 1945年(昭和20年)11月20日)は、日本の陸軍軍人。第10師団長・関東軍司令官・侍従武官長を歴任し階級は陸軍大将正三位勲一等功一級男爵に至る。軍を退いてからは軍事保護院総裁や枢密顧問官を務める。長男一雄は陸軍主計中佐。娘は山口一太郎陸軍大尉に嫁ぐ。本庄は書を心得、剣華と号す。渾名は「たくわん石」。
全国の兵庫県出身者
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兵庫県立篠山鳳鳴高等学校出身      全国の兵庫県立篠山鳳鳴高等学校の出身者
 862  林銑十郎    石川県 金沢市 出身Wikipedia
林 銑十郎(はやし せんじゅうろう、1876年(明治9年)2月23日 - 1943年(昭和18年)2月4日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。位階は正二位。勲等は勲一等。功級は功四級。
全国の石川県出身者    全国の金沢市出身者
 863  真崎甚三郎Wikipedia
眞崎 甚三郎(まさき じんざぶろう、1876年(明治9年)11月27日 - 1956年(昭和31年)8月31日)は、日本の陸軍軍人。陸軍士官学校9期、陸軍大学校19期。最終階級は陸軍大将。栄典は正三位勲三等功四級。
佐賀県立佐賀西高等学校出身      全国の佐賀県立佐賀西高等学校の出身者
 864  山本英輔    鹿児島県 出身Wikipedia
山本英輔(やまもと えいすけ、1876年(明治9年)5月15日 - 1962年(昭和37年)7月27日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。鹿児島県出身。山本権兵衛元内閣総理大臣の甥(権兵衛の兄吉蔵の息子)にあたり、「封じ袴の大将」と呼ばれた。
全国の鹿児島県出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 865  牛島貞雄    熊本県 出身Wikipedia
牛島 貞雄(うしじま さだお、1876年1月30日 - 1960年9月1日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の熊本県出身者
 866  木原清    東京都 出身Wikipedia
木原 清(きはら きよし、1876年(明治9年)4月25日 - 1940年(昭和15年)9月23日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
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 867  林弥三吉    石川県 出身Wikipedia
林 弥三吉(はやし やさきち、1876年(明治9年)4月8日 - 1948年(昭和23年)8月31日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
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 868  原口初太郎    福岡県 出身Wikipedia
原口 初太郎(はらぐち はつたろう、明治9年(1876年)1月29日 - 昭和24年(1949年)4月30日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。衆議院議員、貴族院議員。
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 869  四竈孝輔Wikipedia
四竈 孝輔(しかま こうすけ、1876年10月26日 - 1937年12月12日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。宮城県仙台市出身。
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 870  阿部信行Wikipedia
阿部 信行(あべ のぶゆき、1875年(明治8年)11月24日 - 1953年(昭和28年)9月7日)は、日本の陸軍軍人、政治家。 陸軍士官学校9期、陸軍大学校19期(恩賜)、陸軍大将。位階は正二位。勲等は勲一等。
陸軍士官学校出身      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 871  菊池武夫 (陸軍軍人)    熊本県 菊池郡 出身Wikipedia
菊池 武夫(きくち たけお、1875年(明治8年)7月23日 - 1955年(昭和30年)12月1日)は、日本の陸軍軍人、政治家。貴族院議員(男爵議員)。陸軍中将功四級男爵。熊本県菊池郡出身。
全国の熊本県出身者    全国の菊池郡出身者
 872  長嶺俊之助    秋田県 出身Wikipedia
長嶺 俊之助(ながみね しゅんのすけ、1875年(明治8年)1月12日 - 1945年(昭和20年)11月29日)は、大日本帝国陸軍の軍人。最終階級は陸軍少将。
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 873  植田謙吉    大阪府 出身Wikipedia
植田 謙吉(うえだ けんきち、1875年(明治8年)3月8日 - 1962年(昭和37年)9月11日)は、日本の陸軍軍人。陸士10期、陸大21期。陸軍大将正三位勲一等功三級。
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 874  水野廣徳    愛媛県 出身Wikipedia
水野 広徳(みずの ひろのり、旧字体: 水野 廣?、明治8年(1875年)5月24日 - 昭和20年(1945年)10月18日)は、日本海軍の軍人・軍事評論家。最終階級は海軍大佐。父は旧松山藩能方の水野光之で末子。
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 875  重村義一    広島県 出身Wikipedia
重村 義一(しげむら ぎいち、1875年(明治8年)2月14日 - 1938年(昭和13年)3月31日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍機関少将。広島県出身。
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 876  緒方勝一    佐賀県 出身Wikipedia
緒方 勝一(おがた しょういち、1875年1月25日 - 1960年12月28日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
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 877  福田彦助    山口県 出身Wikipedia
福田 彦助(ふくだ ひこすけ、1875年11月5日 - 1959年7月30日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
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 878  町野武馬    福島県 出身Wikipedia
町野 武馬(まちの たけま、1875年(明治8年)11月16日 - 1968年(昭和43年)1月10日)は、日本の陸軍軍人、政治家。張作霖の顧問を務め、最終階級は陸軍大佐。衆議院議員。戦後再建された大日本武徳会会長。
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 879  小野寺長治郎    宮城県 出身Wikipedia
小野寺 長治郎(おのでら ちょうじろう、1875年(明治8年)3月24日 - 1939年(昭和14年)2月7日)は、日本の陸軍軍人。階級は陸軍主計中将。貴族院議員。
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 880  犬塚太郎    佐賀県 出身Wikipedia
犬塚 太郎(いぬづか たろう、1875年(明治8年)10月23日 - 1936年(昭和11年)7月17日)は、日本の海軍軍人。第三回旅順港閉塞作戦に「愛国丸」指揮官として参戦。大正天皇の侍従武官、昭和天皇の皇太子時代における東宮武官、日本海海戦における東伏見宮依仁親王の皇族附武官、秩父宮別当を務める。最終階級は海軍中将。
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 881  三浦虎次郎    佐賀県 出身Wikipedia
三浦 虎次郎(みうら とらじろう、1875年(明治8年)12月23日 - 1894年(明治27年)9月17日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍三等水兵。『勇敢なる水兵』のモデル。
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 882  石井常造    福島県 出身Wikipedia
石井 常造(いしい つねぞう、1875年(明治8年)1月2日 - 没年不詳)は、日本の陸軍軍人、生気研究者。基隆要塞司令官を務めた陸軍少将で、また生気自強療法を唱え生気の医療への応用を図った。従四位勳三等功四級。
全国の福島県出身者
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 883  渡辺寿 (陸軍軍人)    岐阜県 出身Wikipedia
渡邊 壽(わたなべ ひさし、1874年11月29日 - 1962年1月29日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
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 884  池田岩三郎Wikipedia
池田 岩三郎(いけだ いわさぶろう、1874年(明治7年)8月23日 - 1937年(昭和12年)2月10日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。広島県出身。
修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者
 885  南次郎    大分県 豊後高田市 出身Wikipedia
南 次郎(みなみ じろう、1874年(明治7年)8月10日 - 1955年(昭和30年)12月5日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将正二位勲一等功四級。
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 886  渡辺錠太郎    愛知県 小牧市 出身Wikipedia
渡辺 錠太郎(わたなべ じょうたろう、1874年4月16日 - 1936年2月26日)は、日本の昭和初期の陸軍軍人で、二・二六事件の犠牲者である。
全国の愛知県出身者    全国の小牧市出身者
 887  八田宗吉    福島県 出身Wikipedia
八田 宗吉(はった そうきち、1874年(明治7年)10月9日 - 1938年(昭和13年)1月16日)は、日本の政治家、実業家、陸軍軍人である。幼名は吉之丞。立憲政友会所属の衆議院議員。馬議員[2]、鉄道代議士、百姓代議士などの異名があった。 日本医科大学教授で衆議院議員の八田貞義は息子。
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 888  梨本宮守正王Wikipedia
梨本宮守正王(なしもとのみや もりまさおう、1874年(明治7年)3月9日 - 1951年(昭和26年)1月1日)は、日本の皇族、陸軍軍人。官位は元帥陸軍大将。栄典は大勲位功四級。大韓帝国最後の皇太子である李王垠の岳父。
陸軍士官学校出身      出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
学習院高等科出身      全国の学習院高等科の出身者
 889  香椎秀一    福岡県 出身Wikipedia
香椎 秀一(かしい しゅういち、1874年2月23日 - 1962年4月13日)は、大正?昭和期の日本陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。陸軍中将香椎浩平の兄。
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福岡県立修猷館高等学校出身      全国の福岡県立修猷館高等学校の出身者

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 890  伊藤安吉    東京都 出身Wikipedia
伊藤 安吉(いとう やすきち、1873年(明治6年)5月14日 - 1951年(昭和26年)9月15日)は、日本の海軍軍人、政治家、華族。海軍造機少将、貴族院男爵議員。
全国の東京都出身者
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東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 891  木村茂    広島県 福山市 出身Wikipedia
木村 茂(きむら しげる、明治6年(1873年)2月11日 - 1972年8月25日)は、日本の陸軍軍人。歩兵将校の後主計に転じ、陸軍被服本廠長・第1師団経理部長・陸軍経理学校長を歴任する。階級は陸軍主計総監。
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広島県立福山誠之館高等学校出身      全国の広島県立福山誠之館高等学校の出身者
 892  平石弁蔵    福島県 出身Wikipedia
平石 弁蔵(ひらいし べんぞう、1873年(明治6年) - 1942年(昭和17年))は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍歩兵少佐。『会津戊辰戦争』の著者として知られる。
全国の福島県出身者
 893  吉田豊彦    鹿児島県 出身Wikipedia
吉田 豊彦(よしだ とよひこ、明治6年(1873年)11月1日 - 昭和26年(1951年)1月10日)は、日本の陸軍軍人。陸軍省兵器局長、陸軍造兵廠長官、陸軍技術本部長等を歴任し、階級は陸軍大将勲一等功四級に至る。軍を退いてからは日本製鐵取締役や満州電業社長を務める。
全国の鹿児島県出身者
 894  久邇宮邦彦王Wikipedia
久邇宮邦彦王(くにのみや くによしおう、1873年(明治6年)7月23日 - 1929年(昭和4年)1月27日)は、日本の皇族、陸軍軍人。階級及び位階勲等は軍事参議官、陸軍大将、大勲位、功四級。贈元帥、贈大勲位菊花章頸飾。
陸軍士官学校出身      出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 895  山縣初男    新潟県 出身Wikipedia
山縣 初男(やまがた はつお、1873年(明治6年)8月31日 - 1971年(昭和46年)1月11日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大佐。陸軍の中国通(支那通)の一人として知られ、繆斌工作に関与していた。別号は三志園、海城。娘婿は自由民主党の政治家である三原朝雄。新潟県村上本町表新町(現・村上市)に生まれる。
全国の新潟県出身者
 896  金谷範三    大分県 豊後高田市 出身Wikipedia
金谷 範三(かなや はんぞう、1873年4月24日 - 1933年6月6日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の大分県出身者    全国の豊後高田市出身者
陸軍士官学校出身      大分県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 897  津野田是重    熊本県 出身Wikipedia
津野田 是重(つのだ これしげ、1873年(明治6年)11月25日 - 1930年(昭和5年)9月2日)は、大日本帝国陸軍の軍人、政治家。熊本県出身。最終階級は陸軍少将。衆議院議員。
全国の熊本県出身者
 898  井上一次    石川県 出身Wikipedia
井上 一次(いのうえ かずつぐ、1873年7月28日 - 没年不詳)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の石川県出身者
 899  櫻井鴎村    愛媛県 出身Wikipedia
櫻井 鴎村(さくらい おうそん、1872年7月31日(明治5年6月26日) - 1929年(昭和4年)2月27日)は日本の翻訳家、児童文学者、教育者、実業家である。本名は彦一郎(ひこいちろう)。津田梅子とともに女子英学塾(今の津田塾大学)を設立して幹事となる。北樺太石油会社(英: Northern Karafuto Oil Consession)の取締役を勤める。日本陸軍軍人の櫻井忠温は弟である。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者

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 900  奥田重栄    福島県 出身Wikipedia
奥田 重栄(おくだ しげよし、1872年8月13日(明治5年7月10日) - 1956年(昭和31年)1月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
全国の福島県出身者
 901  松江豊寿    福島県 出身Wikipedia
松江 豊寿(まつえ とよひさ、1872年7月11日(明治5年6月6日) - 1956年(昭和31年)5月21日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍少将。第9代若松市長。
全国の福島県出身者
 902  安田伊左衛門    岐阜県 出身Wikipedia
安田 伊左衛門(やすだ いさえもん、安田 伊左衞門、1872年8月31日(明治5年7月28日) - 1958年(昭和33年)5月18日)は、日本の陸軍軍人、政治家。軍人としての階級は陸軍騎兵大尉。衆議院議員ののち貴族院議員。他に日本競馬会理事長、日本中央競馬会理事長を務める。栄典は正五位勲三等旭日中綬章。
全国の岐阜県出身者
東京大学出身      岐阜県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 903  大谷幸四郎    高知県 出身Wikipedia
大谷 幸四郎(おおたに こうしろう、1872年8月23日(明治5年7月20日) - 1937年6月24日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の高知県出身者
海軍兵学校出身      高知県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
高知県立高知小津高等学校出身      全国の高知県立高知小津高等学校の出身者
 904  古川鈊三郎    福井県 出身Wikipedia
古川 鈊三郎(ふるかわ しんざぶろう、1872年11月24日(明治5年10月24日) - 1959年1月1日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の福井県出身者
 905  畑英太郎    福島県 出身Wikipedia
畑 英太郎(はた えいたろう、1872年8月28日(明治5年7月25日) - 1930年5月31日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の福島県出身者
慶應義塾大学出身      福島県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
麻布高等学校出身      全国の麻布高等学校の出身者
 906  安田伊左衛門    岐阜県 出身Wikipedia
安田 伊左衛門(やすだ いさえもん、安田 伊左衞門、1872年7月28日- 1958年5月18日)は日本の陸軍軍人、最終階級は陸軍騎兵大尉。衆議院議員ののち貴族院議員、日本競馬会理事長、日本中央競馬会理事長。正五位勲三等旭日中綬章。
全国の岐阜県出身者
東京大学出身      岐阜県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 907  松尾伝蔵    福井県 出身Wikipedia
松尾 伝蔵(まつお でんぞう、明治5年8月16日(1872年9月18日) - 昭和11年(1936年)2月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐。
全国の福井県出身者
福井県立藤島高等学校出身      全国の福井県立藤島高等学校の出身者
 908  百武三郎    佐賀県 出身Wikipedia
百武 三郎(ひゃくたけ さぶろう、1872年6月3日(明治5年4月28日) - 1963年(昭和38年)10月30日)は、日本の海軍軍人、海軍大将、侍従長。二人の弟、百武源吾は海軍大将、百武晴吉は陸軍中将。三郎・源吾は海軍史上唯一組の海軍大将兄弟である。
全国の佐賀県出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 909  磯村年    滋賀県 出身Wikipedia
磯村 年(いそむら とし、1872年11月1日(明治5年9月30日) - 1961年(昭和36年)9月12日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の滋賀県出身者

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 910  磯村年    滋賀県 出身Wikipedia
磯村 年(いそむら とし、明治5年9月(1872年10月頃) - 1961年(昭和36年)9月12日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の滋賀県出身者
陸軍士官学校出身      滋賀県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 911  岩辺季貴    熊本県 小川町(現・宇城市) 出身Wikipedia
岩辺 季貴(いわべ すえたか、1872年2月17日(明治5年1月9日) - 1955年(昭和30年)4月24日)は、日本海軍の軍人。海軍中将。
全国の熊本県出身者    全国の小川町(現・宇城市)出身者
 912  菅野尚一    山口県 出身Wikipedia
菅野 尚一(すがの ひさいち、1871年5月10日(明治4年3月21日) - 1953年(昭和28年)6月20日)は、長府藩出身の陸軍軍人。陸軍大将正三位勲一等功三級。
全国の山口県出身者
 913  菱刈隆    鹿児島県 出身Wikipedia
菱刈 隆(ひしかり たか、1871年12月27日(明治4年11月16日) - 1952年(昭和27年)7月31日)は、日本陸軍の軍人、外交官。最終階級は陸軍大将。栄典は勲一等功五級。幼名、幸吉。
全国の鹿児島県出身者
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成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 914  小野寺重太郎    福井県 出身Wikipedia
小野寺 重太郎(おのでら じゅうたろう、1871年1月18日(明治3年11月28日) - 1939年(昭和14年)2月5日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の福井県出身者
 915  吉橋徳三郎    埼玉県 出身Wikipedia
吉橋 徳三郎(よしはし とくさぶろう、1871年1月3日(明治3年11月13日) - 1920年(大正9年)8月5日)は、日本の陸軍軍人。陸軍士官学校士官候補生2期、陸軍大学校卒業。騎兵科に属し、第一次世界大戦後に日本陸軍で騎兵の乗馬戦闘廃止論争が生じた際、騎兵科を代表して乗馬戦闘存続を主張したが、論争の末に自殺した。最終階級は少将。
全国の埼玉県出身者
 916  安満欽一    佐賀県 出身Wikipedia
安満 欽一(やすみつ きんいち、1871年4月2日(明治4年2月13日) - 1960年10月24日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の佐賀県出身者
陸軍士官学校出身      佐賀県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 917  千田嘉平    鹿児島県 出身Wikipedia
千田 嘉平(せんだ かへい、1871年10月12日(明治4年8月28日)- 1943年(昭和18年)2月18日)は、日本の陸軍軍人、政治家、華族。陸軍少将、貴族院男爵議員。
全国の鹿児島県出身者
陸軍士官学校出身      鹿児島県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
東京都立日比谷高等学校出身      全国の東京都立日比谷高等学校の出身者
 918  島内桓太Wikipedia
島内 桓太(しまのうち かんた、1871年1月31日(明治3年12月11日) - 1940年9月19日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍少将。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
島根県立隠岐水産高等学校出身      全国の島根県立隠岐水産高等学校の出身者
 919  井出謙治    静岡県 出身Wikipedia
井出 謙治(いで けんじ、1870年6月7日(明治3年5月9日) - 1946年(昭和21年)10月30日)は、日本の海軍軍人、海軍大将。
全国の静岡県出身者

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 920  田中国重    鹿児島県 出身Wikipedia
田中 国重(たなか くにしげ、 1870年1月18日(明治2年12月17日) - 1941年3月9日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の鹿児島県出身者
 921  斎藤七五郎    宮城県 出身Wikipedia
斎藤 七五郎(さいとう しちごろう、1870年1月13日(明治2年12月12日) - 1926年7月23日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の宮城県出身者
 922  国司伍七    山口県 出身Wikipedia
国司 伍七(くにし ごしち、1870年6月24日(明治3年5月26日) - 1939年10月25日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の山口県出身者
陸軍士官学校出身      山口県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 923  竹下勇    鹿児島県 出身Wikipedia
竹下 勇(たけした いさむ、1870年1月5日(明治2年12月4日) - 1946年(昭和21年)7月1日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。鹿児島県出身。
全国の鹿児島県出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 924  加藤寛治    福井県 福井市 出身Wikipedia
加藤 寛治(かとう ひろはる、有職読み:かんじ、1870年10月26日(明治3年10月2日) - 1939年(昭和14年)2月9日)は、明治、大正、昭和期の日本の海軍軍人、海軍大将。福井県福井市出身。元福井藩士、海軍大尉・加藤直方の長男。子息・孝治は陸軍大将・武藤信義の養子。
全国の福井県出身者    全国の福井市出身者
海軍兵学校出身      福井県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 925  安保清種    佐賀県 出身Wikipedia
安保 清種(あぼ きよかず、明治3年10月15日(1870年11月8日) - 昭和23年(1948年)6月8日)は、明治期から昭和期にかけての日本海軍軍人。海軍大将。
全国の佐賀県出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 926  石光真臣    熊本県 熊本市 出身Wikipedia
石光 真臣(眞臣)(いしみつ まおみ、明治3年5月9日(1870年6月7日) - 1937年(昭和12年)12月8日)は、日本陸軍の軍人。陸軍中将従三位勲一等功四級。
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 927  森山慶三郎    佐賀県 出身Wikipedia
森山 慶三郎(もりやま けいざぶろう、1870年7月18日 (明治3年6月20日) - 1944年5月24日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の佐賀県出身者
 928  谷口尚真    広島県  広島市 出身Wikipedia
谷口 尚真(たにぐち なおみ、明治3年3月17日(1870年4月17日) - 昭和16年(1941年)10月30日)は、日本の海軍の軍人。18代連合艦隊司令長官、14代軍令部長を務めた海軍大将。海軍良識派を代表した一人と言われる提督である。
全国の広島県出身者    全国の 広島市出身者
 929  高柳保太郎    石川県 出身Wikipedia
高柳 保太郎(たかやなぎ やすたろう、1870年1月10日(旧暦明治2年12月9日) - 1951年(昭和26年)9月7日)は、大日本帝国陸軍の軍人。陸士3期、陸大13期。
全国の石川県出身者

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 930  市川堅太郎    石川県 出身Wikipedia
市川 堅太郎(いちかわ けんたろう、1870年9月10日(明治3年8月15日) - 1925年2月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の石川県出身者
 931  西久保豊一郎    佐賀県 出身Wikipedia
西久保 豊一郎(にしくぼ とよいちろう、明治2年12月6日(1870年1月7日) - 明治38年(1905年)7月12日)は、日本の陸軍軍人。階級は陸軍歩兵少佐。栄典は正六位勲四等功四級。
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三重県立津高等学校出身      全国の三重県立津高等学校の出身者
 932  岸本鹿太郎    岡山県 出身Wikipedia
岸本 鹿太郎(きしもと しかたろう、1869年2月19日(明治2年1月9日) - 1942年9月3日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の岡山県出身者
 933  佐藤房隆    福島県 出身Wikipedia
佐藤 房隆(さとう ふさたか、1869年2月15日(明治2年1月5日) ? 1927年(昭和2年)2月16日)は、日本の陸軍軍人。日露戦争では近衛歩兵第三連隊第一大隊長として戦い、のち歩兵第六十六連隊長を務めた陸軍少将である。
全国の福島県出身者
 934  下平英太郎    福島県 出身Wikipedia
下平 英太郎(しもだいら えいたろう、1869年3月1日(明治2年1月19日) - 1933年(昭和8年)5月13日)は、日本の海軍軍人。 装甲巡洋艦「八雲」艦長として第一次世界大戦における青島攻略戦に参戦し、のち戦艦「日向」初代艦長を務めた海軍少将である。従四位勲三等功四級。
全国の福島県出身者
 935  和田幸次郎    福島県 出身Wikipedia
和田 幸次郎(わだ こうじろう、1869年3月又は4月(明治2年) - 1926年(大正15年)10月29日)は、日本の海軍軍人。 戦艦「朝日」砲術長として日本海海戦などを戦った。最終階級は海軍大佐。
全国の福島県出身者
 936  勝田主計    愛媛県 出身Wikipedia
勝田 主計(しょうだ かずえ、明治2年9月15日(1869年10月19日)- 昭和23年(1948年)10月10日)は日本の大蔵官僚、政治家。同郷の俳人・正岡子規や海軍軍人・秋山真之の友人であった[1]。
全国の愛媛県出身者
東京大学出身      愛媛県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 937  勝田主計    愛媛県 出身Wikipedia
勝田 主計(しょうだ かずえ、明治2年旧暦9月15日(1869年10月19日)- 昭和23年(1948年)10月10日)は日本の大蔵官僚、政治家。同郷の俳人・正岡子規や海軍軍人・秋山真之の友人だった。
全国の愛媛県出身者
東京大学出身      愛媛県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
 938  白川義則    愛媛県 出身Wikipedia
白川 義則(しらかわ よしのり、1869年1月24日(明治元年12月12日) - 1932年(昭和7年)5月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将、栄典は勲一等功二級男爵。
全国の愛媛県出身者
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 939  星野庄三郎    新潟県 出身Wikipedia
星野 庄三郎(ほしの しょうざぶろう、1869年6月15日(明治2年5月6日) - 1931年(昭和6年)1月22日)は、日本の陸軍軍人。陸士2期、陸大14期。栄典は従三位勲一等功三級。最終階級は陸軍中将。
全国の新潟県出身者

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 940  鈴木孝雄    千葉県 出身Wikipedia
鈴木 孝雄(すずき たかお、明治2年10月29日(1869年12月2日) - 1964年(昭和39年)1月29日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。栄典は勲一等功三級。砲兵監・第14師団長・陸軍技術本部長・軍事参議官を歴任。
全国の千葉県出身者
陸軍士官学校出身      千葉県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 941  山路一善    愛媛県 出身Wikipedia
山路 一善(やまじ かずよし、明治2年3月13日(1869年4月24日)- 1963年(昭和38年)3月13日)は、明治から大正の大日本帝国海軍の海軍中将。兄に愛媛県師範学校長の山路一遊と、日本興業銀行副総裁の佃一予。夫人「すえ」は山本権兵衛の次女(財部彪夫人の実妹)。日本海軍での航空兵力の導入、整備に尽力し、「海軍航空の生みの親」と呼ばれる。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
 942  伊東祐保    佐賀県 出身Wikipedia
伊東 祐保(いとう すけやす、明治2年3月3日(1869年4月14日) - 大正3年(1914年)10月18日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。 第一次世界大戦において防護巡洋艦・「高千穂」艦長として戦死した。
全国の佐賀県出身者
 943  吉岡範策    熊本県 小川町(現・宇城市) 出身Wikipedia
吉岡 範策(よしおか はんさく、1869年5月8日 - 1930年3月19日)は、日本海軍の軍人。海軍中将。
全国の熊本県出身者    全国の小川町(現・宇城市)出身者
 944  斎藤半六    石川県 出身Wikipedia
斎藤 半六(さいとう はんろく、1869年7月24日 (明治2年6月16日) - 1952年(昭和27年)4月25日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の石川県出身者
 945  松井健吉    石川県 出身Wikipedia
松井 健吉(まつい けんきち、1869年(明治2年)5月10日 - 1905年(明治38年)5月27日)は、日本の海軍軍人。日本海海戦において戦死した第1艦隊第1戦隊参謀である。最終階級は海軍中佐。
全国の石川県出身者
 946  乾正士    高知県 出身Wikipedia
乾 正士(いぬい せいし、慶応4年3月25日(1868年4月17日) - 昭和16年(1941年)6月18日)は、日本の軍人。土佐藩士・板垣退助の庶長子。母は萩原復斎の娘、龠(やく)[1]。退助の嫡男子・板垣鉾太郎より2ヶ月早く出生したが、庶長子のため二男として育てられる。士族。
全国の高知県出身者
早稲田大学出身      高知県出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
 947  奈良武次    栃木県 鹿沼市 出身Wikipedia
奈良 武次(なら たけじ、慶応4年4月6日(1868年4月28日) - 昭和37年(1962年)12月21日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。男爵。
全国の栃木県出身者    全国の鹿沼市出身者
 948  長谷川戍吉    福島県 出身Wikipedia
長谷川 戍吉(はせがわ じゅきち、1868年7月7日(慶応4年5月18日) - 1907年(明治40年)1月21日)は、日本の陸軍軍人。日露戦争において騎兵挺進隊隊長を務めた、いわゆる長谷川挺進隊の指揮官である。戦後旧部下の不祥事が原因で自決した。最終階級は陸軍騎兵少佐。[* 1]
全国の福島県出身者
 949  秋山真之    愛媛県 出身Wikipedia
秋山 真之(あきやま さねゆき、旧字体: 秋山 眞之、慶応4年3月20日(1868年4月12日) - 大正7年(1918年)2月4日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。位階勲等功級は従四位勲二等功三級。勲二等旭日重光章、功三級金鵄勲章を授与された。幼名は淳五郎(じゅんごろう)。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者

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 950  内田重成Wikipedia
内田 重成(うちだ しげなり、1868年2月8日(慶応4年1月15日) - 1965年(昭和40年)10月4日)は、山口県出身の裁判官、軍人、政治家。海軍中将、貴族院議員。関西法律学校(後の関西大学)、和仏法律学校(後の法政大学)卒業。
関西大学出身      全国の関西大学の出身者
 951  宇垣一成    岡山県 出身Wikipedia
宇垣 一成(うがき かずしげ、慶応4年6月21日(1868年8月9日) - 昭和31年(1956年)4月30日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍大将。
全国の岡山県出身者
陸軍士官学校出身      岡山県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
成城高等学校出身      全国の成城高等学校の出身者
 952  岡田啓介    福井県 出身Wikipedia
岡田 啓介(おかだ けいすけ、1868年2月14日(慶応4年旧暦1月21日[注釈 1]) - 1952年(昭和27年)10月17日)は、日本の軍人、政治家。最終階級は海軍大将。栄典は勲一等功三級。
全国の福井県出身者
福井県立藤島高等学校出身      全国の福井県立藤島高等学校の出身者
 953  鈴木貫太郎    千葉県 野田市 出身Wikipedia
鈴木 貫太郎(すずき かんたろう、1868年1月18日(慶応3年12月24日) - 1948年(昭和23年)4月17日)は、日本の海軍軍人、政治家。階級・栄典は海軍大将従一位勲一等功三級男爵。
全国の千葉県出身者    全国の野田市出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 954  神戸次郎    山形県 出身Wikipedia
神戸 次郎(かんべ じろう、慶応4年(1868年)4月 - 1933年(昭和8年)9月30日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功四級。田川郡日枝村(現・鶴岡市)出身。
全国の山形県出身者
 955  石光真清    熊本県 熊本市 出身Wikipedia
石光 真清(眞清)(いしみつ まきよ、慶応4年8月30日(1868年)10月15日) - 昭和17年(1942年)5月15日)は、日本陸軍の軍人(最終階級陸軍少佐)、諜報活動家。明治から大正にかけてシベリア、満州での諜報活動に従事した。
全国の熊本県出身者    全国の熊本市出身者
一橋大学出身      熊本県出身の一橋大学の出身者      全国の一橋大学の出身者
 956  松村龍雄    佐賀県 出身Wikipedia
松村 龍雄(まつむら たつお、1868年2月25日(慶応4年2月3日) - 1932年7月18日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の佐賀県出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 957  広瀬武夫    大分県 竹田市 出身Wikipedia
広瀬 武夫(ひろせ たけお、旧字体: 廣?武夫、1868年7月16日(慶応4年5月27日) - 1904年(明治37年)3月27日)は、日本の海軍軍人。
全国の大分県出身者    全国の竹田市出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 958  武藤信義    佐賀県 出身Wikipedia
武藤 信義(むとう のぶよし、1868年9月1日(慶応4年7月15日) - 1933年7月27日)は、日本の陸軍軍人。元帥、陸軍大将、正二位勲一等功一級男爵。関東軍司令官兼駐満大使兼関東長官・教育総監・軍事参議官・東京警備司令官等を歴任した。
全国の佐賀県出身者
 959  千坂智次郎    山形県 米沢市 出身Wikipedia
千坂 智次郎(ちさか ちじろう、慶応4年2月15日(1868年3月8日) - 昭和11年(1936年)2月23日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の山形県出身者    全国の米沢市出身者
海軍兵学校出身      山形県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山形県立米沢興譲館高等学校出身      全国の山形県立米沢興譲館高等学校の出身者

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 960  小栗孝三郎    石川県 出身Wikipedia
小栗 孝三郎(おぐり こうざぶろう、1868年9月19日(慶応4年8月4日) - 1944年(昭和19年)10月15日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍大将。
全国の石川県出身者
 961  両角三郎    福島県 出身Wikipedia
両角 三郎(もろずみ さぶろう、慶應3年11月2日(1867年11月27日) - 昭和26年(1951年)6月28日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。正四位勳二等功五級。
全国の福島県出身者
 962  大越兼吉    福島県 出身Wikipedia
大越 兼吉(おおこし かねきち、1867年8月26日(旧暦7月27日) - 1905年3月7日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍歩兵中佐。
全国の福島県出身者
 963  吉田増次郎Wikipedia
吉田 増次郎(よしだ ますじろう、1867年7月29日 (慶応3年6月28日) - 1942年3月14日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
海軍兵学校出身      全国の海軍兵学校の出身者
静岡県立静岡高等学校出身      全国の静岡県立静岡高等学校の出身者
 964  永田泰次郎Wikipedia
永田 泰次郎(ながた やすじろう、1867年1月26日(慶応3年12月21日) - 1923年(大正12年)1月19日)は、日本の大日本帝国海軍軍人。最終階級は海軍中将。勲三等金鵄勲章。
慶應義塾大学出身      全国の慶應義塾大学の出身者
 965  財部彪    宮崎県 都城市 出身Wikipedia
財部 彪(たからべ たけし、慶応3年4月7日(1867年5月10日) - 昭和24年(1949年)1月13日)は、日本の軍人、政治家。宮崎県都城市出身。階級は海軍大将。
全国の宮崎県出身者    全国の都城市出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 966  三井清一郎    石川県 七尾市 出身Wikipedia
三井 清一郎(みつい せいいちろう、慶応3年6月19日(1867年7月20日) - 1949年11月30日)は、石川県出身の日本の陸軍軍人・政治家(貴族院議員)である。従三位勲一等で、元功四級陸軍主計中将。宇垣一成陸相の下で宇垣軍縮を断行した陸軍省経理局長である。
全国の石川県出身者    全国の七尾市出身者
 967  福田雅太郎Wikipedia
福田 雅太郎(ふくだ まさたろう、1866年7月7日(慶応2年5月25日) - 1932年6月1日)は、日本陸軍の軍人。陸士旧9期、陸大9期。栄典は従三位勲一等功三級、聖マイケル・聖ジョージ勲章ナイト・コマンダー(KCMG)[要出典]。最終階級は陸軍大将。
陸軍士官学校出身      出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
長崎県立大村高等学校出身      全国の長崎県立大村高等学校の出身者
 968  伊藤乙次郎    愛知県 出身Wikipedia
伊藤 乙次郎(いとう おとじろう、1866年12月2日(慶応2年10月26日) - 1941年3月27日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の愛知県出身者
愛知県立旭丘高等学校出身      全国の愛知県立旭丘高等学校の出身者
 969  菊池慎之助    茨城県 水戸市 出身Wikipedia
菊池 慎之助(きくち しんのすけ、1866年3月31日(慶応2年2月15日) - 1927年8月22日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の茨城県出身者    全国の水戸市出身者

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 970  永沼秀文    宮城県 出身Wikipedia
永沼 秀文(ながぬま ひでふみ、1866年11月10日(慶応2年10月4日) - 1939年(昭和14年)2月1日)は、日本の陸軍軍人。陸士旧8期。
全国の宮城県出身者
 971  橋本又吉郎Wikipedia
橋本 又吉郎(はしもと またきちろう、1866年1月31日(慶応元年12月15日) - 1928年(昭和3年)6月3日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。現在の広島県出身。
修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者
 972  横山彦六    福井県 出身Wikipedia
横山 彦六(よこやま ひころく、1866年(慶応2年10月) - 1957年2月15日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の福井県出身者
 973  佐藤鉄太郎    山形県 出身Wikipedia
佐藤 鐡太郎(さとう てつたろう、慶応2年7月13日(1866年8月22日) - 昭和17年(1942年)3月4日)は、日本の海軍軍人、貴族院議員、学習院教授。最終階級及び栄典は海軍中将・正三位・勲一等瑞宝章・功三級。山形県鶴岡市出身。
全国の山形県出身者
 974  山屋他人    岩手県 出身Wikipedia
山屋 他人(やまや たにん、慶応2年3月4日(1866年)4月18日 - 昭和15年(1940年)9月10日)は、日本の海軍軍人。海軍大将。皇太子徳仁親王妃雅子は曾孫にあたる。
全国の岩手県出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 975  栃内曽次郎    岩手県 出身Wikipedia
栃内 曽次郎(とちない そうじろう、慶応2年6月8日(1866年7月19日) - 昭和7年(1932年)7月12日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。晩年には貴族院議員を務めた。
全国の岩手県出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 976  野間口兼雄    鹿児島県 出身Wikipedia
野間口 兼雄(のまぐち かねお、慶応2年2月14日(1866年3月30日) - 昭和18年(1943年)12月24日)は、日本の海軍軍人、海軍大将。
全国の鹿児島県出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 977  石井義太郎    佐賀県 出身Wikipedia
石井 義太郎(いしい よしたろう / ぎたろう、慶応2年7月27日(1866年9月5日) - 昭和2年(1927年)2月16日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
全国の佐賀県出身者
 978  黒井悌次郎    山形県 米沢市 出身Wikipedia
黒井 悌次郎(くろい ていじろう、慶応2年5月22日(1866年7月4日) - 昭和12年(1937年)4月29日)は明治から大正期の日本の海軍軍人。海軍大将。山形県出身。なお、江戸時代の米沢藩士・黒井忠寄との関係は不詳。
全国の山形県出身者    全国の米沢市出身者
海軍兵学校出身      山形県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山形県立米沢興譲館高等学校出身      全国の山形県立米沢興譲館高等学校の出身者
 979  樋口喜吉    福島県 出身Wikipedia
樋口 喜吉(ひぐち きよし、1865年5月9日(慶応元年4月15日) - 1934年(昭和9年)7月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。予備役編入後、光学関係の研究に従事し、特許権や実用新案権を取得した。
全国の福島県出身者

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 980  町田経宇    鹿児島県 出身Wikipedia
町田 経宇(まちだ けいう、1865年10月22日(慶応元年9月3日) - 1939年(昭和14年)1月10日)は、日本陸軍の軍人。陸士旧9期、陸大9期。
全国の鹿児島県出身者
 981  赤沼金三郎    長野県 出身Wikipedia
赤沼 金三郎(あかぬま きんざぶろう、1865年7月22日(慶応元年5月30日) - 1900年(明治33年)11月5日)は明治時代の教育者、軍人、倫理学者。字は士朗、号は天心狂史、枕戟学人。死去時の地位は第一高等学校講師陸軍歩兵中尉従七位勲六等文学士。
全国の長野県出身者
 982  鈴木荘六    新潟県 出身Wikipedia
鈴木 荘六(すずき そうろく、元治2年2月19日(1865年3月16日)- 昭和15年(1940年)2月20日)は、日本陸軍の軍人。陸軍大将正二位勲一等功二級。第4代帝国在郷軍人会長。
全国の新潟県出身者
 983  橘周太    長崎県 出身Wikipedia
橘 周太(たちばな しゅうた、慶応元年9月15日(1865年11月3日) - 明治37年(1904年)8月31日)は、日本の陸軍軍人。日露戦争における遼陽の戦いで戦死し、以後軍神として尊崇される。官位は陸軍歩兵中佐正六位勲四等功四級。
全国の長崎県出身者
二松學舍大学出身      長崎県出身の二松學舍大学の出身者      全国の二松學舍大学の出身者
 984  江頭安太郎    佐賀県 出身Wikipedia
江頭 安太郎(えがしら やすたろう、1865年3月9日(元治2年2月12日) - 1913年(大正2年)1月23日)は日本の海軍軍人。海軍中将従四位勲二等功三級。皇太子徳仁親王妃雅子は曾孫にあたる。
全国の佐賀県出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 985  竹下平作    熊本県 出身Wikipedia
竹下 平作(たけした へいさく、1865年1月14日(元治元年12月17日) - 1927年(昭和2年)10月31日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の熊本県出身者
 986  浄法寺五郎    栃木県 出身Wikipedia
浄法寺 五郎(じょうほうじ ごろう、1865年5月22日(慶応元年4月28日) - 1938年1月20日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の栃木県出身者
二松學舍大学出身      栃木県出身の二松學舍大学の出身者      全国の二松學舍大学の出身者
 987  永井建子    広島県  佐伯郡石内村 出身Wikipedia
永井 建子(ながい けんし、慶応元年9月8日(1865年10月27日) - 昭和15年(1940年)3月13日)は、日本の陸軍軍人、音楽家、作曲家。陸軍軍楽隊第6代隊長。広島県佐伯郡石内村(現・広島市佐伯区五日市町)生まれ。草分けと言われる軍歌のほかに歌劇や唱歌、校歌(崇徳高等学校、早稲田実業、拓殖大学、大谷大学ほか)も多く手掛けている。軍歌「元寇」、「雪の進軍」は特に有名。長男・永井巴も作曲家。声楽家・川崎豊は甥(妹の子)。
全国の広島県出身者    全国の 佐伯郡石内村出身者
 988  上泉徳弥    山形県 出身Wikipedia
上泉 徳弥(かみいずみ とくや、1865年11月13日(慶応元年9月25日) - 1946年11月27日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
全国の山形県出身者
海軍兵学校出身      山形県出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
山形県立米沢興譲館高等学校出身      全国の山形県立米沢興譲館高等学校の出身者
 989  小池安之    茨城県 出身Wikipedia
小池 安之(こいけ やすゆき、1864年4月26日(元治元年3月21日) - 1931年10月11日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の茨城県出身者

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 990  柴勝三郎    茨城県 出身Wikipedia
柴 勝三郎(しば かつさぶろう、1864年1月26日(文久3年12月18日) - 1938年1月19日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の茨城県出身者
 991  田中義一    山口県 出身Wikipedia
田中 義一(たなか ぎいち、1864年7月25日(元治元年6月22日) - 1929年(昭和4年)9月29日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。勲等は勲一等。功級は功三級。爵位は男爵。
全国の山口県出身者
 992  河合操    大分県 杵築市 出身Wikipedia
河合 操(かわい みさお、1864年10月26日(元治元年9月26日) - 1941年10月11日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
全国の大分県出身者    全国の杵築市出身者
 993  吉見乾海    新潟県 出身Wikipedia
吉見 乾海(よしみ けんかい / のりみ、 1864年12月16日(元治元年11月18日)- 1942年(昭和17年)11月29日)は、日本海軍の軍人、教育者。最終階級は海軍中将、海城学園の第2代理事長・校長。
全国の新潟県出身者
 994  名和又八郎    福井県 出身Wikipedia
名和 又八郎(なわ またはちろう、文久3年12月22日(1864年1月30日) - 昭和3年(1928年)1月12日)は、日本の海軍軍人、海軍大将。
全国の福井県出身者
 995  土屋光金    愛知県 出身Wikipedia
土屋 光金(つちや みつかね、1864年12月1日(元治元年11月3日) - 1925年3月20日)は、日本の海軍軍人、政治家、華族。最終階級は海軍中将。貴族院議員、男爵。
全国の愛知県出身者
慶應義塾大学出身      愛知県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 996  川島令次郎    石川県 出身Wikipedia
川島 令次郎(かわしま れいじろう、1864年10月14日(元治元年9月14日) - 1947年(昭和22年)11月22日)は、日本海軍の軍人。海軍中将正三位勲一等功三級。宮中顧問官。
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攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 997  山梨半造    神奈川県 平塚市 出身Wikipedia
山梨 半造(やまなし はんぞう、元治元年3月1日(1864年4月6日) - 昭和19年(1944年)7月2日)は日本陸軍の軍人である。最終階級は陸軍大将。陸軍大臣、朝鮮総督、勲一等旭日大綬章。
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 998  明石元二郎Wikipedia
明石 元二郎(あかし もとじろう、元治元年8月1日(1864年9月1日) - 大正8年(1919年)10月26日)は明治・大正期の日本の陸軍軍人。陸軍大将正三位勲一等功三級男爵。第7代台湾総督。福岡藩出身。夫人は国子、後妻に黒田信子(黒田一葦の娘)。
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 999  藤井幸槌    山口県 出身Wikipedia
藤井 幸槌(ふじい こうつち、1864年2月12日(文久4年1月5日) - 1927年4月17日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
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 1000  大井成元    山口県 出身Wikipedia
大井 成元(おおい しげもと、文久3年9月10日(1863年10月22日) - 1951年(昭和26年)7月15日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将従二位勲一等功一級男爵。旧名菊太郎。
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 1001  堀内文次郎Wikipedia
堀内 文次郎(ほりうち ぶんじろう、文久3年9月17日(1863年10月29日) - 1942年(昭和17年)3月14日)は、日本の陸軍軍人。陸士旧7期。栄典は従四位勲二等功二級。最終階級は陸軍中将。
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 1002  筑紫熊七    熊本県 出身Wikipedia
筑紫 熊七(つくし くましち、1863年3月14日(文久3年1月25日) - 1944年(昭和19年)1月21日)は、日本陸軍の軍人。陸軍中将従三位勲一等功三級。
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 1003  山下源太郎    山形県 米沢市 出身Wikipedia
山下 源太郎(やました げんたろう、文久3年7月30日(1863年8月26日) - 昭和6年(1931年)2月18日)は、明治、大正時代の日本海軍軍人、華族。位階・勲等・功級・爵位は、海軍大将・正二位・勲一等・功三級・男爵。日露戦争時の軍令部作戦班長(のちの作戦部長)、連合艦隊司令長官、軍令部長などを歴任した。
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山形県立米沢興譲館高等学校出身      全国の山形県立米沢興譲館高等学校の出身者
 1004  豊辺新作    新潟県 出身Wikipedia
豊辺 新作(とよべ しんさく、(1862年6月23日(文久2年5月26日[* 1]) - 1927年(昭和2年)2月19日)は、日本の陸軍軍人。日清戦争で鳳凰城攻略一番乗りを果たし、日露戦争では沈旦堡を死守した騎兵将校である。最終階級は陸軍中将。
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 1005  釜屋忠道    山形県 出身Wikipedia
釜屋 忠道(かまや ちゅうどう、1862年11月4日(文久2年9月13日) - 1939年(昭和14年1月19日)は日本の海軍軍人。手旗信号の改良で功績があり、日清戦争では第一遊撃隊参謀、日露戦争では「龍田」、「佐渡丸」の艦長として歴戦した海軍中将である。旧名は源五郎。
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 1006  村上格一    佐賀県 出身Wikipedia
村上 格一(むらかみ かくいち、文久2年11月1日(1862年12月21日) - 昭和2年(1927年)11月15日)は、日本の海軍軍人。海軍大将。清浦内閣の海軍大臣。佐賀県出身。幼名は袈裟之助(けさのすけ)。養子に海軍少将・村上暢之助。また実娘は海軍少将・横井忠雄と結婚している。
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 1007  石橋甫    石川県 金沢市 出身Wikipedia
石橋 甫(いしばし はじめ、文久2年7月2日(1862年7月28日) - 昭和17年(1942年)1月11日)は、日本海軍の軍人。日清戦争では初代連合艦隊旗艦「松島」航海長、日露戦争開戦時は防護巡洋艦「高砂」の艦長、高砂の触雷・沈没後は仮装巡洋艦「亜米利加丸」の艦長。最終階級は海軍中将。従三位勲二等功四級。石川県金沢市瓢箪町出身。海軍随一の航海長であった。
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 1008  有馬良橘    和歌山県 和歌山市 出身Wikipedia
有馬 良橘(ありま りょうきつ、文久元年11月15日(1861年12月16日) - 昭和19年(1944年)5月1日)は、日本の軍人。最終階級は海軍大将。和歌山県和歌山市出身。養子に海軍中将・有馬寛がいる。
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同志社大学出身      和歌山県出身の同志社大学の出身者      全国の同志社大学の出身者
 1009  加藤友三郎Wikipedia
加藤 友三郎(かとう ともさぶろう、1861年4月1日(文久元年2月22日) - 1923年(大正12年)8月24日)は、日本の海軍軍人、政治家。階級は海軍大将、没後 元帥海軍大将。日露戦争で連合艦隊参謀長(日本海海戦時、第一艦隊参謀長兼任)、ワシントン会議で日本首席全権委員を務める。海軍大臣(第20-24代)、内閣総理大臣(第21代)を歴任し、山梨軍縮やシベリア出兵撤兵を成し遂げた。位階は正二位。勲等は大勲位。功級は功二級。爵位は子爵。
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 1010  斎藤力三郎    千葉県 出身Wikipedia
斎藤 力三郎(さいとう りきさぶろう、1861年10月8日(文久元年9月5日) - 1915年(大正4年)5月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
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 1011  浅岡満俊    愛媛県 出身Wikipedia
浅岡 満俊(あさおか みつとし、1861年12月28日(文久元年11月27日) - 1936年(昭和11年)8月26日)は、日本の海軍軍人。海軍造船中将。
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 1012  片桐酉次郎    福島県 出身Wikipedia
片桐 酉次郎(かたぎり ゆうじろう、文久元年6月19日(1861年7月26日) - 昭和13年(1938年)12月27日)は、日本の海軍軍人。政治家。最終階級は海軍主計大監(主計大佐)。シーメンス事件において海軍の不正を糾弾し免官となる。代々幡町町長、衆議院議員。
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 1013  宇都宮太郎    佐賀県 出身Wikipedia
宇都宮 太郎(うつのみや たろう、文久元年3月18日(1861年4月27日) - 1922年(大正11年)2月15日)は、日本の陸軍軍人。イギリス大使館付武官、参謀本部第二部長、第7師団長、第4師団長、三・一運動時の朝鮮軍司令官、軍事参議官を歴任した。階級は陸軍大将、位階・勲等は正三位勲一等功三級。桂太郎、仙波太郎と共に「陸軍の三太郎」と呼ばれる。最近15年分の日記を遺族が公開し、2007年4月から11月にかけて出版された。いわゆる「佐賀の左肩党」の盟主で、荒木貞夫・真崎甚三郎の庇護者でもあった。子息にミノファーゲン社長・衆議院議員の宇都宮徳馬。
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 1014  白瀬矗    秋田県 にかほ市 出身Wikipedia
白瀬 矗(しらせ のぶ、文久元年6月13日(1861年7月20日) - 昭和21年(1946年)9月4日)は、日本の陸軍軍人、南極探検家。最終階級は陸軍輜重兵中尉。幼名は知教(ちきょう)[2]。
全国の秋田県出身者    全国のにかほ市出身者
 1015  柴五郎    福島県 出身Wikipedia
柴 五郎(しば ごろう、万延元年5月3日(1860年6月21日) - 昭和20年(1945年)12月13日)は、日本の陸軍軍人。軍事参議官・台湾軍司令官・東京衛戍総督・第12師団長を歴任し、階級は陸軍大将勲一等功二級に至る。
全国の福島県出身者
 1016  野口坤之    福島県 出身Wikipedia
野口 坤之(のぐち こんの/のぐち こんし、1860年6月14日(万延元年4月25日) - 1919年(大正8年)3月7日)は、日本の陸軍軍人。日露戦争における第四師団参謀長である。最終階級は陸軍中将。
全国の福島県出身者
 1017  八代六郎    愛知県 犬山市 出身Wikipedia
八代 六郎(やしろ ろくろう、安政7年1月3日(1860年1月25日)- 昭和5年(1930年)6月30日)は明治?大正期の日本海軍軍人。政治家。海軍大将。男爵。愛知県犬山市出身。兄は衆議院議員の松山義根。
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愛知県立旭丘高等学校出身      全国の愛知県立旭丘高等学校の出身者
 1018  斎藤孝至    福島県 出身Wikipedia
斎藤 孝至(さいとう こうし、1860年4月18日(万延元年3月28日) - 1927年10月30日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
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 1019  上崎辰次郎    福島県 出身Wikipedia
上崎 辰次郎(こうざき たつじろう、1860年(万延元年) - 1895年 (明治28年)3月14日)は、日本の海軍軍人。日清戦争においてその責任感から自決した上等兵曹(当時は准士官)である。
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 1020  本郷房太郎    兵庫県 篠山市 出身Wikipedia
本郷 房太郎(ほんごう ふさたろう、万延元年1月24日(1860年2月15日) - 昭和6年(1931年)3月20日)は、日本の陸軍軍人。軍事参議官・青島守備軍司令官や第1・第17師団長を歴任し、階級は陸軍大将勲一等功三級。軍を退いてからは久邇宮宮務監督や大日本武徳会長を務める。
全国の兵庫県出身者    全国の篠山市出身者
兵庫県立篠山鳳鳴高等学校出身      全国の兵庫県立篠山鳳鳴高等学校の出身者
 1021  小橋篤蔵    東京都 出身Wikipedia
小橋 篤蔵(こはし あつぞう、1860年(万延元年) - 没年不詳)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。従四位勲三等旭日中綬章。
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慶應義塾大学出身      東京都出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 1022  山内万寿治    広島県 出身Wikipedia
山内 万寿治(やまのうち ますじ、1860年4月19日(万延元年3月29日) - 1919年9月18日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。男爵。
全国の広島県出身者
 1023  青木宣純    宮崎県 宮崎市佐土原 出身Wikipedia
青木 宣純(あおき のぶずみ、安政6年5月19日(1859年6月19日) - 大正13年(1924年)12月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。最も初期の「支那通軍人」。通算13年の中国生活を送った。
全国の宮崎県出身者    全国の宮崎市佐土原出身者
 1024  吉松茂太郎    高知県 出身Wikipedia
吉松 茂太郎(よしまつ しげたろう、安政6年1月7日(1859年2月9日) - 昭和10年(1935年)1月2日)は日本の海軍軍人、海軍大将。名は「もたろう」と読む場合がある。
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 1025  松川敏胤    宮城県 出身Wikipedia
松川 敏胤(まつかわ としたね、安政6年11月9日(1859年12月2日) - 昭和3年(1928年)3月7日)は、日本の陸軍軍人。軍事参議官・朝鮮軍司令官・東京衛戍総督や第10・第16師団長を歴任し、階級は陸軍大将勲一等功二級に至る。宮城県仙台市出身。
全国の宮城県出身者
二松學舍大学出身      宮城県出身の二松學舍大学の出身者      全国の二松學舍大学の出身者
 1026  秋山好古Wikipedia
秋山 好古(あきやま よしふる、安政6年1月7日(1859年2月9日)- 昭和5年(1930年)11月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級及び位階勲等功級は陸軍大将従二位勲一等功二級。幼名は信三郎。
大阪教育大学出身      全国の大阪教育大学の出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
 1027  荒尾精    愛知県 名古屋市 出身Wikipedia
荒尾 精(あらお せい、安政6年6月25日(1859年7月24日) - 1896年(明治29年)10月30日)は、日本の陸軍軍人、日清貿易研究所の設立者。日清戦争の最中、「対清意見」「対清弁妄」を著し、清国に対する領土割譲要求に反対した。日中提携によるアジア保全を唱えた明治の先覚者である。
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 1028  藤井較一    岡山県 出身Wikipedia
藤井 較一(ふじい こういち、安政5年8月18日(1858年9月24日) - 大正15年(1926年)7月9日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。
全国の岡山県出身者
 1029  伊東義五郎    長野県 出身Wikipedia
伊東 義五郎(いとう よしごろう、1858年6月26日(安政5年5月16日) - 1919年2月22日)は、日本海軍の軍人、最終階級は海軍中将。男爵。
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 1030  森雅守    福島県 出身Wikipedia
森 雅守(もり まさもり、1858年4月4日(安政5年2月21日) - 1894年(明治27年)5月20日)は、日本の陸軍軍人。上原勇作、楠瀬幸彦と三羽烏と謳われた秀才であったが、イタリアで自殺した。最終階級は陸軍砲兵少佐。
全国の福島県出身者
 1031  坂本俊篤    長野県 出身Wikipedia
坂本 俊篤(さかもと としあつ、1858年11月30日(安政5年10月25日) - 1941年3月17日)は、日本海軍の軍人、政治家。海軍中将従二位勲一等功三級男爵。貴族院議員。
全国の長野県出身者
 1032  齋藤実    岩手県 出身Wikipedia
斎藤 実(さいとう まこと、旧字体:齋藤 實、1858年12月2日(安政5年10月27日) - 1936年(昭和11年)2月26日)は、日本の海軍軍人、政治家。階級は海軍大将。位階は従一位。勲等は大勲位。功級は功二級。爵位は子爵。出生時の名前は富五郎(とみごろう)といったが、海軍兵学校卒業後に改名した。号は泉水(せんすい)。
全国の岩手県出身者
専修大学出身      岩手県出身の専修大学の出身者      全国の専修大学の出身者
 1033  小沢豁郎    長野県 出身Wikipedia
小沢 豁郎(おざわ かつろう、安政5年3月12日(1858年4月25日) - 明治34年(1901年)3月19日)は、日本の陸軍軍人、国粋主義者。清仏戦争に乗じて清国改造の革命を起こそうとした。東邦協会設立発起人。
全国の長野県出身者
 1034  大島健一    岐阜県 恵那市 出身Wikipedia
大島 健一(おおしま けんいち、1858年6月19日(安政5年5月9日) - 1947年(昭和22年)3月24日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。陸軍大臣、大東文化学院総長(第3代)などを歴任した。
全国の岐阜県出身者    全国の恵那市出身者
 1035  島村速雄Wikipedia
島村 速雄(しまむら はやお、安政5年9月20日(1858年10月26日) - 大正12年(1923年)1月8日)は、日本の海軍軍人。元帥海軍大将正二位勲一等功二級男爵。高知県出身。海南学校出身。二男は立花和雄(立花伯爵家を継承)。
海軍兵学校卒出身      全国の海軍兵学校卒の出身者
高知県立高知小津高等学校出身      全国の高知県立高知小津高等学校の出身者
 1036  今沢義雄    愛知県 豊田市 出身Wikipedia
今澤 義雄(いまさわ よしお、1858年11月29日(安政5年10月24日) - 1941年(昭和16年)12月5日)は、日本の武士(岡崎藩士)、日本陸軍の軍人。陸軍少将、従四位・勲三等・功三級。
全国の愛知県出身者    全国の豊田市出身者
 1037  北川武    愛知県 出身Wikipedia
北川 武(きたがわ たけし、1858年(安政5年) - 1913年(大正2年)1月2日は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。位階勲等功級は、従四位・勲三等・功四級。陸軍電信部隊の創設者。
全国の愛知県出身者
 1038  斎藤実    岩手県 出身Wikipedia
斎藤 実(さいとう まこと、旧字体:齋藤 實、1858年12月2日(安政5年10月27日) - 1936年(昭和11年)2月26日)は、日本の海軍軍人、政治家。階級は海軍大将。位階は従一位。勲等は大勲位。功級は功二級。爵位は子爵。出生時の名前は富五郎(とみごろう)といったが、海軍兵学校卒業後に改名した。号は皋水(こうすい)。
全国の岩手県出身者
 1039  鏑木誠    千葉県 出身Wikipedia
鏑木 誠(かぶらぎ まこと、1857年10月7日(安政4年8月20日) - 1919年(大正8年)4月9日)は、日本の大日本帝国海軍軍人。海軍少将、従四位勲三等。
全国の千葉県出身者
慶應義塾大学出身      千葉県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者

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 1040  酒井忠利    山形県 出身Wikipedia
酒井 忠利(さかい ただとし、安政4年5月12日(1857年6月3日) - 昭和18年(1943年)2月8日)は、日本の海軍軍人。出羽庄内藩主・酒井左衛門尉家の一門で、米津政明の次男、酒井忠発の養子(三男)。伯爵・酒井忠良の養大叔父、子爵・米津政賢の叔父にあたる。備中松山藩主で、子爵・板倉勝定(勝貞)[3]、陸軍大将・西尾寿造は女婿。従四位勳三等功四級。最終階級は海軍少将。
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 1041  瓜生外吉    石川県 出身Wikipedia
瓜生 外吉(うりゅう そときち、旧仮名遣い:うりう、安政4年1月2日(1857年1月27日) - 昭和12年(1937年)11月11日)は、大日本帝国の海軍軍人。最終階級は海軍大将。石川県出身。
全国の石川県出身者
 1042  寺垣猪三    石川県 出身Wikipedia
寺垣 猪三(てらがき いぞう、(1857年2月22日 (安政4年1月28日) - 1938年(昭和13年)6月1日)は、日本の海軍軍人。戦艦「敷島」艦長として日本海海戦を戦った。最終階級は海軍中将。旧名猪之助。
全国の石川県出身者
 1043  井上敏夫    石川県 金沢市 出身Wikipedia
井上 敏夫(いのうえ としお、1857年9月29日(安政4年8月12日) - 1924年(大正13年)3月9日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。衆議院議員2期。
全国の石川県出身者    全国の金沢市出身者
 1044  上原勇作    宮崎県 都城市 出身Wikipedia
上原 勇作(うえはら ゆうさく、安政3年11月9日(1856年12月6日) - 1933年(昭和8年)11月8日)は、明治?昭和期の陸軍軍人。
全国の宮崎県出身者    全国の都城市出身者
 1045  出羽重遠    福島県 出身Wikipedia
出羽 重遠(でわ しげとお、安政2年12月10日(1856年1月17日) - 昭和5年(1930年)1月27日)は、日本の海軍軍人、華族。最終階級は海軍大将。栄典は正二位・勲一等・功二級・男爵。
全国の福島県出身者
 1046  福田馬之助    岐阜県 出身Wikipedia
福田 馬之助(ふくだ うまのすけ、1856年(安政3年)10月24日 - 1936年(昭和11年)4月12日)は、日本の船舶工学者、海軍軍人。位階勲等功級は、海軍技術中将・従三位・功四級・勲一等旭日大綬章・勲二等瑞宝章。工学博士。
全国の岐阜県出身者
 1047  中野信陽    佐賀県 出身Wikipedia
中野 信陽(なかの しんよう、1856年(安政2年)2月4日(12月28日) - 1895年(明治28年)2月11日)は、日本の海軍軍人。日清戦争で戦死した海軍大尉である。
全国の佐賀県出身者
 1048  南部辰丙    石川県 出身Wikipedia
南部 辰丙(なんぶ しんぺい、1856年5月13日(安政3年4月10日) - 1931年2月21日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の石川県出身者
 1049  神尾光臣    長野県 出身Wikipedia
神尾 光臣(かみお みつおみ、安政2年1月11日(1855年2月27日) - 1927年(昭和2年)2月6日)は、日本の陸軍軍人、華族。東京衛戍総督、青島守備軍司令官、第9師団・第18師団長等を歴任し、階級は陸軍大将勲一等功一級男爵に至る。
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 1050  小泉正保    茨城県 水戸市 出身Wikipedia
小泉 正保(こいずみ まさやす、1855年4月29日(安政2年3月13日) - 1917年(大正6年)10月23日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の茨城県出身者    全国の水戸市出身者
 1051  一戸兵衛    青森県 弘前市 出身Wikipedia
一戸 兵衛(いちのへ ひょうえ、安政2年6月20日(1855年8月2日) - 1931年(昭和6年)9月2日)は、日本陸軍の軍人。教育総監、軍事参議官、第1・第4・第17師団長を歴任し、軍を退いてからは学習院院長・明治神宮宮司・帝国在郷軍人会長等の公職に就く。官位は陸軍大将従二位勲一等功二級。
全国の青森県出身者    全国の弘前市出身者
学習院大学出身      青森県出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者
東奥義塾高等学校出身      全国の東奥義塾高等学校の出身者
 1052  井口省吾    静岡県 出身Wikipedia
井口 省吾(いぐち しょうご、安政2年8月10日(1855年9月20日) - 大正14年(1925年)3月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。日清戦争、日露戦争期を代表する軍人の一人である。駿河国出身。
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 1053  西村精一    山口県 出身Wikipedia
西村 精一(にしむら せいいち、1855年7月21日(安政2年6月8日) - 1924年3月21日)は、日本の陸軍軍人、政治家、華族。最終階級は陸軍中将。貴族院議員、男爵。
全国の山口県出身者
 1054  大河内輝剛Wikipedia
大河内 輝剛(おおこうち てるたけ、1855年1月16日(安政元年11月28日) - 1909年(明治42年)10月9日)は、日本の明治期の教育者、軍人、実業家、衆議院議員、歌舞伎座社長。勲六等。
慶應義塾大学出身      出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 1055  仙波太郎    愛媛県 出身Wikipedia
仙波 太郎(せんば たろう、1855年6月5日(安政2年4月21日) - 1929年2月19日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。衆議院議員。
全国の愛媛県出身者
 1056  田中穂積    山口県 出身Wikipedia
田中 穂積(たなか ほづみ、Tanaka Hozumi, (1855年12月22日(安政2年 旧暦11月14日) - 1904年(明治37年)12月31日)は、現在の山口県岩国市出身の作曲家、海軍軍人。
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 1057  三須宗太郎    滋賀県 彦根市 出身Wikipedia
三須 宗太郎(みす そうたろう、安政2年8月6日(1855年9月16日) - 大正10年(1921年)12月24日)は、明治の海軍軍人。海軍大将。男爵。近江国(現滋賀県)出身。
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 1058  東條英教    岩手県 出身Wikipedia
東條 英教(とうじょう ひでのり、安政2年11月8日(1855年12月16日) - 大正2年(1913年)12月16日)は、日本の陸軍軍人、陸軍中将。陸軍大学校第一期生で、首席卒業の穎才として知られる。東條英機の実父である。日本体育会体操練習所(現日本体育大学)所長を務めた。
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 1059  田村怡与造    山梨県 笛吹市 出身Wikipedia
田村 怡与造(たむら いよぞう、嘉永7年10月11日(1854年11月30日) - 明治36年(1903年)10月1日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
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 1060  富岡定恭    長野県 出身Wikipedia
富岡 定恭(とみおか さだやす、1854年12月24日(嘉永7年11月5日) - 1917年(大正6年)7月1日)は、日本の海軍軍人、華族。最終階級は海軍中将。男爵。
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 1061  雪下熊之助    福島県 出身Wikipedia
雪下 熊之助(ゆきした くまのすけ、1854年4月9日(嘉永7年3月12日) - 1877年(明治10年)3月11日)は、幕末の会津藩士。明治期の海軍軍人。海軍兵学校出身者として最初の戦死者となった海軍少尉補である。
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 1062  大迫尚道    鹿児島県 出身Wikipedia
大迫 尚道(おおさこ なおみち、嘉永7年7月25日(1854年9月6日) - 昭和9年(1934年)9月12日)は、日本の陸軍軍人。軍事参議官・第4師団長・第18師団長・野砲兵監を歴任し、階級は陸軍大将勲一等功二級に至る。
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 1063  石本新六    兵庫県 姫路市 出身Wikipedia
石本 新六(いしもと しんろく、1854年2月17日(嘉永7年1月20日) - 1912年(明治45年)4月2日)は、日本陸軍の軍人。陸士旧1期。栄典は勲一等功二級。最終階級は陸軍中将。男爵。
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 1064  小池正直    山形県 出身Wikipedia
小池 正直(こいけ まさなお、1854年12月23日(嘉永7年11月4日) - 1914年1月1日)は、日本の陸軍軍人。貴族院議員。陸軍軍医総監・正四位・勲一等・功二級・医学博士・男爵。山形県鶴岡市出身。
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 1065  藤巻胤家    山形県 出身Wikipedia
藤巻 胤家(ふじまき たねいえ、嘉永6年12月30日(1854年1月28日) - 1901年(明治34年)12月1日)は、明治時代の陸軍軍人。官位は陸軍歩兵大尉正七位勲四等。山形県士族(1894年(明治27年)に分家後は千葉県士族)。
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 1066  中村覚    滋賀県 彦根市 出身Wikipedia
中村 覚(なかむら さとる、安政元年2月20日(1854年3月18日) - 大正14年(1925年)1月29日)は、日本の陸軍軍人、華族。階級は陸軍大将勲一等功二級男爵に昇る。
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 1067  木越安綱    石川県 出身Wikipedia
木越 安綱(きごし やすつな、1854年4月22日(嘉永7年3月25日) - 1932年3月26日)は、日本の陸軍軍人、政治家。陸士旧1期。最終階級は陸軍中将。栄典は正三位勲一等功二級。陸軍大臣、男爵。幼名、三次郎。
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 1068  大蔵平三    岡山県 出身Wikipedia
大蔵 平三(おおくら へいぞう、1853年1月30日(嘉永5年12月21日) - 1911年8月25日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。
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 1069  大山綱昌    鹿児島県 出身Wikipedia
大山 綱昌(おおやま つなまさ、1853年12月24日(嘉永6年11月24日) - 1934年(昭和9年)10月18日)は、日本の官僚、政治家、警察官、陸軍軍人。貴族院議員、錦鶏間祗候。4県の知事を務めた。幼名・勘助。
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 1070  安東貞美    長野県 出身Wikipedia
安東 貞美(あんどう さだよし、 または故実読みで ていび、嘉永6年8月19日(1853年10月20日) - 昭和7年(1932年)8月29日)は、日本の陸軍軍人。朝鮮駐剳軍司令官、第10師団長、第12師団長、台湾総督などを歴任した。階級は陸軍大将勲一等功三級。勲功により男爵に叙爵された。
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 1071  肝付兼行    鹿児島県 出身Wikipedia
肝付 兼行(きもつき かねゆき、嘉永6年3月16日(1853年4月23日) - 大正11年(1922年)1月13日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。貴族院男爵議員、大阪市長。
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 1072  山根武亮    山口県 出身Wikipedia
山根 武亮(やまね たけすけ、嘉永6年2月15日(1853年3月24日) - 昭和3年(1928年)4月4日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。貴族院議員、男爵。勲一等受章。
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 1073  村上敬次郎    広島県 出身Wikipedia
村上 敬次郎(むらかみ けいじろう、嘉永6年9月4日(1853年10月6日) - 昭和4年(1929年)2月15日)は、安芸国(現広島県)出身の官僚、大日本帝国海軍軍人。貴族院議員、男爵、勲一等旭日大綬章。
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修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者
 1074  梅沢道治    宮城県 出身Wikipedia
梅沢 道治(うめざわ みちはる、嘉永6年10月4日(1853年11月4日) - 1924年(大正13年)1月10日)は、日露戦争で活躍した大日本帝国陸軍軍人。近衛歩兵第2旅団長、第6師団長を歴任し、陸軍中将勲一等功二級に昇る。
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 1075  香川富太郎Wikipedia
香川 富太郎(かがわ とみたろう、1853年9月25日(嘉永6年8月23日) - 1937年(昭和12年)12月17日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。安芸国(現・広島県)出身。
修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者
 1076  松村務本    石川県 出身Wikipedia
松村 務本(まつむら かねもと、1853年2月5日(嘉永5年12月27日) - 1905年2月4日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
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 1077  福島安正    長野県 出身Wikipedia
福島 安正(ふくしま やすまさ、嘉永5年9月15日(1852年10月27日) - 大正8年(1919年)2月19日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。男爵。萩野末吉に続く情報将校。
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二松學舍大学出身      長野県出身の二松學舍大学の出身者      全国の二松學舍大学の出身者
 1078  寺内正毅    山口県 出身Wikipedia
寺内 正毅(てらうち まさたけ[注釈 1]、旧字体: 寺? 正毅、嘉永5年2月5日(1852年2月24日) - 大正8年(1919年)11月3日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級位階勲等功級爵位は元帥陸軍大将従一位大勲位功一級伯爵。書の雅号は桜圃、魯庵。「ビリケン宰相」の異名を持つ。
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 1079  有坂成章    山口県 出身Wikipedia
有坂 成章(ありさか なりあきら、嘉永5年2月18日(1852年4月5日)-大正4年(1915年)1月12日)は日本陸軍軍人、男爵。帝国陸軍初の国産小銃の開発者である村田経芳の後継者である。最終階級は陸軍中将。別名に淳蔵。
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 1080  児玉源太郎    山口県 出身Wikipedia
児玉[注 1] 源太郎(こだま げんたろう、嘉永5年閏2月25日(1852年4月14日) - 明治39年(1906年)7月23日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級位階勲等功級爵位は陸軍大将正二位勲一等功一級子爵。日露戦争において満州軍総参謀長を勤め、勝利に貢献した。
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 1081  東郷正路    福井県 出身Wikipedia
東郷 正路(とうごう まさみち、1852年4月19日(嘉永5年3月1日) - 1906年1月4日)は、日本海軍の軍人、最終階級は海軍中将。幼名、哲吉。
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 1082  伊集院五郎    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
伊集院 五郎(いじゅういん ごろう、嘉永5年9月28日(1852年11月9日) - 大正10年(1921年)1月13日)は、日本の海軍軍人。元帥海軍大将正二位勲一等功一級男爵。
全国の鹿児島県出身者    全国の鹿児島市出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 1083  山本権兵衛    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
山本 権兵衛(やまもと ごんのひょうえ、旧字体: 山本 權兵衞、1852年11月26日(嘉永5年10月15日) - 1933年(昭和8年)12月8日)は、日本の武士、海軍軍人、政治家。階級・位階・勲等・功級・爵位は海軍大将従一位大勲位功一級伯爵。諱は盛武。出生時より若輩時にかけて使用した本称は「ごんべえ」であるが、進水式で祝詞用に神主がつけた名前であり、宮中でも使用したごんのひょうえが公称である。
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 1084  福島安正    長野県 出身Wikipedia
福島 安正(ふくしま やすまさ、1852年10月27日(嘉永5年9月15日) - 1919年(大正8年)2月19日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。男爵。萩野末吉に続く情報将校。
全国の長野県出身者
二松學舍大学出身      長野県出身の二松學舍大学の出身者      全国の二松學舍大学の出身者
 1085  佐双左仲    石川県 出身Wikipedia
佐双 左仲(さそう さちゅう、1852年6月2日(嘉永5年4月15日) - 1905年10月9日)は、日本の海軍軍人、工学博士。旧名、堀尾友吉。位階勲等功級は、海軍造船総監・正四位・功三級・勲一等旭日大綬章・工学博士。
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 1086  鹿野勇之進    長野県 出身Wikipedia
鹿野 勇之進(かの ゆうのしん、1851年10月8日(嘉永4年9月14日) - 1914年4月7日)は、日本の海軍軍人、政治家、華族。海軍中将正四位勲二等功三級男爵。貴族院議員。
全国の長野県出身者
 1087  井上光    山口県 出身Wikipedia
井上 光(いのうえ ひかる、嘉永4年11月8日(1851年11月30日) - 1908年(明治41年)12月17日)は、日本の陸軍軍人、華族。第12師団長、第4師団長などを歴任。陸軍大将勲一等功二級男爵。
全国の山口県出身者
 1088  平佐良蔵    山口県 出身Wikipedia
平佐 良蔵(ひらさ りょうぞう、1851年(嘉永4年7月) - 1912年(明治45年)7月5日)は、日本の陸軍軍人、華族。最終階級は陸軍中将。男爵。
全国の山口県出身者
 1089  真鍋斌    山口県 出身Wikipedia
真鍋 斌(まなべ あきら/さかり、1851年3月7日(嘉永4年2月5日) - 1918年12月14日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。貴族院議員、男爵。幼名・熊槌。
全国の山口県出身者

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 1090  山中信儀    山口県 出身Wikipedia
山中 信儀(やまなか のぶよし、1851年2月15日(嘉永4年1月15日) - 1926年(大正15年)4月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。
全国の山口県出身者
 1091  渡辺章    山口県 出身Wikipedia
渡辺 章(わたなべ しょう、1851年3月31日(嘉永4年2月29日) - 1934年(昭和9年)5月27日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。
全国の山口県出身者
 1092  平山藤次郎Wikipedia
平山 藤次郎(ひらやま とうじろう、1851年(嘉永4年8月) - 1910年(明治43年)5月11日[1])は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。商船学校長。
慶應義塾大学出身      全国の慶應義塾大学の出身者
 1093  浅田信興    埼玉県 川越市 出身Wikipedia
浅田 信興(あさだ のぶおき、嘉永4年10月12日(1851年11月5日) - 1927年(昭和2年)4月27日)は、日本の陸軍軍人、華族。最終階級は陸軍大将。男爵。
全国の埼玉県出身者    全国の川越市出身者
 1094  松永正敏    熊本県 出身Wikipedia
松永 正敏(まつなが まさとし、嘉永4年6月1日(1851年6月29日) - 明治45年(1912年)2月18日)は、日本陸軍の軍人。陸軍中将正三位勲一等功二級男爵。幼名・山平。
全国の熊本県出身者
 1095  藤井包総    広島県 出身Wikipedia
藤井 包總(ふじい かねすけ、1850年2月25日(嘉永3年1月14日) - 1925年(大正14年)12月5日)は、日本の陸軍軍人、政治家、華族。最終階級は陸軍中将。貴族院男爵議員。
全国の広島県出身者
陸軍士官学校出身      広島県出身の陸軍士官学校の出身者      全国の陸軍士官学校の出身者
広島県立福山誠之館高等学校出身      全国の広島県立福山誠之館高等学校の出身者
 1096  角田秀松    福島県 出身Wikipedia
角田 秀松(つのだ ひでまつ、1850年3月25日(嘉永3年2月12日) - 1905年12月13日)は、幕末の会津藩士、明治期の日本海軍軍人。最終階級は海軍中将。戊辰戦争において「朝敵」とされた会津藩出身者として最初の海軍将官となった人物である。
全国の福島県出身者
 1097  大島義昌    山口県 出身Wikipedia
大島 義昌(おおしま よしまさ、嘉永3年8月15日(1850年9月20日) - 大正15年(1926年)4月10日)は、日本の武士(長州藩士)、陸軍軍人、華族。関東都督、軍事参議官、第3師団長等を歴任する。官位は陸軍大将正二位勲一等功二級子爵。第90・96・97代内閣総理大臣の安倍晋三は玄孫にあたる(安倍の父方の祖母・本堂静子が大島の孫娘)。
全国の山口県出身者
 1098  川村景明    鹿児島県 出身Wikipedia
川村 景明(かわむら かげあき、嘉永3年2月26日(1850年4月8日) - 大正15年(1926年)4月28日)は、日本の陸軍軍人、華族。東京衛戍総督、鴨緑江軍司令官等を歴任した。官位は元帥陸軍大将従一位大勲位功一級子爵。通称は源十郎。
全国の鹿児島県出身者
 1099  梨羽時起    山口県 出身Wikipedia
梨羽 時起(なしは ときおき、1850年9月24日(嘉永3年8月19日) - 1928年10月24日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。貴族院議員、男爵。
全国の山口県出身者

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 1100  河原要一    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
河原 要一(かわはら よういち、1850年7月7日(嘉永3年5月28日) - 1926年(大正15年)12月17日)は、日本の武士・薩摩藩士、海軍軍人。官位は海軍中将正四位勲三等功四級。
全国の鹿児島県出身者    全国の鹿児島市出身者
 1101  長谷川好道    山口県 出身Wikipedia
長谷川 好道(はせがわ よしみち、1850年10月1日(嘉永3年8月26日) - 1924年(大正13年)1月27日)は、日本の陸軍軍人。韓国駐剳軍司令官、参謀総長、朝鮮総督を歴任。官位は元帥陸軍大将・従一位・大勲位・功一級・伯爵。
全国の山口県出身者
 1102  塩屋方圀    石川県 出身Wikipedia
塩屋 方圀(しおや かたくに、1850年(嘉永2年12月) - 1914年(大正3年)11月11日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
全国の石川県出身者
 1103  田坂虎之助    広島県 出身Wikipedia
田坂 虎之助(たさか とらのすけ、1850年12月6日(嘉永3年11月3日) - 1933年(昭和8年)1月25日)は、日本陸軍の軍人。日本における測地測量の基礎を築いた。最終階級は陸軍少将。
全国の広島県出身者
 1104  宇佐川一正    山口県 出身Wikipedia
宇佐川 一正(うさがわ かずまさ、1849年12月24日(嘉永2年11月10日) - 1927年11月10日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。
全国の山口県出身者
 1105  鮫島重雄    鹿児島県 南九州市(旧川辺郡川辺町平山) 出身Wikipedia
鮫島 重雄(さめしま しげお、嘉永2年9月6日(1849年10月21日) - 昭和3年(1928年)4月17日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将正三位勲一等功二級男爵。
全国の鹿児島県出身者    全国の南九州市(旧川辺郡川辺町平山)出身者
 1106  高木兼寛    宮崎県 宮崎市(旧高岡町(誕生時は、穆佐(むかさ)村) 出身Wikipedia
高木 兼寛(たかき かねひろ[注 1]、嘉永2年9月15日(1849年10月30日) - 大正9年(1920年)4月13日)は日本の海軍軍人、最終階級は海軍軍医総監(少将相当)。医学博士。男爵。東京慈恵会医科大学の創設者。脚気の撲滅に尽力し、「ビタミンの父」とも呼ばれる。当時日本の食文化では馴染みの薄かったカレーを脚気の予防として海軍の食事に取り入れた(海軍カレー)。
全国の宮崎県出身者    全国の宮崎市(旧高岡町(誕生時は、穆佐(むかさ)村)出身者
 1107  乃木希典    山口県 出身Wikipedia
乃木 希典(のぎ まれすけ、嘉永2年11月11日(1849年12月25日) - 1912年(大正元年)9月13日)は、日本の武士(長府藩士)、軍人、教育者。日露戦争における旅順攻囲戦の指揮や、明治天皇の後を慕って殉死したことで国際的にも著名である。
全国の山口県出身者
学習院大学出身      山口県出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者
 1108  茨木惟昭    和歌山県 出身Wikipedia
茨木 惟昭(いばらき これあき、嘉永2年9月9日(1849年10月24日) - 大正3年(1914年)7月14日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。
全国の和歌山県出身者
 1109  佐藤正Wikipedia
佐藤 正(さとう ただし、嘉永2年6月1日(1849年7月20日) - 大正9年(1920年)4月27日)は、明治時代の陸軍軍人。階級は陸軍少将、位階は従二位功四級。広島県広島市出身。広島県平民。歩兵第18連隊長、第3代広島市長、宮中顧問官等を歴任する。
修道高等学校出身      全国の修道高等学校の出身者

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 1110  上村彦之丞    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
上村 彦之丞(かみむら ひこのじょう、嘉永2年5月1日(1849年6月20日) - 大正5年(1916年)8月8日)は日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。従二位勲一等功一級男爵。あだ名は「船乗り将軍」。
全国の鹿児島県出身者    全国の鹿児島市出身者
攻玉社高等学校出身      全国の攻玉社高等学校の出身者
 1111  桜井規矩之左右    千葉県 佐倉市 出身Wikipedia
桜井 規矩之左右(さくらい きくのぞう、嘉永元年6月6日(1848年7月6日) - 大正元年(1912年)11月27日)は、大日本帝国海軍の軍人。海軍兵学校3期。最終階級は海軍少将。海軍砲術学校長、巡洋艦「比叡」「松島」「千歳」「橋立」の艦長を歴任。
全国の千葉県出身者    全国の佐倉市出身者
千葉県立佐倉高等学校出身      全国の千葉県立佐倉高等学校の出身者
 1112  桂太郎    山口県 出身Wikipedia
桂 太郎(かつら たろう、弘化4年11月28日(1848年1月4日) - 大正2年(1913年)10月10日)は、日本の武士(長州藩士)、陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。位階勲等功級爵位は、従一位大勲位功三級公爵。諱は清澄(きよずみ)。幼名は寿熊、左中。号は海城。元老・井上馨とは義理の親子の関係。
全国の山口県出身者
 1113  川上操六    鹿児島県 出身Wikipedia
川上 操六(かわかみ そうろく、嘉永元年11月11日(1848年12月6日) - 明治32年(1899年)5月11日)は、日本の陸軍軍人、華族。官位は参謀総長・陸軍大将。栄典は従二位・勲一等・功二級・子爵。幼名宗之丞。長男の素一は陸軍少佐、娘は小原伝陸軍中将に嫁ぐ。桂太郎、児玉源太郎とともに、「明治陸軍の三羽烏」とされる。
全国の鹿児島県出身者
 1114  沖原光孚    山口県 出身Wikipedia
沖原 光孚(おきはら こうふ、1848年4月6日(嘉永元年3月3日) - 1931年9月11日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。
全国の山口県出身者
 1115  東郷平八郎    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
東郷 平八郎(とうごう へいはちろう、弘化4年12月22日(1848年1月27日) - 昭和9年(1934年)5月30日)は、日本の幕末から明治時代の薩摩藩士、軍人。階級は元帥海軍大将。栄典は従一位大勲位功一級侯爵。
全国の鹿児島県出身者    全国の鹿児島市出身者
 1116  鳥尾小弥太    山口県 出身Wikipedia
鳥尾 小弥太(とりお こやた、弘化4年12月5日(1848年1月10日) - 明治38年(1905年)4月13日)は、日本の陸軍軍人、政治家。陸軍中将正二位勲一等子爵。諱は照光、のち敬高(孝)。幼名は一之助。通称は百太郎、鳳輔など。号は得庵居士、不識道人など。
全国の山口県出身者
 1117  小川又次Wikipedia
小川 又次(おがわ またじ、嘉永元年7月24日(1848年8月22日) - 明治42年(1909年)10月20日)は、明治時代の陸軍軍人。陸軍大将正二位勲一等功二級子爵。幼名・助太郎。
福岡県立育徳館高等学校出身      全国の福岡県立育徳館高等学校の出身者
 1118  土屋光春    愛知県 岡崎市 出身Wikipedia
土屋 光春(つちや みつはる、嘉永元年8月26日(1848年9月23日) - 1920年(大正9年)11月17日)は、明治時代?大正時代の陸軍軍人。階級及び位階勲等功級爵位は陸軍大将正三位勲一等功二級男爵。
全国の愛知県出身者    全国の岡崎市出身者
 1119  大島久直    秋田県 出身Wikipedia
大島 久直(おおしま ひさなお、1848年10月1日(嘉永元年9月5日) - 1928年(昭和3年)9月27日)は、日本の陸軍軍人、華族。軍事参議官、教育総監、近衛師団長等を歴任し、官位は陸軍大将正二位勲一等功二級子爵に昇る。
全国の秋田県出身者

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 1120  日高壮之丞    鹿児島県 出身Wikipedia
日高 壮之丞(ひだか そうのじょう、嘉永元年3月23日(1848年4月26日) - 昭和7年(1932年)7月24日)は、日本の海軍軍人。海軍大将勲一等功二級男爵。
全国の鹿児島県出身者
慶應義塾大学出身      鹿児島県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 1121  塚本勝嘉    岐阜県 出身Wikipedia
塚本 勝嘉(つかもと かつよし、1847年12月27日(弘化4年11月20日) - 1912年1月15日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。幼名・琢磨。
全国の岐阜県出身者
 1122  西島助義    山口県 出身Wikipedia
西島 助義(にしじま すけよし、1847年10月11日(弘化4年9月3日) - 1933年(昭和8年)2月8日)は、日本の陸軍軍人。通称は吉太郎。陸軍中将正二位勲一等功二級男爵。
全国の山口県出身者
 1123  三浦梧楼    山口県 出身Wikipedia
三浦 梧楼(梧樓)(みうら ごろう、弘化3年11月15日(1847年1月1日) - 大正15年(1926年)1月28日)は、日本の武士、陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。栄典は従一位勲一等子爵。号は観樹。
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 1124  外松孫太郎    和歌山県 出身Wikipedia
外松 孫太郎(とまつ まごたろう、1847年9月10日(弘化4年8月1日) - 1926年7月13日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍主計総監(のちの主計中将)。貴族院議員、男爵。
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 1125  奥保鞏Wikipedia
奥 保鞏(おく やすかた、弘化3年11月19日(1847年1月5日) - 昭和5年(1930年)7月19日)は、明治の陸軍軍人。官位は元帥陸軍大将従一位大勲位功一級伯爵。
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 1126  函館大経    北海道 様似町 出身Wikipedia
函館 大経(はこだて だいけい〈ひろつねと読むこともある〉、1847年 - 1907年)は、日本のホースマンの始祖のひとりとされる人物。元大日本帝国陸軍軍人、北海道開拓使職員、北海道庁職員。
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 1127  西寛二郎    鹿児島県 出身Wikipedia
西 寛二郎(にし かんじろう、弘化3年3月10日(1846年4月5日) - 1912年(明治45年)1月27日)は、日本の陸軍軍人。教育総監、遼東守備軍司令官、軍事参議官等を歴任する。官位は陸軍大将正二位勲一等功一級子爵。
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 1128  滋野清彦    山口県 出身Wikipedia
滋野 清彦(しげの きよひこ、1846年3月5日(弘化3年2月8日) - 1896年9月16日)は、日本陸軍の軍人。陸軍中将従三位勲一等男爵。通称は謙太郎や謙太、字は公美、号は生雲山人。初名は真田市太郎、真弓田七助など。
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 1129  川口武定    和歌山県 出身Wikipedia
川口 武定(かわぐち たけさだ、弘化3年1月26日(1846年2月21日) - 大正7年(1918年)1月19日)は、日本の官僚、陸軍及び海軍軍人。海軍主計総監(のちの主計中将)、貴族院議員。男爵。
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 1130  山口素臣    山口県 出身Wikipedia
山口 素臣(やまぐち もとおみ、弘化3年5月15日(1846年6月8日) - 1904年(明治37年)8月7日)は、日本の陸軍軍人、華族。第5師団長、歩兵第3・10旅団長を歴任し数々の戦役に悉く従軍した事から「戦将中の戦将」と評された。階級は陸軍大将従三位勲一等功二級子爵。
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 1131  山川浩    福島県 出身Wikipedia
山川 浩(やまかわ ひろし、弘化2年11月6日(1845年12月4日) - 明治31年(1898年)2月4日)は、日本の武士(会津藩士)、陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍少将。位階・勲等・爵位は従三位勲三等男爵。貴族院議員。
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 1132  牧野毅    長野県 出身Wikipedia
牧野 毅(まきの つよし、1845年5月(弘化元年4月)? 1894年(明治27年)9月1日)は、日本の陸軍軍人。陸軍少将、正四位勲三等。大阪砲兵工廠提理。近代日本の砲兵術・製鉄事業の先駆けの一人。
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 1133  立見尚文    三重県 出身Wikipedia
立見 尚文(たつみ なおふみ/なおぶみ、弘化2年7月19日(1845年8月21日) - 明治40年(1907年)3月6日)は桑名藩士、日本の裁判官・陸軍軍人。陸軍大将、男爵。通称は鑑三郎。号は快堂。変名に倉田巴。父は桑名藩士江戸勤番・町田伝太夫。
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 1134  勝田四方蔵    山口県 出身Wikipedia
勝田 四方蔵(しょうだ よもぞう、1845年(弘化2年11月) - 1918年(大正7年)7月9日)は、日本の陸軍軍人、政治家、華族。栄典は正三位勲一等功三級[2]。最終階級は陸軍中将。貴族院議員、男爵。
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 1135  井上良馨    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
井上 良馨(いのうえ よしか、弘化2年11月3日(1845年12月1日) - 昭和4年(1929年)3月22日)は、幕末から明治時代の日本の軍人。元帥海軍大将・従一位・大勲位・功二級・子爵。薩摩国(現鹿児島県)出身。
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 1136  野村貞    新潟県 出身Wikipedia
野村 貞(のむら てい / ただし、1845年2月22日(弘化2年1月16日) - 1899年(明治32年)5月4日)は、日本の武士(越後長岡藩士)、海軍軍人。日清戦争で武勲を挙げ、旧越後長岡藩出身者として最初の海軍将官となった。連合艦隊司令長官・山本五十六は義理の甥にあたる。貞之丞と称し、のち貞(てい)と改める。
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 1137  大沼渉    栃木県 大田原市 出身Wikipedia
大沼 渉(おおぬま わたる、1844年(天保15年8月) - 1899年10月14日)は、幕末の黒羽藩士。明治期の陸軍軍人。陸軍少将。男爵。
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 1138  山田顕義    山口県 出身Wikipedia
山田 顕義[注 1](やまだ あきよし、天保15年10月9日(1844年11月18日) - 明治25年(1892年)11月11日)は、日本の江戸時代末期(幕末)の武士(長州藩士)、明治時代の政治家、陸軍軍人。諱は顕孝、のち顕義と改めた。幼名は市之允(いちのじょう)。号は「養浩斎(ようこうさい)」、「狂痴(きょうち)」、「韓峰山人(かん お(ね) さんじん)」、「不抜(ふばつ)」など。特に「空斎(くうさい)」と表記されることが多い。階級は陸軍中将。栄典は正二位勲一等伯爵。
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 1139  黒木為楨    鹿児島県 出身Wikipedia
黒木 為楨(くろき ためもと、天保15年3月16日(1844年5月3日) - 大正12年(1923年)2月3日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。伯爵。通称は七左衛門。
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 1140  岡沢精    山口県 出身Wikipedia
岡沢 精(おかざわ くわし、弘化元年7月7日(1844年8月20日) - 1908年(明治41年)12月12日)は、日本の陸軍軍人、華族。陸軍大将正二位勲一等功二級子爵。
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 1141  大迫尚敏    鹿児島県 出身Wikipedia
大迫 尚敏(おおさこ なおはる、天保15年11月15日(1844年12月24日) - 昭和2年(1927年)9月20日)は、日本の武士・薩摩藩士、陸軍軍人、華族。学習院長、第7師団長等を務める。栄典は陸軍大将正二位勲一等功二級子爵。
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 1142  佐久間左馬太    山口県 出身Wikipedia
佐久間 左馬太(さくま さまた、天保15年10月10日(1844年11月19日) - 大正4年(1915年)8月5日)は、日本の陸軍軍人、華族。栄典は正二位勲一等伯爵。台湾総督・東京衛戍総督・近衛師団長等を歴任し、最終階級は陸軍大将に昇る。
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 1143  高島鞆之助    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
高島 鞆之助(たかしま とものすけ、天保15年11月9日(1844年12月18日) - 大正5年(1916年)1月11日)は、日本の武士(薩摩藩士)、陸軍軍人、政治家。薩摩藩士・高島喜兵衛の四男。諱は昭光。階級は陸軍中将、位階は正二位、勲等は勲一等、爵位は子爵。陸軍大臣・拓殖務大臣・枢密顧問官等を歴任した。また、現在の追手門学院小学校の前身である、大阪偕行社附属小学校の設立者でもある。当時の自宅は上智大学四谷キャンパスのクルトゥルハイム聖堂として現存。
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 1144  小沢武雄Wikipedia
小沢 武雄(おざわ たけお、1844年12月19日(天保15年11月10日) - 1926年1月29日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。貴族院議員、男爵。幼名・直之丞。
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 1145  神辰太郎Wikipedia
神 辰太郎(じん たつたろう、弘化1年(1844年) - 大正14年(1925年))は、弘前藩士、海軍軍人。のちに機関長を歴任した。
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 1146  野田豁通    熊本県 出身Wikipedia
野田 豁通(のだ ひろみち、天保15年7月24日(1844年9月6日) - 1913年1月6日)は、日本の武士(熊本藩士)、陸軍軍人、陸軍経理組織の創設者。最終階級は陸軍監督総監(のちの陸軍主計総監)。旧姓石光。
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 1147  坪井航三    山口県 出身Wikipedia
坪井 航三(つぼい こうぞう、天保14年3月7日(1843年4月6日) - 明治31年(1898年)2月1日)は、日本の幕末から明治期の長州藩士、海軍軍人。海軍中将従三位勲二等功三級男爵。幼名・信次郎、のち則光。ミスター単縦陣のあだ名を持つ。
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 1148  伊東祐亨    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
伊東 祐亨(いとう すけゆき、天保14年5月12日(1843年6月9日) - 大正3年(1914年)1月16日)は、日本の武士(薩摩藩士)、海軍軍人、華族。元帥海軍大将・従一位・大勲位・功一級・伯爵。初代連合艦隊司令長官を務めた。通称は四郎左衛門、四郎。号は碧海。家紋は庵木瓜。海軍兵学校長の海軍中将子爵・伊東祐麿は兄、弟に海軍大尉・伊東祐道、海軍大佐・窪田祐章。
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 1149  安保清康    広島県  広島市 出身Wikipedia
安保 清康(あぼ きよやす、1843年1月30日(天保14年1月1日) - 1909年10月27日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。男爵。旧姓、林。通称、謙三。海軍の先覚者の一人。
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 1150  原六郎    兵庫県 出身Wikipedia
原 六郎(はらろくろう、天保13年11月9日(1842年12月10日) - 昭和8年(1933年)11月14日)は日本の幕末から大正期の志士、軍人、銀行家、実業家。もとの名は進藤俊三郎長政といい、生野の変で敗れ潜伏中に、原六郎と改名。但馬国佐中村(現・兵庫県朝来市)出身。
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 1151  大山巌    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
大山 巌(おおやま いわお、正字: 大山 巖、天保13年10月10日(1842年11月12日) - 大正5年(1916年)12月10日)は、日本の武士(薩摩藩士)、陸軍軍人、政治家。幼名は岩次郎。通称は弥助。雅号は赫山、瑞岩。字は清海。称号・階級は元帥陸軍大将。栄典(位階勲等および爵位)は従一位大勲位功一級公爵。
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 1152  野津道貫    鹿児島県 出身Wikipedia
野津 道貫(のづ みちつら(どうがん)、天保12年11月5日(1841年12月17日) - 1908年(明治41年)10月18日)は、幕末の薩摩藩士、明治の陸軍軍人、貴族院議員。東部都督、教育総監、第4軍司令官を歴任した。通称は七次。諱は道貫。最終階級は元帥陸軍大将正二位大勲位功一級侯爵。兄に陸軍中将・野津鎮雄がいる。
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 1153  相浦紀道    佐賀県 出身Wikipedia
相浦 紀道(あいうら のりみち、天保12年6月23日(1841年8月9日) - 1911年(明治44年)4月1日)は、日本の海軍軍人、政治家、華族。最終階級は海軍中将。貴族院議員、従二位、勲一等、功三級、男爵。旧名、忠一郎。
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 1154  三好重臣    山口県 出身Wikipedia
三好 重臣(みよし しげおみ、1840年11月14日(天保11年10月21日)- 1900年(明治33年)11月28日)は、長州藩士。日本陸軍の軍人、最終階級は陸軍中将。子爵。幼名は軍太郎。別名は会田春輔。
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 1155  黒田清隆    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
黒田 清隆(くろだ きよたか、旧字体: ?田 ?隆[注釈 1]、天保11年10月16日(1840年11月9日) - 明治33年(1900年)8月23日)は、日本の武士(薩摩藩士)、陸軍軍人、政治家。階級は陸軍中将。位階勲等爵位は従一位大勲位伯爵。通称は仲太郎、了介。
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 1156  山縣有朋    山口県 出身Wikipedia
山縣 有朋[注 1](やまがた ありとも、天保9年閏4月22日(1838年6月14日) - 大正11年(1922年)2月1日)は、日本の武士(長州藩士)、陸軍軍人、政治家。階級位階勲等功級爵位は元帥陸軍大将従一位大勲位功一級公爵。内務大臣(初・第2・第3代)、内閣総理大臣(第3・9代)、元老、司法大臣(第7代)、枢密院議長(第5・9・11代)、陸軍第一軍司令官、貴族院議員、陸軍参謀総長(第5代)などを歴任した。
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 1157  桐野利秋    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
桐野 利秋(きりの としあき、天保9年(1838年)12月 - 明治10年(1877年)9月24日)は、日本の武士(薩摩藩士)、陸軍軍人。諱は利秋、通称は半次郎、桐野に復姓後は信作(晋作、新作)。初め中村 半次郎(なかむら はんじろう)と称した。
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 1158  種田政明    鹿児島県 出身Wikipedia
種田 政明(たねだ まさあき、天保8年8月(1837年) - 1876年(明治9年)10月24日)は、江戸時代後期(幕末)の薩摩藩士。明治時代前期の官僚、陸軍軍人である。最終階級は陸軍少将。諱は政明。種子田政明と表記される場合がある。通称は清八郎・健一郎・左門。
全国の鹿児島県出身者
 1159  篠原国幹    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
篠原 国幹(しのはら くにもと、天保7年12月5日(1837年1月11日) - 明治10年(1877年)3月4日)は日本の武士(薩摩藩士)・陸軍軍人である。位階は贈正五位。
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 1160  樺山資紀    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
樺山 資紀(かばやま すけのり、天保8年11月2日(1837年12月9日) - 大正11年(1922年)2月8日)は、日本の武士(薩摩藩士)、軍人、政治家。階級は海軍大将。栄典は従一位大勲位功二級伯爵。
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 1161  谷干城    高知県 出身Wikipedia
谷 干城(たに たてき / かんじょう、天保8年2月12日(1837年3月18日) - 明治44年(1911年)5月13日)は、幕末から明治にかけて活躍した、土佐藩士、軍人、政治家。通称は申太郎、守部。号は隈山。
全国の高知県出身者
学習院大学出身      高知県出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者
 1162  中牟田倉之助    佐賀県 出身Wikipedia
中牟田 倉之助(なかむた くらのすけ、天保8年2月24日(1837年3月30日) - 大正5年(1916年)3月30日)は、日本の海軍軍人。海軍大学校長、枢密顧問官、子爵。幼名は武臣。金丸孫七郎の次男だったが、中牟田家の養子となる。
全国の佐賀県出身者
慶應義塾大学出身      佐賀県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 1163  井上馨    山口県 出身Wikipedia
井上 馨(いのうえ かおる、天保6年11月28日(1836年1月16日) - 大正4年(1915年)9月1日)は、日本の武士(長州藩士)、政治家、実業家。本姓は源氏。清和源氏の一家系河内源氏の流れを汲む安芸国人毛利氏家臣・井上氏。首相・桂太郎は姻戚。同時代の政治家・井上毅や軍人・井上良馨は同姓だが血縁関係はない。
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 1164  大築尚志    千葉県 佐倉市 出身Wikipedia
大築 尚志(おおつき たかゆき、1835年12月24日(天保6年11月5日) - 1900年(明治33年)6月12日)は、日本の陸軍軍人、陸軍中将。幼名、保太郎(やすたろう)。
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 1165  野津鎮雄    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
野津 鎮雄(のづ しずお、天保6年9月5日(1835年10月26日) - 明治13年(1880年)7月22日)は、大日本帝国陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。栄典は正三位勲二等。薩摩国鹿児島城下高麗町(現・鹿児島県鹿児島市高麗町)出身。幼名は七左衛門。諱は鎮雄。
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 1166  川路利良    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
川路 利良(かわじ としよし、天保5年5月11日(1834年6月17日) - 明治12年(1879年)10月13日)は、日本の幕末から明治初期の薩摩藩士、警察官僚、陸軍軍人。階級は大警視、陸軍少将。位階は正五位。勲等は勲二等。
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 1167  大鳥圭介    兵庫県 出身Wikipedia
大鳥 圭介(おおとり けいすけ、天保4年2月25日(1833年4月14日) - 明治44年(1911年)6月15日)は、日本の西洋軍学者、幕臣、軍人、官僚、外交官。正二位勲一等男爵。家紋は鶴の丸。
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 1168  柳楢悦    東京都 出身Wikipedia
柳 楢悦(やなぎ ならよし、天保3年9月15日(1832年10月8日) - 明治24年(1891年)1月15日)は、日本の海軍軍人・和算家・数学者・測量学者・政治家。最終階級は海軍少将。錦鶏間祗候・元老院議官・貴族院議員。
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 1169  津田出    和歌山県 和歌山市 出身Wikipedia
津田 出(つだ いずる、天保3年2月1日(1832年3月3日) - 明治38年(1905年)6月2日)は、幕末期から明治前期にかけて活躍した武士・官僚、陸軍軍人。明治新政府に先駆けて紀州藩藩政を改革して徴兵制を施行するなど、テストケースとして廃藩置県及び徴兵令に影響を与えた。官位は錦鶏間祗候陸軍少将従二位勲一等。通称は又太郎。号は芝山。
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 1170  近藤真琴    東京都 出身Wikipedia
近藤 真琴(こんどう まこと、天保2年9月24日(1831年10月29日) - 明治19年(1886年)9月4日)は、日本の教育家、思想家。明治の六大教育家の一人、攻玉社創立者。日本海軍軍人及び軍属、最終階級は海軍中佐。幼名は鉚之助。江戸生まれ。天保5年(1834年)9月14日に父を亡くし、4歳で家督を相続すると、諱を真琴、字を徽音、通称を誠一郎とした。
全国の東京都出身者
 1171  原田一道    岡山県 笠岡市 出身Wikipedia
原田 一道(はらだ いちどう / かづみち、文政13年8月21日(1830年10月7日) - 明治43年(1910年)12月8日)は、江戸幕府旗本[2]、幕末・明治期の兵学者、日本陸軍軍人。陸軍少将正二位勲一等男爵。
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 1172  武田斐三郎    愛媛県 出身Wikipedia
武田 斐三郎(たけだ あやさぶろう、文政10年9月15日(1827年11月4日) - 明治13年(1880年)1月28日)は、日本の武士(伊予大洲藩士)、科学者、教育者、陸軍軍人。函館時代までは斐三郎、明治政府時代からは成章(しげあきら)の名を使った。竹塘(ちくとう)と号す。
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 1173  小野友五郎    茨城県 笠間市 出身Wikipedia
小野 友五郎(おの ともごろう、文化14年10月23日(1817年12月1日) - 明治31年(1898年)10月29日)は、江戸時代末期から明治時代にかけての日本の数学者・海軍軍人・財務官僚。諱は広胖(ひろとき、しばしばこうはんとも音読される)。官位は内膳正。元常陸笠間藩士、後に幕臣。和算家としては広胖、洋算家としては友五郎と呼ばれることが多い。
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 1174  鄭成功    長崎県 出身Wikipedia
鄭 成功(てい せいこう、チェン チェンコン、繁体字: 鄭成功; 簡体字: ?成功; ピン音: Zhèng Chénggōng; ウェード式: Cheng Ch'eng-kung、寛永元年/大明天啓4年7月14日(1624年8月27日) - 大明永暦16年5月8日(1662年6月23日))は、中国明代の軍人、政治家。元の諱は森。字は明儼。日本名は福松。清に滅ぼされようとしている明を擁護し抵抗運動を続け、台湾に渡り鄭氏政権の祖となった。様々な功績から隆武帝は明の国姓である「朱」と称することを許したことから国姓爺とも呼ばれていた。台湾・中国では民族的英雄として描かれており、特に台湾ではオランダ軍を討ち払ったことから、孫文、蒋介石とならぶ「三人の国神」の一人として尊敬されている。鉄人(鉄の甲冑を着込んでいたための呼び名)や倭銃隊と呼ばれた日本式の鎧を身に纏った鉄砲隊や騎馬兵などの武者を巧みに指揮したことでも有名。
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